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婚約破棄させたいんですが何か・ニコラスルート

「さて、このまま徹夜になるのだけど、飽きたわ」


「お嬢様?」


「四人目まで話したのだけど、話すの飽きたわ」


「では、お休みになりますか?」


「それも嫌だわ」


「いくつか確認をしてもよろしいですか?」


「良いわよ」


「エネミー様が処刑されている場面が割愛されているようですが?」


ローディが書き留めたものを見返すとエネミーが処刑されている内容はあらすじのときにしかない。


「エネミーは絶対的な悪として適当な理由で処刑されているのよ。ヒロイン、つまり平民を教育しなかったとかで、王妃が平民出身だから貴族も平民をないがしろにできないから。だからといってしていたわけじゃないけど、理由にされて、話の流れを無視するような形で処刑されていたわ」


「エネミー様を処刑する必要性があまりなかったりしますね」


「娯楽のひとつとしての扱いだったわ。王家は平民をないがしろにしていないアピールよ」


「あと、リカルド様の後日談を」


「話さないわよ。さあペンを持ちなさい」


「はい、お嬢様」


「楽団長子息・ニコラス・バハムートだけど、この出会いは普通よ。なかなか来ないヒロインを迎えに行って理事長室まで案内するの。ニコラスはいつも笑顔だけど、本心からの笑みを浮かべたことがないのよ。そして女性には優しく接している。これは上の姉たちからの影響でどんなときでも笑顔を浮かべる。その笑顔でヒロインに接するのだけど、ヒロインから笑いたくないときは笑わなくても良いと思うと言われ、恋に落ちるの」


ローディはリカルドの後日談を話させるためにわざと質問した。


話題を変えるために最後のニコラスのことを話すと見越して。


「貴族なら必要な時に社交辞令の笑みを浮かべることは必須だと思いますけどね」


「いつも笑顔でいなさいと言われることはあっても笑わなくて良いと言ってくれる人はいなかった。だからヒロインの言葉が嬉しくて恋と勘違いして、恋に落ちたのよ。それからニコラスは笑みを浮かべることがなくなり無表情でいることが多くなったわ」


「それはそれで極端ですね」


「何かあったと周りは思ったわ。だから確認するためにエネミーが呼ばれた。そこにヒロインも一緒にいたから話がややこしくなったのよ。エネミーは笑わなくなったのは何かあったのかと聞いたわ。返答は何も知らない女がでしゃばるなと言い、相手を思いやることが出来ない貴族は没落するべきだと宣言した」


「それもまた極端ですね」


「周りは焦ったわ。まさか編入してきたばかりの平民の娘を持ち上げ、大公家エネミーを貶したのだもの。それからニコラスはずっとヒロインを傍に置き、貴族との関わりを断とうとしだしたのよ。もともと音楽に才能があったから旅芸者でも生計は成り立ったでしょうね。それに焦ったのは婚約者よ」


ローディは口を挟むことなく紙に書いていく。


これまで書き留めた紙だけで一冊の本になる量だ。


「次期楽団長の夫を支えるために、踊りを覚えるために、留学していたの。知らないうちにニコラスが出奔しようとしているのだもの焦るわよね。でもニコラスにとっては婚約者も貴族で、笑顔を浮かべることに苦痛を覚えていたことに気遣いをしない悪女になる。傍にいて笑顔でいてくれるヒロインに安らぎを求めてニコラスはどんどん周りに壁を作っていく。これではまずいと婚約者を留学先から急いで戻すけれど溝はますます深まっていく」


「だだを捏ねているだけのような気がしますね」


「周りが聞き分けの良い子どもと思っていたのが間違いよね。それで豊穣祭が近づいてくる。神に実りを祈る祭りだもの。楽士と踊り手による舞が奉納されるわ。ニコラスと婚約者が選ばれた。二人の息が合わないと完成しない舞よ。二人の心が離れている今は最悪な舞にしかならないわ。ニコラスは婚約者の舞が失敗するようにわざと下手に弾いた。婚約者は舞を失敗し、台から落ちたわ」


