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ダウンタウン ①

「フィーロ、こっちだ!!」


そう呼ばれていた。


薄暗い視界の中、湿気のこもったこの場所は人が住むことを前提として考えられてはいなかった。


戦争を控えていた大都市が一時的な避難所として作ったシェルターだ。隣には使い終わった生活用水が流れている。


そんな場所を俺は声のする方へ裸足で走っていった。


「糞ガキがぁ!!ぶっ殺してやる」


後ろからは牛刀を持った髭面の男が凄まじい剣幕で追いかけていた。


アイツに捕まったら挽肉にされるのが予想出来た。


何で俺がこんな状況になっているかはとても簡単に推測出来る。


みすぼらしい格好をした年端もいかない子供がパンを抱いて男から逃げている。


そう、パンを男からくすねてきた事なんて一目瞭然だ。


生きていくためには食べなくてはいけない。食べ物をくすねて殺されるか、食べ物が無くて飢えて死ぬか、どちらを選んでも同じこと。


それなら、食べ物を盗むことに命を賭けた方が賢明なことだ。


後ろから殺人者予備軍に追われながらこんな聡明なことを考えている俺は誰だって?


先に俺の話をしよう。





俺は目が覚めた時、体の自由を奪われていた。


頭がズキズキと痛んで目が覚めたのだ。視界はぼやけていてよく見えない。


聞こえてくるのは話し声と雨音だけだった。


自分は誰だ?そうだ、俺は誰なんだ?


記憶を探ろうとすると、ニホン…サラリーマン…カップラーメン…そんな言葉が思い浮かんだ。


自分が男としての自我をもって存在していることは理解することが出来た。


しかし、それ以外のことの意味を全く理解出来なかった。


言葉にはとても懐かしい思いがした。それがどこからきた懐かしさなのかは分からなかった。


更に何かを思い起こそうとしたが、そうすると頭が死にそうなくらいに痛くなる。


そして、考えるのをやめた。自分が誰なのかはさっぱり分からないままだった。


目を開けたり閉じたりする以外なにもする事がないまま時間だけが過ぎていった。


何回か、足音が通り過ぎて行くのを聞きながら過ごすと二つの足音が自分の目の前で止まったことに気がついた。


恐る恐る目を開いて見るとさっきよりは視界がはっきりと見えており、自分の目の前には見知らぬ男女がしゃがんでこちらをのぞき込んでいた。


何かを話している様子だったが言葉を理解することが出来ず、じっと2人を見つめていた。


男の方が俺に手を伸ばしてきた。


そして、紙を一枚手に取った。俺は最初から紙を握っていたらしい。


その紙に目を通すと、男は俺を抱き上げて話しかけてきた。


女の方に目をやるとにこやかな表情で俺を見つめていた。


俺は一つだけ気づいたことがあった。さっきの紙をを見た途端に2人が俺に「フィーロ」と言っているのだった。





この世界に自我が芽生えてから幾度となく来た朝を迎えた。


朝と言っても外と中との空気を通すためにあけられている通気口の鉄格子から漏れる朝日であった。


俺が目を覚ましたあの日、自分を理解することが出来なかったが数日経つと自分が赤ちゃんの姿である事に気付いた。


そして、体が女の子であることにも。


そして、俺は雨がさんさんと降っている街角で捨てられていたことも理解した。


「フィーロちゃん、起きたの?」


隣で、俺のこと呼ぶのはあの日、あの雨の日に俺を拾ってくれた母親ミーチェだった。


ミーチェは優しい笑顔を見せながら俺の頭をゆっくりと撫でている。


「おー、フィーロ起きたのか。パパは仕事に行って来るぞ」


母と同じく、ニカッと笑いながらこちらを見ているのは俺を拾ってくれた時に抱いてくれた父親クレソンだ。


とてもマヌケそうな顔をしていると思ったことは黙っておこう。


「今日はフィーロちゃんの誕生日だね」


「そうだった、今日はフィーロの誕生日だ。早く帰って来ないとだな」


俺は今日で5歳になる。


誕生日と言っても本当の誕生日ではない。俺がこの父母に初めてあった日を自分の誕生日としているのだ。


「そろそろ時間だな、仕事に行って来るよ」


そう言うとクレソンは家とは呼べない板の仕切りと元からあったコンクリートの壁で出来た小屋から出ていった。


ミーチェの姿を見ても少し煤けたボロボロの布を服と見立てて着ている状態であり、自分も同じようなものであった。


生活は極貧で日々の食べ物でさえも困窮するような状況であった。


そんな中、俺たち家族は慎ましく暮らしていた。


俺たちの住む場所はダウンタウンと呼ばれ、機械都市「ハイフェルフ」のごみ溜と呼ばれている階級最下層の貧民が住んでいる地下シェルターだ。


最初は戦争があった時に国が民を守るために作った場所であったが戦争が起きることもなく平和が続いていたため、忘れ去られ、そこに居場所を失くした人々が住み始めて街を形成した。


