第18話 天井を歩く女・3
巌示は悩んでいる。
土蜘蛛に対する有効な封じ方がわからないのである。
今回の土蜘蛛は、頼光が退治した土蜘蛛とは違う。
女性の怨念が凝り固まって、返しによって変質した半生である。
もとは人間であったというところで悩んでいる。
一方的に封じていいものだろうか。
桜先輩・・いや、姫から聞いた話では、発端は
そもそもが自分本位な思い込みから生じたものであり、同情はできない。
しかしながら人の思いというものは多様である。
陰陽師は一般的にといった理由から、物事を判断してはならないと、
母から教えられてもいた。
一番やっかいなのは、『恨み』がこちらに向くことである。
仕事で退治して恨みをもらったのでは、割に合わない。
悶々と悩んでいると、
「困っているようだな。」
鬼が現れた。
「ああ、吉祥丸か。」
オレはそう言うと、再び悩む。
オレは式神にした鬼を『吉祥丸』と名付けた。
鬼に吉祥・目出度いことと名付けるのもどうかと思うが、
名前を付けて、自分なりに言の葉で抑え込んだつもりである。
「なあ、巌示。俺が喰らってやろうか。」
吉祥丸が言う。
確かに鬼に喰らわせるのも一つの回答である。
吉祥丸が喰えば蜘蛛は消え、鬼の栄養分となる。
「まだもう少し考えたい。それは最後の手段にとっておく。」
そう言って、再び考え始めた。
今日は休日である。
巌示は桜先輩とデート・・・いや、武蔵の姫と調査である。
あいかわらず土蜘蛛は出ているという。
いまは巌示が与えた護符により、近づいてはいない。
しかし、これは暫定措置である。
いずれ結界は破られ、蜘蛛は襲って来るだろう。
「ここですか。」
バスから降りて、巌示は言った。
電車で3時間、バスで1時間。
着いたのは、山寺である。
階段を登ると境内に出る。
こじんまりとした寺であるが、造りはしっかりしていた。
「寄進した当時のままだな。」
武蔵の姫はそう言って、寺へと進む。
訪れた寺というのは、先輩の先祖の菩提寺である。
引っ越しを繰り返して、長い年月が経った先輩は、このことは知らない。
「こんにちは。」
入り口より巌示は挨拶をする。
しばらくすると、
「はーい。」
という声がして、女性が表れた。
「何か?」
巌示は姫に教えられた通りの話をする。
「私達は、高校の郷土史同好会の者です。
ここに『お銀観音』があると聞いて来ました。」
女性は
「ああ、まあ懐かしい。まだその話を知っている人がいるのね。」
そう言って、嬉しそうに笑う。
女性は住職の奥さんである。
「今日は法要で出かけているからいないんだけど、その話は私が知っているから。」
そう言って話してくれた。
内容は姫から聞いたのと、あまり違いはない。
「じゃ、『お銀観音』を見せましょう。」
そう言って、奥さんは外に出た。
お銀観音は、少し離れた小さなお堂にあった。
キィと扉を開けて、中に入る。
プンとカビ臭い匂いが漂う。
「これね。」
そう言って見せてくれたお銀観音は、木喰観音であった。
粗削りでデフォルメされた表現ながら、
生前のお銀が持っていたであろう、美しさが表現されている。
突然、辺りが暗くなった。
「あら、どうしたのかしら。いやだわ。洗濯物が濡れちゃう。」
曇った空を見上げて奥さんはつぶやき、オレ達を見て
「洗濯物取り込んでくるね。」
そう言って、本堂へ走っていった。
オレはその様子を横目で見て、
「では先輩、始めます。」
オレは調伏の準備を始める。
外に出て、お堂の周囲、12箇所に護符を打つ。
