最初の羞恥。
「知ってた?あなたが私に話しかけようとしてくれていたのに気づいていたこと。本当はね、すごい嬉しかったんだよ。でもごめんね。私が逃げちゃった所為で話せなかったね。」
突然、僕の上に何かがのしかかる。黒髪のボブヘアー、キメ細やかな肌、整った顔立ち。キラキラと輝くその黒い瞳は、間違いなく僕の目を捉えていた。
そう、僕の上に乗っているのは僕が恋心を寄せている村上冬子だ。
よく分からない状況説明はこの辺りにしておいて。こうなった事の発端を話そう。それは3日前に遡る。
いつものように同じ道を通って学校に向かう。
学校に着き、上履きに履き替える。もちろん僕は下駄箱にラブレターが入っているような人間ではない。
少し僕の話をしよう。
どちらかというと僕は人と関わるのが苦手なタイプで休み時間も大概は本を読んで過ごしている。巷でよく聞く「リア充」などという言葉は縁もゆかりもない。
が、そんな僕は今、恋をしている。相手は転校生。村上冬子。僕の一目惚れだった。
それからはというものの、友人を通じて会話をしたり、この前はその友人と僕と冬子の3人で図書館にも行った。その図書館であった出来事は・・僕と冬子だけの秘密だ。
と、まぁこんなところである。
僕は階段を上り教室へ入る。自分の席に着き、教科書を机の中に入れて黙々と本を読む。のが、今までの日常だった。今は本を読むフリをして冬子を見ている。決してヤバいやつとかではない。
そんなこんなで迎えた昼休み。あいつがやってくる。
「真司ー!!!」
甲高い声で僕を呼ぶのは、友人の美空だ。
「何だ?ってか相変わらず声でかいな。」
「え?そうかな。普通だと思うけど。」
「あぁそうか。それならいいよ。」
呆れた様子で返事をする。
「そんなことよりさ!!来週テストあるじゃん?私全然分かんないから教えてほしいの!!」
手を合わせて目を光らせて僕に言ってくる。
「別にいいけど。」
「ほんと!?ありがとー!」
小学生みたいに喜ぶ美空。僕はおうと返事をして、机に戻ろうとする。
「ちょちょちょ待って!!!!」
僕は体を半分だけ美空に向けて答えた。
「何だよ。まだなんかあるのか?」
「2人だけってのもなんか寂しいからふーちゃんも誘わない?」
ふーちゃんとは、冬子のことである。つまり僕の好きな人だ。
「ふ、冬子?僕は別にいいけ・・。」
冷静を装って答える僕。そんな僕の言葉を最後まで聞かずに美空は反対側のドアの方へ向かっていた。なんて元気なやつなんだ。
僕が反対側のドアへ向かう頃にはもう話が進んでいてどうやら冬子もすることに決まったらしい。
どこでするかと悩んでいたら、冬子が私の家なら・・・と言ってくれたので冬子の家ですることになった。
そして3日後、この状況だ。僕はどうすることもできずただ下敷きになっているだけだった。
冬子はごめんっ!と言いながらようやく僕の上から離れた。内心はまだ離れてほしくなかった・・・なんて口に出すことはできない。
その場を見ていた美空は2人でいちゃついちゃってーと僕たちをからかってきた。
僕と冬子は声をそろえて『違う!!!』と言った。
そのあとも何度か美空がからかってきたが、何とか勉強会は無事終了。その場で解散することになった。
僕は美空と並んで帰っていると、忘れ物をしたことに気が付いた。僕は美空に先帰っててとだけ言い残し、もう一度冬子の家へ向かった。
インターホンを鳴らし、画面越しに冬子と話をする。
「悪い!忘れ物しちゃった。」
「何を・・?」
「鍵!多分冬子の部屋にあると思う。」
「ちょっと待ってて。探してくる。」
そういうと冬子は外からでも聞こえるくらいの音で階段を上っていった。
少しばかり待っていると玄関のドアが開き、冬子が顔を出す。
「鍵ってこれ?」
「それそれ!!ありがと!」
「いえいえ。どういたしまして。」
僕は鍵を受け取る。すると冬子が話し始める。
「今日はごめんね。わざとじゃないから・・本当にごめん。」
「あぁ、気にしないで。全然大丈夫だから。」
「そ、そう・・ならいいんだけど・・。」
この場合、むしろ嬉しかったと素直に言うべきなのか、それともさっきみたいに大丈夫と言うべきなのか、どちらが正しいのだろうか。まぁ間違いなく答えは後者だろうけど。
じゃあ帰るわと言って手を振る僕。それを見て振り返してくれる冬子。本当に冬子は優しいなぁと思いながら僕は帰る。
でも僕はそんな手を振る冬子に、どこか寂しさを感じた。