2人のつま先
オレ達は少し早めに店を出た。
加瀬恭子が話をしながら酒のピッチが上がっていた。
太田の話を伝えるのに酒の力を借りたのかもしれない。
酔ってるようなので、早めに帰らせようと思ったのだ。
『加瀬くん。今日は少し早く帰るか?』
「え~なんでですか?まだ10時すぎですよ~」
『まだって。まあそうなんだけど、酔ってるみたいだし
少し早くお開きにしたほうがいいんじゃないか?』
「あ~あ。私も終わりだ~ 部長にまで嫌われちゃった~」
『おいおい~ 酒癖悪いのか?よわったなあ』
オレは笑いながらワザと言った。
一緒にいるのは嬉しいけど、酒乱は嫌いだ。
「じゃあ帰りますよ・・・」
急に加瀬恭子は素に返って、落ち込んだ。
酔ってはいるが、意識はしっかりしているみたいだ。
少しテンションが上がった程度だったのか。
いや、もしかしたら?これが彼女の甘えというか
オレに寄りかかってる姿なのかもしれない。
『じゃあさ、まだ帰らないで、あのベンチでおしゃべりしようか?』
オレはわざと軽い口調で声をかけた。
「部長の秘密のベンチですね! 行きましょう!」
彼女は、よほど嬉しかったのか?
オレの腕を掴んで小走りにベンチへ向かう。
こういう仕草がたまらなくかわいい。
ここに座るのは3か月ぶりくらいかな?
この前座ったベンチが空いていた。
「部長?」
『なんだ?』
「私、少し酔ってますけど、だいじょうぶですよ!」
『うん、わかった。心配しすぎだな。おじさんのおせっかいだ。
うるさいお父さんだと思ってあきらめてくれ」
「お父さんだなんて~ 部長はそんな年に思えないです」
『えーっと、加瀬くんとは17歳差か?親子はちょいキツイか?
兄貴もダメだろう?叔父さんならちょうどだろう?』
「ん~ 本当の叔父さんと比べてしまいますからね。
どう見ても部長は若いんですよね。叔父さんもダメです」
『じゃあ、やっぱ上司だな、アハハ、当たり前か』
「でも、もうじき上司ではなくなるんですよね・・・」
『うん、まあ、オレ達、サラリーマンはしかたない。異動はつきものだし』
「あ~あ~ 太田くんが、部長だったらなあ~」
彼女は空を見上げて、その長い足を伸ばした。
ん?また泣いてるのかな?とオレは顔を覗き込んだ。
「なんなんですか?? 見つめないでくださいよ~ 恥ずかしいです」
酔って少し赤い顔なので照れてるかどうか?はわからなかった。
でもその顔は、あいかわらず、清楚な美しさだった。
オレはこの雰囲気のまま、彼女へマジの思いを伝えたかったが
前回同様、その勇気がなかった。あくまでファンだというスタンスで話をした。
『若い時のオレだろ? 20年前くらいなら、31か、いけるか?』
「私・・・ 今の部長でも OK しますよ」
『今のセリフ、CD に焼いてくれないか?オレ買うよ!』
「え~なんでですか?」
『オレが君に嫌われてない証が嬉しいからさ』
ヤバいなあ・・・またカミングアウトしそうだ。
でも彼女に、夫婦の溝や妻の愚痴は聞かせられない。
オレも同じように足を伸ばして空を見上げた。
その時、初めて気が付いた。
2人のつま先は、寄り添うように並んでいた。