「ニソンバ・バサラ・ウンパッタ。」
真言を唱えながら、禹歩により結界を作り上げる。
お堂の周囲が淡く光り、曼荼羅が形成された。
・・よし。
再び12箇所の護符へ、右回りで順に指を鳴らして呪文を唱える。
「伯禹夏后氏、お銀也。乃労身渉勤、不重径尺之璧、而愛日之寸陰・・・」
曼荼羅が静かに明滅を始める。
・・よし。
降三世明王の怨敵調伏法が完成する。
お銀観音を祀ったお堂を中心にして出来た曼荼羅は、
時空を飛び越え、今、オレ達は陰態として存在する。
「曼荼羅から外は異界です。出ないように。」
そう言ってオレは、お堂の中でお銀観音の前で印形を組み、呪文を上げ続ける。
やがて外が急に騒がしくなってきた。
「オンウウン カタトダ マタビシヤ ケッシャヤ サラハッタ・・・」
老僧が、力強く真言を唱えている。
「お師匠様、お銀が、お銀がやって参ります!」
若い僧が叫ぶ。
「判っておる! やむおえん、一緒に調伏するぞ!」
一段と高らかに、調伏の呪法が唱えられる。
陰態の中にいるオレ達は、不注意に何かしない限り、彼らには見つからない。
陽態にいる僧と妖怪、怨霊は、激しい戦いを続けている。
怨霊と化したお銀が、姫を狙って襲いかかる。
「あっ! 姫様!」
若い僧が叫ぶと同時に、姫を突き飛ばす。
怨霊は若い僧を襲い、僧は血まみれとなった。
「蓮如様!」
姫は若い僧に近付こうとするが、
怨霊がガシガシと僧を喰らっていて、手が出せない。
老僧は老僧で、妖怪を抑え込むのが精一杯だ。
このままだと負けて、老僧、若い僧、姫ともに、死んでしまうであろう。
陰態のうちにある巌示は、静かに真言を唱え始める。
「オン ソンバ ニソンバウン ギャリカンダギャリカンダウン・・・」
新しい曼荼羅が組み上がってゆく。
「降三世明王よ、その功徳により妖怪を調伏したまえ。」
明王が表れ、妖怪を咥え、いずこかへ飛び去ってゆく。
残ったのは、お銀の怨霊である。
妖怪を調伏したのに気が付かない老僧は、
お銀に対して、なおも調伏を行っている。
お銀はすでに土蜘蛛と化しており、このままだと調伏され、
未来へと禍根を残す。
急ぎ巌示はお銀の周囲に護符を打ち、調伏を遮ると同時に、お銀を捕まえる。
巌示が呪文を終えると、突然、お銀を残して周囲が暗くなる。
捕らえられたお銀と、曼荼羅によってまもられたお堂のみが浮かび上がり、
周囲は真っ暗である。
ガウガウと唸るお銀は、オレ達を見つけた。
「お前達、何者じゃ!」
蜘蛛と化したお銀は、シャアシャアと毒気を吐いて、威嚇する。
「あなたと将来において、縁を結ぶ者でございます。」
巌示が言うと、お銀は尖った歯をせり出して、ガチガチと噛む。
「お銀様。
あなたは蓮如様を慕うあまり、怨霊と化してしまいました。
今のあなたの御姿を御覧ください。」
巌示は空中に大きな鏡を出現させて、お銀に今の自分を見せる。
お銀は自分の姿を見て、せり出した歯を引っ込めて、今度はオイオイと泣き出した。
「オオ、オオ。
なんということじゃ。
われのこの浅ましい姿は何じゃ。
美しかった我の身体は、どこに消えた。
目を背けようにも蜘蛛じゃ、まぶたが無い!」
オイオイと嘆く。
「人を呪い、世を呪い、自らの欲望のみを追えば、
待つのは絶え間ない地獄でございます。」
お銀はすでに人ではない。
油断の無いように小声で呪文を唱えながら、巌示は不意の攻撃に備えている。
「ひとつ、解決する方法がございます。」
巌示が言う。
「何じゃ!?」
お銀が答えた。
・・よし。
