帰ろうかな?
メモを見たまま身動きもしない妻。
これがいつ、書かれたものか?考えているのか。
『覚えてないか?出かける前にメモ書いてただろう?』
「・・・・・・・・・・」
『で?具合悪いんだろ?お腹?頭?どっち?』
体調が悪い人間には思えない形相だ。
このメモには相当驚いたのだろう。
オレを睨みつけながらメモを返す。
「何が言いたいのよ?」
『愛があるなんていうから、本音書いてやったのさ』
「あなた狂ってるんじゃないの?セックスでしか愛は計れないの?』
『計れるさ。普段の言動でも十分愛は計れるよ』
「だったらなんなのよ?このメモは?」
『今、言ったじゃん?具合悪いんだろ? その予言さ』
「・・・・」
『そりゃ10年も触れ合うことすらなかったんだから
急に抱かれるなんてキモいよな。わかるよ』
『わざと言ったのさ。お前とHしたいなんて思うかよ』
『愛がある なんてセリフに腹が立っただけさ』
『さ、もう具合悪いなんて仮病はいいよ。お疲れさん』
怒りの涙が零れ落ちる。
こいつの睨む顔はほんと、天下一品だな。
オレはメモを受け取り、手で握り潰しながら言った。
『オレは本当にお前に惚れていたよ。懸命に働いたつもりだった。
でも、お前が満足しなきゃ、何にもならないんだろうな?』
『きっとすれ違いはそこからなのさ。価値観、視点の違いだろう』
『だんだん愛も冷めていく。そのうち触れ合うことも嫌になる。
近づかないで。働くだけでいいからってね』
『そんなお前の思いを分からないオレは、お前を抱きたくて。
で、益々嫌われたというわけさ』
いつしか妻の顔から怒りが消えていた。
どういう思いで聞いているのか?もうどうでもいい。
いい機会だ。オレは結婚して初めて言いたいことを言った。
『覚えてるかい?最後にオレが誘った夜』
『あの時のお前の眼差しは忘れない。
2度と近づくことは止めようと誓ったよ』
「覚えてないわ・・・」
『そりゃそうさ。もう10年ほど前だもん』
『わからなかったのさ。なんで嫌がられたのか?
でもオレなりに納得したよ』
『年収が望みどおりにならなかった。だから愛されないんだと思ってた』
『とにかく、働こう。オレの嫁になってくれたんだし。
贅沢はさせられないが、3度のメシは食えるように
別に触れ合う事が無くったって、いいんだってね』
『すまなかったな。お前の満足行く生活ができなくて』
いつしか妻はテーブルに突っ伏して泣いていた。
涙の理由はどうでもいい。聞きたくもない。
どうせ、涙の訳は、下手な芝居だろうな。
滅多に聞こえない時計の音が聞こえる。
恐ろしくイヤな1秒1秒だ。
もう帰ろうかな?