「神に対する侮辱ですね」


「そうね。舞を失敗した婚約者は責任を取らされて神殿で一年間祈りを捧げることを命じられた。甘んじて受けたわ。ニコラスは舞を奉納する前から思い悩んでいたのではないかと考慮され、責任は不問にされた。そのあとも無表情であることから責任を感じていると周りに同情された。それを支えたのがヒロインだと噂が広まったの。婚約者はニコラスの苦悩に気付くこともせず、一人留学していたことを責められてしまった。ますます祈りの期間が長くなっていった」


「ずいぶんと一人だけに責任を押し付けるのですね」


「その年の実りを祈り占う大切な吉事だもの。失敗は死をもって償うのが当然と思われているほどのものだもの。むしろ一人の命で豊作が約束されるなら安いものだと思うわよ」


眠気覚ましのお茶に変更して飲む。


そこまでして話さなければならないかと思うが、エネミーが話そうとしているのだから止めない。


「ニコラスの父は息子がヒロインに恋をしているのは一時のものだと思い、学院を休学させて知り合いの旅芸者に預けることにしたの。頭を冷やさせるためとヒロインから引き離すために。ヒロインはニコラスが舞を失敗したことで学院を辞めさせられたと勘違いをする。でも特待生だから自主退学した場合は学院でかかった費用を修めなければならない。どんなに追いかけたくても辞められないし、いくら勉強ができても舞を踊ることも楽器を奏でることもできないから無理だし」


「ヒロインは平民ですからね。学院の費用を支払えるほどの財力はないでしょうね」


「ニコラスは旅をするうちに心が癒されて舞を失敗した責任をひとりで背負っている婚約者のもとに行ったの。そして一緒に祈りを捧げ、あのときの舞を二人だけでやり直した。婚約者はニコラスがわざと下手に弾いたことを知っていて何も言わなかった。ニコラスも婚約者が気づいていることが分かっていたけど何も言わなかった。ニコラスは婚約者と共に生きることを選ぶ」


「ずいぶんと都合が良いですね。ニコラス様に対しては何も罰が下りていないのも不公平ですね」


「そう上手くは問屋が卸さなくてよ。学院に復帰することが許されたニコラスは祈りが明けるまで婚約者を待つと決めた。でも運悪く不作が始まり、疫病も流行った。それは舞を失敗した婚約者の祈りが神に届かなかったことが原因だと民は思ったわ。祈りを捧げるだけでは神の怒りは静まっていなかった。そう考えたあとは一つしか手立てはないわ。人身御供よ。婚約者が選ばれたわ」


「いつの世も変わらないのですね」


「そして日取りがすぐに決められて、婚約者は処刑されることになった。ようやくニコラスが婚約者との婚姻に前向きになったのに。婚約者は広場で火あぶりにされたわ。そしてその灰を不作の地域に撒いていく。それでも不作は続いた。次に選ばれたのはエネミーだった。王家の血を持つ者を捧げれば不作は終わるのだと信じて。不作も疫病も収束に向かったわ。でもニコラスから再びの笑みを奪うことになった。ニコラスは婚約者のために鎮魂歌を捧げ続けることにした。貴族の娘ならそれが鎮魂歌だと気づくわ。でもヒロインは気づかなかった。周りは気づかないのなら都合が良いとしてニコラスと婚姻させてなかったことにしようとしたのよ」