「ここに、あなたの写し身である『お銀観音』がございます。
あなたはこの中に入り、化身となって供養されるのでございます。
そうすれば、」
お銀は、まぶたの無い、真っ黒な眼でオレを見つめ
「そうすれば?」
「そうすれば、あなたは観音の功徳により、成仏なさるでしょう。」
静かに言った。
時をおかず、巌示は真言を唱え始める。
「ナムビシャカ シャアシッチ モクキャシャチ アチャナチャュ・・・」
大聖歓喜天による、和合の歓喜仏呪法である。
「オオ。何やら温かいモノが心に押し寄せてくる・・・」
お銀は黒い眼に涙を浮かべて、笑顔を作る。
蜘蛛は脚の先から糸のように引き伸ばされて、
お堂内にある観音像の中に引き込まれてゆく。
巌示は延々と真言を唱える。
すでに土蜘蛛は信じられないくらい引き伸ばされて、観音像の中に入っている。
『キュポン☆』
音がして、お銀は観音像の中に入った。
巌示は護符を取り出して、すばやく観音像の背中に貼る。
その上に手を載せて何か唱えると、護符は観音の胎内へと消えていった。
「よし。」
ホッとして、巌示は額の汗を拭う。
次第に周囲のざわざわした騒動が聞こえるようになってくる。
「妖怪はどうした!?」
老僧が探す。
若い僧がゼイゼイ言いながら、
「先ほど明王様が、口に加えて飛び去って行きました。」
傍らでは、姫が懸命に若い僧を止血している。
「お銀は!?」
老僧が再び尋ねると、今度は姫が
「何やらありがたい観音さまが降りてきて、お銀を連れてゆきました。」
疲労困憊しているにもかかわらず、老僧は合掌して、
「ありがたいことです。」
感謝の読経を唱える。
そんな風景は徐々に消えてゆき、オレ達は雨が降る現世へと戻っていった。
現世へ戻ったその晩。
姫が今生と別れる際、オレは桜先輩、もとい、姫に一礼する。
「これにて整いました。」
姫はオレを見て、
「改めてお主を見直したぞ。陰陽師。やりおるではないか。」
オレは苦笑いをする。
普通これだけの事をすれば、軽くスポーツカーの1台は買える礼金を貰える。
今回は先輩の命を守る戦いであるにしても、タダなんだよなぁw
姫は先輩の腰につけたポーチをゴソゴソと探り、
一振りの短剣を取り出す。
「褒美じゃ。」
受け取ったオレは、包んだ錦を外し、鞘を抜く。
キラッと美しい刀身があらわれた。
「これは?」
オレが尋ねると、姫は
「髭切丸じゃ。」
髭切丸。
かつて頼光の愛刀で、妖怪退治の名剣である。
長年の使用により段々小さくなって、懐刀になったらしい。
髭切丸なら除霊の代金には見合う。
オレは謹んで拝領し、
「ありがたくいただきます。」
地元に戻って最後に別れる時、
「これはワラワから。」
そう言って姫はオレに抱きつき、顔を押さえると「チュッ」と口づけをした。
ビックリするオレにニコッと笑い、
「お主は自分ことを、ブ男だのゴツいだの思っとるらしいが、
桜もワラワも、中々どうして良い男だと思っておる。
もっと自信を持ってオナゴと接すれば、お主はモテるぞよ。」
そう言ってカラカラと笑い、去っていった。
自分の寺に戻る途中の最後のゆるい坂道を、
巌示はフウフウいいながら自転車で登っている。
顔は武蔵の姫からキスしてもらって、ニヤニヤしていた。
この次、休み明けに会う時は、姫ではなくて桜先輩になっているだろう。
登校で会ったら、自分の方から挨拶しよう。
きっと「ガンちゃん、オハヨ~♪」
いつものように返してくれるに違いない。
巌示は先輩に会うのが楽しみであった。




