心配事
デートのあとは1日休みだった。
翌日の休み明け、まるで図ったようなタイミングで辞令が出た。
予想通り、オレと1部の野上課長のトレード。
みんな周知の事実だったが、やはり動揺しているようだった。
オレはしかたなく、朝礼で話をする。
今月一杯でオレは異動する。お別れ会や壮行会はない。
なぜならオレはみんなと共に戦って・・・云々。
昭和の精神論みたいな挨拶をなんとなくする。
おかしなもので、辞令が正式に出た時点で
このオフィスに座っていることに、違和感を感じた。
みんなかわいい部下なのだが、どこか違って見える。
早く出ていきたい気持ちになった。
営業が出て比較的静かになったオフィス。
加瀬恭子が書類を持ってきた。
ちょうどオレが電話中をめがけてファイルを置いた。
オレは話しながらファイルを開く。
中に小さな付箋が貼ってある。
えんぴつの几帳面な字だ。
【タクシー代、お釣りどうしましょう?】
律儀だなあ。でもここでは受け取れない。
電話が終わってから、オレは、加瀬くん と声をかけた。
いつもの調子で小走りで来る。彼女はすましている。
オレはなんとなく意識してしまう。ヤバい、にやけそうだ。
必死で引き出しを開けたり閉めたり意味の無い動作をしながら
ファイルを彼女に差し戻し、冷静になる。
『わかった、君のほうで適当にしておいて。いいから』
そう言いながら、付箋の文字を消しゴムで消してゴミ箱に捨てた。
「あ。はい、わかりました」
何気ない後ろ姿に思う。やっぱり女は怖いなあ・・・・
オレなんかこの年になって、昨日が嬉しくて、にやけている。
加瀬恭子は堂々としてるじゃないか?
あ、でも、昨日の話は酔った上でのウソだったのかな?
ほんとだよね?なんて聞くこともできない。
オレは急に心配になってきた。
オレの彼女なんて言ったけど、ほんとにいいのかな?
そんな勝手な心配をしながら何日かが過ぎた。
「部長~ 壮行会もなにもないの、マズいですよ」
ある日、松野が声をかけてきた。
彼が言うには、みんなの思いもあるし、あまりに水臭いと。
それに3部としては、一応お祝いの壮行会としなければ
オレの左遷、都落ち感が半端ないというのだ。
オレにすれば、都落ちだからこそ、会は開いてほしくない。
ひっそりと消えていきたいのだ。
オレは、酒があまり強くない、湿っぽくなりそうでイヤだと
理由を付け、松野の申し出を断った。
それからオレは新規事業の準備もあり、出張が増えた。
もちろん、今までのように、遊び を含んだものではなく
ニュータウン開発の準備での出張だった。
そんなあわただしい日々のなか
オレは加瀬恭子の事ばかり考えていた。
ほんとに付き合って、いくんだろうか?
恋人同士のように過ごせるんだろうか?
恋人同士って、どんなのだったかな?
お茶して、映画見たり?遊園地?まさか。
デートってなにするんだろう?
オレは、そんな感覚さえ忘れていた。
彼女と付きあっていけるのかな?
心配だ。
壮行会なんかどうでもいい。




