中途採用
あの出張から一か月ちょっと。
オレはあの風俗嬢に辛く当たった事が、自己嫌悪になっていた。
オフィスに居ても、家に居る時も、なにかの拍子にあの女を思い出す。
仕事のほうは順調なのだが、満たされない思いはそのままだった。
営業の者が出て、人がまばらになったオフィスをぼんやり眺める。
うちの部は営業第3部。ハウス販売とリフォームを手掛けている。
近年、リフォーム部門が伸びている部署だ。
ん?目の前に課長の松野隆行がやってきた。
オレが1番かわいがっている部下だ。小柄で小太り。
お笑い芸人ぽい風貌と、優しい人柄。部下の信望も厚い。
『なんだ?』
「部長、今日から、中途採用の事務が来ます。今、溝口が連れてきます」
『西田のあとの?』
「そうです、面接の時、部長、出張だったでしょ」
『あーそうだった、お前と川本で面接したんだよな』
「まさか、ファイル目通してないんですか?」
机の中の青いファイルを取り出した。
加瀬恭子 33歳
お。○○不動産に居たんだ。
あそこ、アミューズメント施設の投資でコケたっけ。
簿記能力検定1級。初級シスアドか。
あそこでやってたんだし、仕事はすぐに覚えてくれそうだな。
営業がいくら成績を上げても、その処理は事務方だ。
住宅は取引先も多いし、分業も多く複雑だ。
顧客との連絡、会計、仕事はいくらでもある。
そんな中、仕事が出来る社員が退社した。
即戦力が欲しかったが、うまい具合に見つかった。
ファイルを見ていると、松野が言った。
「実際見たら、驚きますよ」
『なんだ?絶世の美女なのか?』
「顔はまあ・・・美人ですけど、見たら驚くんです」
『なんだい?もったいぶって、言えよ』
ドアをノックする音がした。
人事の溝口が。新人を連れてきた。
「おーこっちだ。来なさい」
松野が手招きする。
グレーのスーツを着た女がやってきた。
緊張からか、歩き方もぎこちない。
なるほど・・・驚くって、このことか。
オレの前に立った女は恐ろしく大きく見えた。
170以上はあるだろう。オレが驚いてたのがわかったのか
松野が嬉しそうに言う。
「ね?驚くっていったでしょ?自分話す時、梯子が要ります、はしご!」
松野は笑いながら、彼女と自分の身長差を手で示す。彼は165弱だった。
彼女はもちろん笑えない。
緊張でひきつった顔が、悲しげにゆがむ。
泣き笑いのような顔でうつむく。
その顔に、あの風俗嬢の泣き顔が重なった。
『そういうのいいから』
オレの声のトーンが変わる。松野は、しまったという顔をした。
長年の付き合いだ、瞬時にオレのイラつきを察知して松野は口調を変える。
「小林部長です」
「加瀬恭子と申します、本日より、よろしくお願いいたします」
こわばった顔のままで彼女は頭を下げた。
オレは立ちあがった。
メガネの奥の瞳が大きく見開いた。
オレは183センチ。靴のかかとを入れれば185にはなる。
座っていたために身長がわからなかったのだろう。
『小林です。私からすれば、君は何も高くない。
身長と仕事は関係ないから。どうか、がんばってください』
「あ、はい、ありがとうございます」
彼女は驚きの顔のまま、あわてて頭を下げた。
「部長は、はしご、要らないからいいよな~」
今度はすべらなかった。
彼女もクスっと笑った。