断りの理由
「部長からすれば、なーんだ。そんなことか?
くらいの話かもしれないんですけど」
こんな前置きから、加瀬恭子は語りだした。
それは太田との最後のデートになる時の出来事だった。
喫茶店へ行く前に、コンビニへ寄ることになった。
太田が ATM に行く。加瀬恭子は外で待っていた。
3人の女子高生がゴミ箱の前の車止めに座って、スマホを見ていた。
太田は店から出て、銀行の明細をゴミ箱に捨てに行った。
ちょうど、ゴミ箱の所で他の客とすれ違った。
その時、太田の足が座っていた女子高生の背中に当たった。
「痛ってぇ~ じじいっ。 どこ見てんだよ?」
「あ~? 誰に物言ってんだガキ?
そんなとこに座ってるからだろうが」
そんな言い合いからケンカになった。
オロオロして見ていると太田がキレた。
文句を言った女子高生の髪をつかみ引き倒したのだ。
転んだ女子高生は太田の手を必死に掴んでいる。
太田は髪から手を離さず、引きずり回しながら耳元で怒鳴った。
「なめんじゃねえぞ。ガキ。ブッ殺されてぇのかよ?」
横に居た2人は、血相を変えて逃げ出した。
「オイ?ガキ、聞こえてるのかよ?詫びいれろや?」
とても女子高生への言葉ではなかったそうだ。
彼の怒号で人が集まりだした。
太田もマズいと思ったのか。手を離し立ち上がる。
女子高生は震えて立てなかった。その顔は紙のように白かった。
「あ~ごめんね。行こうか?マジむかつくわ」
加瀬恭子を見た太田は顔色一つ変えず声をかけた。
きっとこんなケンカは慣れっこなのだろう。
逃げもせず、堂々とその場を離れる態度に 慣れ を感じた。
「そのあと、喫茶店でね、自分の武勇伝ですよ」
『武勇伝?』
「ええ、昔〇〇では名が知れていたとか、若い頃ならマジでやってたとか
聞いてるだけで、気分が悪くなるような話で・・・」
『まあ、この世界、そういうのけっこういるからなぁ・・・』
断りの理由がはっきりした。これは太田が悪い。やりすぎたのだ。
彼はイケイケで、昔は肩で風を切っていたのだろう。
加瀬恭子の前で、調子に乗ったのだ。
若い頃にありがちな、女の前でイキがる態度。
でもそれこそ、女性が一番嫌がる男の態度なのだが・・・
「きっと、彼は恋人でも、気に入らないことがあれば
髪つかんで引きずりまわすんでしょうね?」
「太田くんには悪いけど。私そういう人、絶対ダメなんです。
なので、これっきりで。とお断りしたんです。」
『女性に暴力を振るうクズ野郎は居るからな・・・』
オレは自分が昔イジメられた経験から、そういう状況が大嫌いだ。
悲壮な顔で加瀬恭子はうなずく。その時の場面が浮かんでいるのだろう。
「なんかイヤな話してすいません」
『いや、なんでも話してくれるの嬉しいよ。
それだけオレは信頼されてるってことだもん』
「部長にはなんか、甘えてしまうというか、素でなんでも・・・
私、甘えたり、寄りかかったりしないんですけど」
『オレでよかったら、いくらでも寄りかかってくれたらいいよ』
「はい、甘えます!」
オレを選んでくれよ。




