化学兵器
会議室では、幹部達の話し合いが行われていた。魔王の復活により、緊急招集されたのだ。話し合うことは、山のようにある。
「ベルニクスの交渉は決裂したようです」
「ということは、私の復活という情報だけを相手に与えてしまった形になるな」
「左様で。しかし、こちらも出向くことで、相手の敵情視察を行うことが出来ました。それは、成果と言えましょう。相手側も全く想像していなかった様子。軍を動かすにしても、今しばらくの猶予はありましょう」
「そうか。しかし、バルディネス軍だったか? 奴らはいち早く察知していたようだが」
「バルディネス神国は、『預言書』と呼ばれる、未来を予知した書物があると聞いています。恐らくは、それが原因でしょう」
「預言書……厄介だな。神の仕業か?」
「恐らくは……実際の所は、よくわかりません。アカシック・レコードに連なる、記述を記したとも言われておりますが……アレを読み取れる者など、我が国にも存在しません故に。謎の多い書物と言えるでしょうな」
(アカシック・レコード……原始からの全ての記憶が記されているという世界記憶の概念。それに触れることができれば、魔王の記憶も蘇るのかもしれないな)
(しかし、それは出来ない。仮に出来たとして、今存在している私と魔王の人格がぶつかり合う可能性がある。リスクが大きい)
「密告者がいる可能性は?」
「まさか。ありえません」
「私を復活させることを知っていた人物は誰がいる」
「ティーファ、私め、その他十数人の幹部だけで御座います」
「幹部は死んだのではなかったのか」
「それは、戦闘面での話で御座います。それとは別に、この国を管理する幹部達がおります故」
「なるほど」
(食えない爺さんだ。裏を返せば、それだけ優秀ということだが……たしかに、ケルベロスの言うとおり、何か企んでいてもおかしくはない。が、私を蘇生するメリットは何だ?)
(こういうタイプの存在は、必ずしも、自身がナンバーワンである必要を感じていない可能性がある。となれば、二番手、三番手であり続けたいという欲求か。なくはないな。そして、そういう存在の方が厄介といえる)
(一番上の存在というのは、常に命の危険にある。狙われやすい位置に存在しているが、二番、三番手となるとそうではないケースが多い。その多くは通過点に過ぎないからだ。故に、安全性が高いと言える。永遠に甘い汁を吸いたい、大貴族が考えそうなことか)
(魔王と同等の力を持ちながら、その地位につこうとしなかったのは、そういう思惑があったのかもしれないな、他の幹部や元幹部達は)
実際は、アイオスという存在のカリスマ性があまりにも高かった為だからだが。それを、神代冬夜は理解していない。
「魔王様においては、此度のご復活。誠におめでとうございます。つきましては、今年の税制をご検討頂きたいと思います」
幹部から、渡された紙を見ていく、アイオス。
(こんなものを渡されたところで、わかるはずもあるまい。事前に資料をケルベロスから渡されていたので、困りはしないが……私を試しているのだろうな。魔王たる器かどうか)
「税率は、引き下げる。しかし、高所得者の税は逆に引き上げるつもりだ」
「そんなことをすれば、貴族から反感を買いますぞ!」
「すでに私の支持率は落ちているのだろう? ならば、貴族よりも多くの民衆から賛同を得られるようにするべきだ」
「……」
幹部たちは黙った。反論する言葉を持たない為だ。
アイオスの後ろに立つケルベロスは、グッジョブ! と言わんばかりに、親指を立てて、すぐに引っ込めた。
出来るメイドとは、このことを言う。
「では、ウチの貴族連中に対する税率は100%に致しますね、アイオス様♪」
「いや……資料を見たが、お前のところは税率がどこも高すぎるではないか。半分以下にするつもりだ」
「そ、そんなっ! 私の魔王様への忠誠心=税のつもりでしたのに!」
ティーファはうなだれる。必要最低限の生活費以外は全て税金というとんでもない設定にしていたのだ。よくそれで、民が逃げ出さないものだと、アイオスはびっくりしていた。
「あははっ。ま、ティーファっちの所は、『マゾ』が多いからさ~。わたちの所は普通だかんね」
「誰がティーファっちですって……様のおつけなさいな! キャンデロロッ!」
キャンデロロは新参者の幹部の一人だ。主に、技術部門を担当しているらしい。実のところ、戦闘能力は非常に高く、戦闘部門として、配属したいとゲルディオンなんかは考えていたが、キャンデロロはそれを拒否。理由は「興味ない。」の一言だった。
マジックアイテムの製造から、メカニックまで、なんでもこなす。特に、メカをこよなく愛する少女のようだ。ツインテールの髪をした人型の悪魔である。
そして、黒い羽と白い羽の二つを併せ持つ、希少種でもある。堕天した天使ではないかとの、噂もちらほら囁かれている。