ヒロインは貴族でなかったから音楽に教養がなかったから。


それが鎮魂歌で婚約者に捧げる曲だと気づかないから。


その曲が傍にいて、周りに引き離された悲劇のヒロインである自分に捧げられた曲だと思ったから。


そのまま利用された。


それでもヒロインは好きな人と結ばれたことは幸せであったと言える。


「ヒロインにとっては幸せですが、ニコラス様にとっては己の未熟さによる罪を誰にも言えないのは一生の贖罪ですね」


「これで、全員話したわ。ニコラスはわざと舞を失敗させるような性格かしら?」


「それは分かりかねます」


「どうして?」


「今は楽しく演奏をされているようですが、常に笑顔を浮かべるのが辛いと感じられるには年が幼すぎるのではないかと思われます」


「・・・それもそうね。まだ五歳だもの。毎日が楽しいはずだわ」


「あと、ニコラス様にお姉様はいらっしゃらないので、影響を受けることは無いかと存じます」


「それはまたどうして?」


「話すと長くなるので、お茶を淹れます」


眠気を取るためのお茶だ。


エネミーがブレンドした苦いハーブティーをこっそりと淹れる。


香りも色も美味しいお茶にしか感じられないのに苦さを出せるのは奇跡的なブレンドと言えた。


「・・・っ、ローディ」


「眠気は覚めましたでしょうか?」


「ええ、覚めたわ。とても覚めたわ。それで私にこのお茶を淹れて何が目的なのかしら?」


「特にはございません」


「そう、で、何故、姉がいないのか教えてくれるかしら?」


「それはですね、楽団長は旅芸者とお知り合いだというだけあり、女性との関係がこれまた美しくなく、ですね。多くの女性を泣かせたと噂になっていました。これがゲームの中で()がたくさんいた理由かと推測されます」


「つまりは父の愛妾達(あね)ということだったわけね。それは心休まらないでしょうし、ヒロインの言葉は嬉しかったでしょうね」


「ただですね、現実のニコラス様の母は誰か分かっていません。おそらくは旅芸者の誰かとの子だと思われます。実際は明らかにされていませんので、何とも」


楽団長は女性関係が派手なのはゲームでも現実でも変わらないようだ。


そんな環境で育てば色々と拗れるのも無理は無かった。


「現実の楽団長が愛妾達を囲っていなくて安心したわ。でも婚約者との仲が悪くなることで豊穣祭が失敗するのは困るわ。不作や疫病は天災でも私まで処刑されてしまうもの」


「ニコラス様を婚約者と一緒に留学させてはいかがですか?これならヒロインと会うこともありませんし、問題のある楽団長に影響されることはありませんから」


「そうね。でも留学をした実績というものはあるのかしら?隣国は国交が断絶しているのよ」


「国交を復活させるための交換留学という手もございますよ」


「でも、難しい気がするわ。隣国とは国交は断絶しているけど、戦は続いているもの。叔母様が和平を望まれるとは思わないわ」


「何も隣国だけが戦争の相手ではございませんよ。隣国の向こうの国は領地を広げるために仕掛けていると聞きます。友好の証としてベルガモーラ様を送り込めば、これ以上ない友好の証になると思いますが?」


ニコラスの父は色々と問題を抱えているようで手を打っておくことに越したことはない。


エネミーは冷静に書き留めたものを見返して思うことがあった。


「何故、男性陣はこうも凡庸というか何とも言い難いことしかしないのかしら?」


「そういう男性ばかりではないと申し上げさせていただきます」


「・・・そうかしら?人畜無害な王に、拗らせた大公家当主、これまた拗らせた第一王子・・・現実に三人もいるのよ。否定できるローディはすごいわ」


「お褒めにあずかり光栄にございます」


「褒めてないわよ。それで叔母様にそれとなく留学の話をしたら良いのよね?」


「そうですね。ニコラス様の様子を見てとなりますが、率直にエネミー様が留学したいと申し上げるのが一番かと」


今まで書いたものをまとめて、読みやすく綴じる。


「どうして?」


「ベルガモーラ様は自身の後任にお嬢様を推挙されるおつもりです。そんなお嬢様を国交が回復もまともにしていない隣国に送ることはまずされません。適当で軍事力などに影響の無い人物を送ります。そこでニコラス様と婚約者が選ばれることになります。国を挙げてのことですから拒否はしないでしょう」