ここに住む人々はみんな陰鬱とした空気を漂わせているが俺の両親はとても明るく、明日に希望を持っている。


俺もそんな両親のことは大好きであった。


「フィーロちゃん、今日は何をしましょうか?」


「機動獣について教えて!!」


私は母の問いかけに応えた。


「フィーロちゃんは女の子なのに本当に機械が好きなのね」


母は微笑みながら言った。


見た目は女の子ではあるが、中身は男だ。機械やら獣やらはとても大好きな類いの物だ。


特に機動獣はロマンがある。何せ、幾千ものパーツを組み込んだ複雑なカラクリによって四足歩行から二足歩行まで出来、なおかつ人間では出せない凄まじいパワーを持っている。


その中でも人型操縦機動獣は素晴らしい。中に人が乗り操ることで意のままに動かすことが出来る。装備を強化することで機関銃やブースターを取り付けられる。


俺の前世の記憶だとアーマーと言うのか?そんなものだ。


この知識は全てミーチェから教わったものだ。


ダウンタウンに住む人間は基本読み書きが出来ない。専門的な知識などもっている方が異常である。


しかし、ミーチェはとても機動獣や機械について詳しかった。まるで、自分がその設計に携わっていたかのように。


「……であるから、機動式にちょっと細工をすることで機動獣をより迅速に動かすことが出来るのよ」


「お母様、機動獣の燃料"希鉱石"は瘴気を含んでいるんでしょ?その瘴気をエネルギーに変えることは出来ないの?」


俺は5歳児らしからぬ質問を母親にした。


「そうね、瘴気を無害なエネルギーに変えることは出来るわ。なんてたって私が生み出した……っと今日はここまでにしましょ」


ミーチェは何かを言おうとして口を紡いだ。


「お母様、俺とても気になる」


「ダメよ、もっと大きくなってからにしましょう。本当にフィーロちゃんは天才なんだから。でもフィーロちゃん"俺"なんて言葉、女の子が使っちゃダメでしょ?ちゃんと"私"って言わないとね」


「だってこっちの方が自分にあってるしー」


自分のことを男だと思っているのだから当然である。しかし、ミーチェはいつも注意してくる。


「もー、しょうがないんだから。天才ってやっぱり少し違ってるのかしら」


そんなことをミーチェは呟いていた。


1歳で言葉を理解し、話す書くことができ、高難度の数式も解くことが出来たとなればそれは正しく天才である。


俺は出来ちゃったのだが。


「お母様、遊びに行って来ていい?」


「そうね、私もやることがあるし夜ご飯までは帰って来なさいよ」


ミーチェから門限の提示があったけれど外出許可を貰った俺は走って目的地に向かった。





ダウンタウンの中はとても広い、5歳の女の子にとっては大迷宮だ。


いくつもの小屋があり、人がたむろしている。中央通りには市場があり人がごった返している。


こんな中、小さな女の子が1人で彷徨っているのはとても危険だ。変な大人がとても多い。急いで目的地に向かわないといけない。


俺の家は東水路の側にある。今から向かうのは真逆の方向だ。


何本もの通りを渡り右へ左へ障害物を避けて行き目的の場所に着いた。


全速力で走って来たから息が切れている。


"何でも屋カギュー"


