沈黙
オレは加瀬恭子を離したくなかった。
それはただ単に身体を求めるというのではなく
彼女の存在が愛しくてしかたがなかった。
だかオレは異動する。来月にはその準備で忙殺される。
もうこうして会うこともできないかもしれない。
思いを伝えて、と思ったが、さて、その後どうなるんだ?
結局、何の進展もない恋愛ごっこが始まるだけだ。
17歳下の子と付き合ったことなどないし、考えもしなかった。
彼女に旦那がいるならダブル不倫もあり得るかもしれない。
でも独身女性と既婚者とではバランスが取れない。
あーオレなに言ってんだ? まだそこまで話もなってない。
たった1分の沈黙に思いを巡らす。 そろそろ帰る時間かな。
「部長、むこうに行かれたら、もう帰ってこないんですか?」
『そうだな。年に1回くらいはあるかもしれないけど。
ニュータウンが軌道に乗るまでは戻らないなあ』
「じゃあ、ほんとにもうお会いできないんですね」
『あーあ~ 異動する気だったんだけどなあ・・・
君に会えなくなるなら、断ればよかったって後悔してるよ』
「ほんとうですかぁ?」
『君にお世辞言うメリットあるのかい? オレはありのまま話してるよ』
「私、自分に自信がないじゃないですか?」
『自信もって言うんじゃないよ!』
「も~私真面目に話してるんですよ~」
「私、人に好きになってもらったことがないから
いくら言っていただいても、信じられないんですよ~」
『かまわないさ、信じてもらえなくても。
でも加瀬くんの事、好きでもないのに、なんでオレは君と居るんだい?』
「それは、えーっと。ボランティアとか。かわいそうだからとか。 です」
『君はそんなにかわいそうな女なのか?』
オレの声のトーンが変わったのだろう。
彼女はハッとして表情を曇らせた。
『君をかわいそうな女だと思ったことは一度もないよ。
オレが愛した人はかわいそうじゃないよ』
オレは彼女に対して初めて腹を立てた。
『君の身長も手も、全部に惚れた男が1人くらい居てもいいだろう』
『と言いながら、こんなオヤジで申し訳なかったけどな』
加瀬恭子は、お返しとばかりにキレ気味に呟いた。
「オヤジじゃないですよ。さっきも言ったじゃないですか?
私、部長だったら全然 OK ですって」
「部長が私のこと、真剣に大事に思ってくださってるのわかってますよ!」
「でも、愛されてるって、実感すればするほど辛いじゃないですか?」
「だから、私を好きになるなんて信じられないって否定してしまうんですよ」
「部長を好きになっても、どうすることもできないじゃないですか?」
『そうだよなぁ・・・既婚者のオレが君に惚れても、何にもならないよなぁ』
「でも愛されたいと思うんです。私を愛してくれる人と離れたくないんです」
『まあ、嬉しいけど、君のファンの愚痴ってことにしておいてよ!』
オレは答えが見つからず、このへんで帰ろうか?という雰囲気を出した。
加瀬恭子は返事をせずに天井を見上げた。
1分弱の沈黙だっただろうか?
恐ろしく怖い時間だった。




