質問
「あの、1つ、お聞きしたいことが」
何の脈絡もなく、いきなりの発言だった。
うつむいていた加瀬恭子が慌てて父親のほうを向いた。
『はい』
「誠に失礼ですが、離婚の原因は?」
「お父さん!」
母親と加瀬恭子がほとんど同時に声を上げた。
オレはその声を遮った。ウソは止めようと思った。
こういう人には直球勝負が、その誠意に応えることになる。
『お恥ずかしい話なんですが』
いちおう前置きをしてオレは隠さず語った。
結婚して26年間がんばったが、自分にも落ち度があったかも?
懸命に働き、嫁のためと頑張ったつもりが報われなかった。
年収1千万近くあるのに、ため息ばかりつかれる日々。
オレは、家に金を入れるだけ。その金で家事をする人と暮らした。
10年レス、嫌がられたのが寂しかった。オレが悪いのか?悩んだ。
ただ暮らしているだけ、心が通うことのない暮らしが辛くて。
ガマンしてがんばってきたんですけど、ピリオドを打ちました。と
オレがここまで語るとは、思わなかったのだろう。
母親はオレを哀れんだのか?涙ぐんでいた。
父親が口を開いた。
「つまらん事をお聞きして」
『いいえ、すべて聞いて頂かないと』
「小林さん」
父親は隣に座る加瀬恭子を見て言った。
「この子には、そういう態度は取らせません。
必ず、あなたにお仕えする子だと」
元嫁の悪口になると思ったのか?
母親が主人の言葉を遮った。
「小林さん、主人が失礼なことを」
『いいえ、私もすべて聞いて納得して頂かないと。
離婚の原因を隠して、娘さんとの結婚はあり得ません』
「私、娘に話したことがあるんです。
あなたの大きさをバカにしない小林さんがお相手ならと」
いつか、加瀬恭子が言ってた話だったな。
母親は彼女の大きさを気にしているようだ。
そう思った瞬間。
「小林さん、どうか、恭子をよろしくお願いします」
父親が頭を深々と下げた。
『私が生きている限り彼女を守ります』
そう言ってオレはまた土下座をした。
その瞬間、加瀬恭子が声を殺して泣き出した。
「よかったね、恭子」
母も泣いている。
この朴訥な両親を見て、ふと思った。
オレもこういう夫婦になりたかったな。
加瀬恭子とそうなれるだろうか?
いや、きっとなれるさ。
話は終わった。夫婦して、夕飯を、と言ってくれたが
オレは翌日も仕事があるため、今日は帰る。
また改めてと、約束をして家を出た。
「ハァー」
ハンドルを握る加瀬恭子は、大きなため息をついた。
『緊張してたなあ。疲れただろう?』
「元々、家族会議ではOKだったんだけど
やっぱり緊張しちゃった~」
「良二さん、やっぱり落ち着いてたよね~」
『当たり前だろ、仕事でも大舞台はこなしてるからな』
と言いいつつ、オレはシートベルトが苦しくて
緩めながら座り直した。同時に何気に、ポケットに手を入れた。
『あああ!』
「え?どうしたの?」
軽くブレーキを踏んでオレを見る加瀬恭子。
『忘れてたよ・・・・緊張してるのオレだったわ』
そう言いながら手のひらを開く。
預かっていた片方のイヤリングが手の中にあった。