ネオンライトが不規則に点滅し、火花が散っている看板にそう書かれてある。


俺はノックをせずに扉を開けた。チリリーン。


「おーい、おっちゃんいるか?」


するとガラクタの山の置くからのそのそと動く黒い影がこちらを向いた。


「お前は毎日来るな、客でもないのに。女の癖にこんなオイルまみれの店に飽きずにな」


大きな革製のマスクにちっちゃなゴーグルを付けたトカゲがそこにいた。


本物のトカゲではない。二足歩行出歩いてるし、身長は2メートル近くある。こんなトカゲがいたらバケモノだ。


「バケモノだ」


「おい、誰がバケモノだって」


言葉が漏れていたらしい。以後、気を付けないと。


「そんな、怖い顔しないでよ」


「フンッ、いつもいつもちっこいのが周りをうろちょろされると敵わん」


このトカゲ頭のオヤジの名前はカギュー、いわゆる獣人と呼ばれる中の一部族だ。


カギューは喋りづらいマスクを取ると長い舌をチョロチョロと出している。相変わらず小さいゴーグルは付けたままだ。


「また、あの本を貸してくれ」


俺は催促した。


「懲りずに毎日読むな、お前さんは。魔法なんて太古のの昔に綺麗さっぱり消えちまったってのに」


ブツブツと小言をボヤキながら1冊の厚手の本を棚から取り出して俺に手渡した。


「この本はわしの曾祖父さんが旅の途中に買ったもんだ。わしらは500年も生きるからな大分昔の本だぞ」


「そんなこと分かってるよ。でも、面白いんだもん」


渡された本の表紙には"キケロの魔導書"と書かれてある。ボロボロになってはいるが中身はしっかりと読める。


「そんなに気に入ってるんなら、お前さんにやるよ。今日は誕生日だったろ」


「カギュー、俺の誕生日覚えてたの?」


俺は自分の誕生日を覚えて貰っていた事に驚いた。


「アホか。お前が毎日来る度に"何日後は自分の誕生日だな"と言っておれば嫌でも覚えるさ」


カギューはやれやれといった顔で機械をいじっていた。


「そうだったな。でも、ありがとう。誕生日の贈り物をくれて」


俺は素直に感謝の気持ちを述べた。


そして、早速貰ったばかりの本を開く。何回も読んでいる本だ、見たいページは直ぐに分かる。


俺は闇魔法のページを開き、熟読した。


"闇魔法は生命の影の世界を操る魔法。物体から光を吸収し闇を作る。また、闇に生きる生物を従属し、魂無き物体を意のままに操ることが出来る。そして死を司る"


凄くカッコイイ。俺はそれが理由で闇魔法がとても大好きであった。何とも、男心をくすぐる内容だ。女の子だが。


俺はページをパラパラとめくっていたらあるページで目が止まった。そして、そのページに書いてあった言葉を不意に口ずさんだ。


「…マリアラス」


その途端、カギューの店は揺れ始めた。周りにある機械の部品たちがカチャカチャと音を出し始めた。


異変に察知したカギューは俺の元に駆け寄ってきた。


「おい、一体何をしたんだ?」


俺は震えながら応えた。


「分からないよ。ただ目に止まった言葉を言ってみただけだよ」


カギューは俺の両肩をがっちりと掴んだまま、開きっぱなしだった本に目を向けた。


「これは契約魔法だ…。」


目を見開きながらカギューは小声で放った。


「契約魔法?」


「そうだ、闇魔法の中でも危険で強力な魔法だ。闇の精霊と血の契約を交わし絶大な魔力を貰う一種の呪いなのだよ」


そう言い終わるとカギューは俺のことを自分の後ろへと押し、背中を向けていた。周りのライトやロウソクの火などは本の中へと吸い込まれていき、薄暗い状態になっていた。


いつの間にか、床に見たことも内容の文様が刻まれており、赤く気味悪く光を放っていた。


俺は恐怖に震えてカギューの足にしがみついていた。


「で、でもさ、この世界からは魔法が消えたんだよね?じゃどうして俺が唱えただけでこんなことになったんだよ!!」


必死にカギューに尋ねた。


「いや、わしにも何でこうなったのか検討もつかない。ただ、この降り掛かってきた災厄を乗り切るしかないようじゃな」


カギューの足も小刻みに震えているのが伝わってきた。やはり、怖いのだろう。この世に存在しない筈の魔法が目の前で起こっているだから。


暫くすると店の揺れは収まり、ホコリが舞った部屋の中には隙間から漏れる外の光の筋が見えている。


異様な静寂に包まれる中、何者かの声が響いた。


「我輩を目覚めし者よ。貴様、何を欲する」


薄暗い視界を目を凝らして見ると赤く発行する文様の上に宙に浮かんでいる形のない黒い霧が立ち込めていたのだった。












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