「技術部門の予算は引き上げるつもりでいる。キャンデロロには、後で私から直接話すが、色々として貰いたいことがある」
「おっホォ~! 魔王ちゃん、マジぃ~? 太っ腹ぁ~♪ なんだ、復活したアイオスっち、話、わかんじゃーん」
その瞬間、ティーファは指先から赤い刃を繰り出して、キャンデロロの首元に当てた。
「次、ふざけた態度を魔王様に取るようなら、そのクビ、跳ねさせて貰うわ。私はともかく、魔王様への侮辱は許されることではないッ!」
しかし、キャンデロロは平然とした顔をしていた。氷のような目で、ティーファを見る。
「こわいなぁ~……ティーファっちは。魔王ちゃんのことになると、すぐムキになっちゃってさぁ~」
「貴様っ!」
「よい。特別に許す。ティーファは、剣を引け」
「しかし……」
「私に逆らうのか?」
「い、いえっ! そのようなことはっ! 私としたことが、なんて真似をっ……ああっ! 自己嫌悪ぉ~ん!」
勝手に、項垂れるティーファ。
(やれやれ……度が過ぎる忠誠心も考えものだな……こういうタイプはよかれと思って勝手な行動をする傾向にある。きちんと、こちらでコントロールする必要があるな)
(この無茶な税率といい、あまりにも、無理がありすぎる。前魔王は、国の管理までは得意ではなかったと言える。が、私は違う。生前の私は大企業の社長だ。金の管理には、一番うるさい人間だった。なるべく早い段階で、働き方改革や、税の見直しを行っていく必要がありそうだ)
そう、戦争というのは、何も武力だけで行うものではない。経済市場を制圧するのも、一つの戦争と言える。これからは、そういった戦い以外の面でも、厳しくやっていく必要があると、アイオスは考えていた。
「一先ずの話し合いはこれぐらいにしておこう。解散」
書類をまとめて、散り散りになる幹部達。アイオスは、帰ろうとするキャンデロロを引き止めた。
「キャンデロロ、話がある」
「ん~? なぁに、アイオスっち~」
「……その、っち~ってのは、どうにかならんのか」
「あ、あぁ~。むり無理ぃ~、なおんなーい」
会議室を出て、歩きながら話をするアイオス達。そのやや後ろには、ケルベロスの姿があった。ケルベロスは、メイド長としての仕事だけでなく、魔王の雑用係から、諜報活動まで、幅広い仕事が存在する。ありとあらゆるサポートを行うエキスパート的な存在なのだ。今は、アイオスの護衛中である。
ケルベロスの実力は、戦闘部門の幹部クラスに匹敵するとも言われている。二十四時間のサポートを求められる為、睡眠は存在しない。また、ケルベロス自体、睡眠を必要としない、行動型の悪魔である。
悪魔には、様々な『型』が存在する。その中の一つが、行動型と呼ばれるタイプである。行動型のタイプは睡眠、もしくは食事等、そういった物を必要とせず、行動し続けることが可能なタイプである。戦闘や、警備等に向いている為、配属先は自然とそうなることが多い。また、残業の多い雑務をさせられることも、しばしば。
「……まあ、いい。お前は技術部門担当だったな」
「まあね~。作りたいもの作ってるだけだかんね」
「見たところ、魔法兵器が主流のようだが、『化学兵器』は作れるか?」
その発言に、キャンデロロの動きが止まった。
「ふぅ~ん、アイオスっちの言葉から、そんなのが飛び出て来るなんて……思わなかったなぁ~♪」
キャンデロロは、楽しそうに、話す。無邪気な子供のようだ。好奇心の塊というべきか。そういった存在が、研究者や開発者になるのだろう。
「できるよ」
これには、アイオスも立ち止まった。
「どしたの? アイオスっち」
「いや……そうか。可能か」
「つっても、『化学兵器』なんて、魔法主流の世の中じゃ、わたちぐらいなもんだよぉ~、手ぇ~だしてんの。なんで、その道のプロでもないような、アイオスっちが、そんなこと知ってんの?」
「……」
「あ~、いいや。そんなことはどーでも。わたちと同レベルの話が出来る存在なんてぇ~、今までいなかったからなぁ~、アイオスっちとは、うまい酒がのめそーだねぃ」
「酒、飲むのか?」
「飲まないよ」
「……」
(調子狂うな……あっけらかんとしすぎていて)
「酒なんて、飲んだら、脳にダメージ行くからさ~。飲むわけないじゃん。せいぜい、酒入りのチョコレートぐらいっかなぁ~。ほら、糖分とらないと、頭使う分さー」
「あぁ、そういうことか。まあ、たしかにな。だから、いつも飴をなめているのか」
「おぉっ。なんだ、糖分が脳にいい説~も、わたち以外、誰も信じてね~っすけど、アイオスっち、わかんの? わかっちゃうの? マジィ~? ちょっと、アイオスっちとなら、子供作ってもいいと思っちゃった」
「ぶっ!」
(いきなり、何を言っているんだ、この子はっ!)
