いやがらせ
「香坂弥生です~ よろしくお願いいたします~」
そう言いながら女は笑顔で、名刺を渡した。
オレは立ったまま、それを片手で受け取り、一瞥すると机の上に滑らせた。
『はい、どうもね』
女はソファに座り、バッグから店の料金表?を取り出し金額の説明をしている。
可愛そうだが、この女を見れば見るほどイライラした。
語尾を引きずるようなしゃべり。下品な化粧とシルバーの爪。
とにかくショートにして、早くお引き取り願おう。
利用時間を尋ねられた。オレは即座に一番短いショートで。と答えた。
『3万だな?』
オレはソファに座り、財布を出した。
「え~素敵なお部屋で、ゆっくりイチャイチャしたいです~
お時間ないんですか?明日お仕事早いんですか?」
『時間があっても金がないのさ。あんた、オレの代わりに自腹切るかい?』
そういいながら、財布から10万の束を抜き、そこから3万を払う。
金はあるけど、お前と過ごす気はない、という意思表示だ。
女はオレの態度に、苦笑いしながら心の均衡を保った。
丁寧に金を受け取り財布にしまい、店に電話をいれた。
「じゃあ、お風呂の用意しますね。
あ、それから美味しい紅茶持ってきたんです」
女は気を取り直して明るい声で立ち上がり、風呂場へ消えた。
オレは女を追いかけるように、風呂場の横の冷蔵庫に行った。
『紅茶?』
「はぁい。美味しいんです、ティーバッグですけど」
バスタブに湯を張りながら女は言う。
『悪いけど、紅茶、いいわ。熱いの嫌いなんだよ』
冷蔵庫からモスコミュールを出して、氷の入ったグラスに注ぐ。
「あ、そうなんですか、何飲んでらっしゃるんですか?」
質問には答えず、グラス片手にそそくさと机に向かう。
PC画面はさっき開いていた風俗店のHPのまま。
在籍レディ一覧から「香坂弥生」を探す。
こいつ、何歳だっけ?24歳?嫌なタイプだ・・・
プロフの推薦文を見て、よけいにイライラする。
(清楚で可憐な弥生さん。新人さんですが、
彼女の虜となる会員さまが多数いらっしゃいます)
どこが?虜の文字に思わず笑いが出る。
顔はたしかに美人かもしれないけど
これくらいの女ならいくらでも居るぜ。
「あ~その写真、恥ずかしい~ なんかダサいでしょ~」
いつの間にか、女がオレの後ろに居た。
前かがみにオレの顔の横に来る。
香水が苛立ちを加速させる。
『HPのほうが素敵だな、あ、オレ、靴履いたままじゃん』
そう言って、オレは立ち上がった。
クローゼットの中にあるスリッパに履き替えるためだ。
クローゼットの中はセキュリティボックス。
その下の棚に折り畳み式の白いスリッパが置いてある。
薄いナイロンに入ったスリッパが中々取り出せない。
『クソっ』
イライラする。
それは、懸命に歩み寄ろうとしている女に対して
いつまでも、いやがらせをしている
自分への嫌悪感だったのかもしれない。