不安
オレは加瀬恭子の精神状態が心配だった。
あのメール、何度も読み返したが、文章が散漫すぎる。
理路整然とは言わないが、もう少しちゃんとした文を書く子だったのに。
淋しいという文字が気になった。 オレなら寂しいと打つ。
あわててネット検索する。
寂しい 客観的に静かな状態を見て、心が寂しい状態になる。
荒れてしまった遊園地を表現するなら「寂しい」
淋しい 主観的にさびしい。自分が淋しい。泣くなど、より情緒的表現。
独りぼっちの状況で、人恋しくなる状態「淋しい」
これ、わかっていて使い分けしているのかな?
淋しさも、また会いたいなあ くらいならいいんだけど・・・
彼女は大学卒業してから独り暮らしだと言っていた。
10年くらい独りなんだろうか?当然彼も居たと思うが
何年か?は独りだったんだな。
オレは妻への不満を、彼女で埋めたかったのだ。
彼女に替わる他の女が現れたら、そっちへ行くかもしれない。
彼女も独りの寂しさをオレで埋めてるのならいいんだけど。
オレは加瀬恭子と間に、会いたい の温度差が無い事を祈った。
10時すぎに呼び出し音が鳴った。
オレは3回、コールを聞いてクリックする。
「10時って言ったのに、遅れてごめんなさい~」
『いいんだよ、オレも今パジャマに着替えてゆっくりしたところさ』
「さっきはありがとう。見てください、似合うかな?」
『素敵だよ、かわいい』
彼女はイヤリングを着けた耳を見せながら言った。
さっきまでオレの腕の中に居た彼女がPCの向こうにいる。
何時間か前の思い出話を楽しく語り合う。
画面の向こうの彼女は本当に幸せそうだ。
オレも楽しかったのだが、話をしながら
ずっと彼女の未来を考えていた。
加瀬恭子は婚活ができるのだろうか?
いつまでオレの傍に居てくれるのだろう?
確かに、こんな逢瀬はときめくし、甘美な時だ。
でも、あと何年?こんなことが続く?
もし、彼女にこのまま彼ができなかったら?
35超えれば結婚はより難しくなるだろう。
年を取れば取るほど、自分が男を選ぶ権利は減っていくのだ。
オレと付き合う事が彼女のプラスには絶対にならない。
彼女の淋しさを埋める一時しのぎにはなるだろうが。
割り切った付き合いというのではなく
彼女の支えになる存在になりたいと思ったが
いざ、こうして付き合いが始まるとオレは不安になった。
速めに別れたほうがいいのかな?
結局、オレは怯えてるのかもしれない。
不倫の果てに、家族崩壊、離婚、慰謝料。
そして最後は一文無しになるオレ。
そんな最悪の事態を想像して、先に布石を打とうとしてる?
彼女も既婚者なら家庭というものが、わかっている。
でも、独身女性の不倫ってどういうものなんだろう?
それこそ、こうなる前にもっと考えておくことだった。
いや、こうして不倫をした時点で、オレはもう終わってるんだな。
楽しそうに語りかける加瀬恭子。
その笑顔とボーイッシュな髪型に似合うイヤリングを見て
オレは浮かれてはいない自分に気づき始めていた。