「いつも思うのだけど、ローディのその大局を見通す能力はすごいと思うわ。どれもこれも様子見というのが答えよね」


「そうですね。お嬢様が二五歳だとおっしゃいましても見た目は五歳ですから。いきなり政に口を出すと怪しまれますね」


言葉が途切れた瞬間にドアがノックされた。


こんな夜更けにドアがノックされることはほとんどない。


「見てまいります。・・・・・何がありましたか?・・・お休みになられているとお伝えください」


「かしこまりました」


「・・・・・・・旦那様が明日から王城に泊りがけになるのでお茶を飲みたいと仰せでした」


「お父様、今何時だと思っているのかしら?真夜中よね?」


「ええ、間違いなく真夜中でございます」


「徹夜で話すつもりだった私が言うべきではないけど、この時間に五歳の娘が起きていると思ったのは何故かしら?」


「・・・お嬢様、前言を撤回させていただきたく思います。何とも言い難い男性しかいないことはお嬢様の仰るとおりでございました」


「私が間違っていないようで安心したわ。これで全部になるかしら?」


「お嬢様、ニコラス様の後日談とリカルド様の後日談が語られていないようですが?」


ローディはリカルドの後日談を聞くために根気強く書き留めていた。


「ニコラスは、ヒロインと婚姻して鎮魂歌を奏でながら楽団長を務めたわ。生涯、愛妾を作ることもヒロインとの間に子どもを作ることもなく終えたわ。父の女性関係を見て嫌になっていたのかしらね。ヒロインは神に仕えるかのごとくの夫に嫌気が差していたけど離縁は許されなかった。そして平民出身だったから愛妾になってくれる男性もいないから晩年は別荘で使用人との遊びに興じていたらしいわ」


「ヒロインは多くの男性に好意を寄せて貰い易い方ということですか」


「そうね、リカルドのときもそうだしね。・・・リカルドの後日談だけど、ものすごく大変だったのよ。リカルドを恋のお相手に選びながら隠れて他の登場人物もお相手に選び、全員から友情程度の好意を貰って結末を迎えるの。そうすれば全員の婚約者から嫌がらせを受けることがないまま卒業まで話を進めることができたら、卒業前のお茶会でヒロインはエネミーに呼ばれるの。そして大公家の侍女にならないかとお誘いを受ける。そのあとでエネミーの従者のローディに会って恋に落ちて婚姻をする。これがリカルドの後日談よ」


「お嬢様はリカルド様の後日談の、登場人物と恋をするためにゲームをされたのですか?」


「そうよ。学院で無事卒業したあと、大公家で働く姿をローディに見せながら恋に落ちてもらえるように頑張るの。ときどき設問があるのだけど、それに正解しないとローディからの好意が下がってしまうの。全千問あるうちの九割正解しないと婚姻できないから大変なのよね」


恋のお相手の選択肢はある程度までなら攻略できるし、ネットで攻略方法が拡散していた。


だけどローディの鬼畜クイズは、千問もランダムで出てくるし、公式発表では五千問あるとかないとかいうことになっていた。


育成ゲームなのか乙女ゲームなのかクイズゲームなのか分からないゲームだった。


「つまりお嬢様は江音光様のときに大変優秀だったということですか?」


「そうとも言えるわね。国内最高位の学問を学ぶところで首席だったもの。最高の頭脳を持っていたと言っても過言ではないわね」


「ですが上には上がいらっしゃるようですね。お嬢様をもってしても大変だったという難問を用意できる方がいらっしゃるのですから」


「喧嘩を売っていると取ってもよろしくて?専門の人間が十人集まって作った問題に一人で挑むのよ。大変と言わずして何と言えば良いのかしら?」


「さすがお嬢様でいらっしゃいます」


「今更褒めても何も出さないわよ。それよりこれで全部話したわ。明日から登場人物たちの監視が始まるのだから心しなさい」


「かしこまりました」


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