ケルベロス
アイオス達は、魔王城へと足を運んでいた。
「魔王様の、ご帰還! ご帰還であるぞ!」
「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
魔王復活の知らせは、瞬く間に、知れ渡っていた。
歓喜に震え、涙する者を多い。喜び、叫ぶ者も。その全てが、魔王復活を心から願い、祈り続けていた者達だった。
「魔王様、御覧下さいませ、この魔族たちを。魔王様のご復活を心から、祝福しております」
「あぁ……」
(なるほど。社長だった時には、ない感覚だな。どちらかというと、スター選手のような扱いをされるわけか。これは、これで。悪くない)
アイオスは、手を振りながら。馬車にのって、城内へ入っていった。
謁見の間。その玉座へと座り込むアイオス。
「それで……具体的に、この世界のこと、私の事、魔王軍のこと。色々と聞かせて貰うぞ、ゲルデ」
「はっ……」
「どういうことですか、ゲルディオン様? 魔王様は一体……」
「魔王様はお記憶をなくされておられるのだ。少し黙っておるがよい」
「……」
疑問を抱いたのは、メイド長を務めるケルベロスであった。
「ふ~ん、記憶をねぇ……」
ぺろぺろと。飴を頬張るのは、キャンデロロ。ファンシーな、ぬいぐるみのような服を着ている。
「キャンデロロ! 魔王様の御前だぞ! 飴をなめるなどと……!」
「え~、糖分補給しないと、わたち、頭、回んないんだも~ん」
「このっ……!」
睨みつけるティーファと、それを受け流すキャンデロロ。
「よい。それより、説明を頼む」
「魔王様ぁん……」
指をくわえるティーファ。笑みを浮かべるキャンデロロ。対照的な二人だった。
「はい。まずはこの世界の実情からご説明致しましょうか。この世界は、デビルズワールド。悪魔達が支配する世界でした。しかし、五百年ほど前に『勇者』と呼ばれる存在が現れてから、一変しました。人々はそれに希望を抱き、我々に反旗を翻したのです。そして、神や天使たちはそれに加わり、力を与え、戦わせたのです。結果、我々は敗北し、魔王様はあのようなお姿に……我々は、数百年という時間を掛け、魔王様の復活の為に尽力しました。しかし、その間に内部で争いが発生し、第二の魔王とならんが為に、幹部は次々に離反していったのです。残った幹部は、我ら二人だけで御座います。幹部候補達も、次々に戦いで亡くなって行きました。この数百年は地獄のような日々でしたとも」
「なるほど……魔王が死んだことにより、世界のパワーバランスが崩れたというわけか。して、その『勇者』という存在はまだいるというのか? ここに来る前、あの場所でもそのワードを聞いたが……」
「五百年前……魔王様を討滅した『勇者』はすでに他界しております。しかし、その血を受け継いだ者……もしくは、それに変わる『英雄』達の誕生により、人間どもは勢力を増しております。神や天使どもの『加護』があるのが、大きいのでしょう。しかし、神や天使の一部も、利権争いにより、堕天した者や、離反者が増えてきている様子。我々に賛同する者も増えて来ました。しかし、その大半は第二の魔王を名乗る『元幹部』に集まって行きました。我々の兵力はかなり低下しております。魔王様の復活を機に、元幹部たちが再び集ってくれればよいのですが……」
(悪魔が支配していた世界を人間が奪取した……勇者の存在に、英雄……神や天使が力を貸した……しかし、利権争いで、分裂しようとしている……人間同士でも争っているようだ。であるならば、私の存在を『キー』とし、再び復興を遂げることは、不可能ではないはず……)
「世界情勢については、大体わかった。後は、私自身とお前達のことを詳しく知りたい」
「それはもう、隅々までぇ~♪ お教え致しまぁ~~~す!」
ティーファの甘い声。アイオスは、特に気にすることもなく、スルーした。
「あぁ……そんな、冷たい態度も……イイッ♪」
ティーファと、ゲルディオンは『六大貴族』と呼ばれる、大貴族の二人である。
原初の六人。アイオス、ティーファ、ゲルディオン、ロキル、エモン、イルネウス。
この六人は、誰もが『魔王』になり得る力を持つ魔貴族である。悪魔が誕生し、世界を支配し始めた時期から、存在する原初の魔族。
階級も特別な物であり、『聖爵』の爵位を持つ。聖爵、大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士の順に爵位が並ぶ。『聖爵』は最も高い地位である。
魔王が敗北した主な原因は、『天竜王』との戦いで負傷した状態で『勇者』達を相手にした為であるが、それを知る者はほとんどいない。なぜなら、『天竜王』と魔王は、一騎打ちを所望した為、それは人知れず行われたからである。
戦いも、『亜空間』と呼ばれる閉ざされた世界で行われた為、現世での影響はほとんどなかったからだ。これは、幹部達ですら知らされていない情報である。
「とまあ、大体はこのような形で御座います。魔王様、ご采配を……」
「うむ……まずは、元幹部にコンタクトを取ろう。使者は誰がいい?」
「そうですな……ベルニクスに頼むとしましょう。今日はもうお疲れでしょう。ケルベロス、魔王様をお部屋まで、ご案内しなさい」
「はい。わかりました。魔王様、こちらです」
ケモ耳で、しっぽを生やし、メイド服にしてはバニーのような際どい衣装を身に纏うケルベロスは、部屋を案内する為に、歩き出した。
(凄い格好だな……前の魔王の趣味なのか?)