「だってさ~、他にいないよ? ほんとにいないから。わたちと分かり合える奴とかぁ~。マジで、マジでぇ~。アイオスっちの子供なら、結構よさげな遺伝子受け継げると思うんだよねぇ~」
「……その話はいいから」
「なぁ~んだぁ、つまんないのぉ。で、なんだっけ。ああ、そうそう。『化学兵器』の話か。例えば、どういうのがほしいの?」
「そうだな……一般的なところだと、催涙ガスや、毒ガスだな」
「ま、そうだよねー。ようするに、アイオスっちは、『毒』に対する耐性を、魔族や、人間、天使などがどれほど持ち合わせているか、確認したいわけだ」
アイオスはドキっとした。
(読まれているのか。この、あどけない顔をした子に。……いや、化学兵器を難なく作れるだけの技術力があるんだ。当然か。私の予想していた通り、この世界は魔法が主流だ。その兵器の殆どは魔法兵器。化学兵器や、ミサイル等の大量破壊兵器は存在しないと見ていい。つまり、兵力のなさを、それらでカバーすることは、十分に可能ということ)
(問題は、その殺傷力だ。当然、私のいた世界と違って、治癒魔法の存在や耐性などが桁違いに違う。どこまで、それらの兵器が通用するかわからない。簡単に言えば、そのテストがしたいというわけだ)
「くふっ……くふふふっ。くはっ。いやぁ、よかったよかった。ここに残って……こんな楽しいことが待っているなんて、思わなかったよ。くはっ、くははっ」
(なんだ、この感じは……)
先程の無邪気さとは違う、異質さをアイオスは感じていた。
「あ、ごめ~ん。ちょっとスイッチ入っちゃったからさ。話し方とか、違うかもしれないけど、気にしないで。くふっ……」
(異常だ。見ただけでわかる、異常さ。試したくて仕方がないという顔。この子は危険だ。しかし、その危険さこそが、今は武器になる……)
「戦争なんかに興味はないけど、ふふふ……科学には、興味あるんだよね。どれぐらい、死ぬのかなぁ? 計算しなきゃ、今から……くふ、楽しみだなぁ……くは、くはは」
(やはり、どいつも『悪魔』だということか。『本性』はこんなもの。興味心の塊。快楽の虜。殺人狂。種類はあるにしろ、本質はそういった所にある、狂気。ま、それは人間も同じか。結局、悪魔も人間も、やっていることは同じだということだな)
「取り敢えず、秘密裏に製造しとくよ。実験体とか、色々と頼むことになると思うけど、よろしくねぃ~、アイオスっち」
「ああ、わかった」
そういって、二人は別れた。
「ケルベロス、お前はどう思う」
「はい? なんのことでしょうか」
(あくまで、聞いていないフリをする。そういうことか)
「いや、なんでもない」
「そうですか」
再び、歩き出す。
「あ、そうそう。人員の確保でしたら、私にお任せ下さい」
「……任せる」
この先に待っているのは、地獄だなと、アイオスは思ったのであった。