「お触りになられますか?」
アイオスがケルベロスのお尻を見ていたことに気づいたのだろう。そんな問いかけをして来た。
「い、いや……」
「? そうですか。前の魔王様なら、聞く前に鷲掴みにしていたのですが」
(やっぱり、前魔王の趣味なのか!)
(しかし、ケルベロスとは……ギリシア神話に登場する犬のバケモノだよな。どうも、混同しているようだ……私がいた世界の神話に登場する存在と、そうではない、オリジナルというべきか。それらが混ざり合っている気がする)
(オリジナルと、神話の存在が混ざり合う世界ね……大変だな、ここは)
「君は……魔王の、いや。私の従者だったのか?」
「はい。そうでございます。魔王様のお傍で、雑務をこなしておりました」
「ということは、ここについて一番詳しい人物でもあるわけだ」
「それはどうかわかりかねますが……それなりには」
「では、聞こう。我が軍の兵力はいかほどか」
「四万、といったところでしょうか。この城の防衛には、約一万程度の兵が使われているそうです」
(軍の者でもないのに、やはり詳しいな……魔王の側近だけのことはある)
「四万か。それはどうなのだ? 多いのか?」
「少ない、でしょうね。我が国の規模を考えますと。全盛期は、百万を有に超える兵力があったそうですから」
「……それは、魔族が世界全土を支配していた時代の話だろう?」
「そうですね。それと、兵についてですが。付け加えますと、魔王様の兵はほとんどおりません。全て『六大貴族』であられる、ティーファ様と、ゲルディオン様の『私兵』になります」
「私兵、か……なるほどな。私が自由に使える兵はいないということか」
「はい。ティーファ様と、ゲルディオン様がおられるおかげで、民や兵は逃げ出さずに、安心してここに居続けることが出来たということになります」
(当然と言えば、当然か。死んだ者に対し、それでもまだ忠誠を誓おう等といった変わり者はそうはいない。普通は、誰かがその跡を継ぐ。しかし、大貴族二人の反対により、それは成されなかった。対立は当然か……纏めるのは、無理かもしれんな)
「早急に私だけの私兵を用意する必要がありそうだな」
「そう思います。一応、私が秘密裏に育成しておりました兵が千程おりますので、そちらを魔王様に献上したいと思います。私の忠誠の証と捉えて下さいませ」
「……それは助かる。しかし、千か……まだまだ数が足りないな。今から育成するとなれば、数十年単位となってしまう。となれば、外部から率いれるしかないというわけだ」
「しかし、ほとんどはいずれかの派閥に属しております故、新たに兵を確保するのは至難でしょう」
「ならば、人間か天使達を招き入れるしかあるまいな」
「……」
「どうかしたか?」
ケルベロスは驚いていた。当然だ。魔族の世界に人間や天使を引き入れるなど。あってはならないことだからだ。そして、それを固く禁止していたのは、他ならぬ魔王自身であったということ。
「……本当に記憶がないのですね。いえ、少し驚いただけです。人間を引き入れるなど。正気の沙汰ではございませんので」
「まあ、たしかにそうだろうな。しかし、それ以外に方法はあるまい」
「ない、ですね。ただ、それを行うとさらなる軋轢を生みかねませんよ。この魔王軍がさらに内部分裂する可能性の方が高いと言えます」
冷静な判断だろう。悪魔しかいない場所に人間という異物が混入するのだ。何が起こるか、わからない。
「改革が必要だな。人間というのは、愚鈍な生き物だ。自分たちのことしか頭にない。同族同士で平気で、足を引っ張り合う。しかし、それは今回に限ってチャンスと言える。纏まりを見せた人類は、平和をつかみ取り、同族同士で争い合うようになった。ならば、金や権力の為に我々につく者も出てこよう」
「私では、想像もしなかったことで御座います。さすがは、魔王様ですね」
「君はベースが人間に近い。交渉役を任せたいと思うのだが」
「どちらかといえば、あちらが『真似』したのですよ。我々の姿を。我々に対抗する為に、神が同じようなモノを作り出したということですね。そして、神の操作を離れて『暴走』し始めたということです」
(なるほど、そういうことか。面白い解釈だな)
「人の姿を保っている悪魔は、高位の存在だと思って下さい。もちろん、そうでない姿をしているからって、高位の存在ではないとは言い切れませんが。ゲルディオン様は、人の姿をしておりませんし」
「ということは、君は高位の悪魔ということになるな」
「はい。それはもう。何せ、魔王様にお使えするメイドですから」
「……そうだな」
「ここ、笑うところですよ?」
(……ボケたつもりなのか?)
「……ケルベロス、君から見て、ティーファとゲルデは信用のおける悪魔なのか?」
「ティーファ様は完全に魔王様に心酔しきっておりますので、問題ないかと。ゲルディオン様に関してはわかりません。何らかの意図があって、ここに残られている可能性は否定できません」
「そうか。これから、忙しくなりそうだな……」
「もちろん、私のことも信用して貰う必要は御座いませんので」
「これだけの会話をして、そうは思わないさ。兵も譲り受けているわけだしな」
「それは、私が魔王様を利用して、自分の地位を高める為にしているだけかもしれませんよ?」
「それは、普通のことではないか。下にいる者は誰しも上を目指そうとするものだ。それと信用は別問題だ」
「……ぶしつけたことを言って、申し訳ありませんでした」
「よい。君にはこれから働いて貰うことになる。うまく行けば、幹部にすることも検討しよう」
「ありがたき幸せ」
そういって、部屋までたどり着いたアイオスは、ケルベロスに別れを告げた。
そのドアが閉まるまで、ケルベロスは頭を下げたままだった。