睨むなよ
仕事以外では、ラフな格好が多い。
若いころからアメカジが好きだった。
チノパンにスウェット。MA-1。スニーカー。いつものスタイル。
今日、加瀬恭子に会うなんて思ってもいなかったからなぁ。
こんな格好見たら、ドン引きだろうなぁ・・・
いろんなことを考えながら駅へ向かう。
○○屋はレンタルDVDの店だ。店先の TV の PV を眺める。
《なんだこりゃ?》歌手名も歌もわからない、
そんな異次元の映像を、2分ほど見ていただろうか?
「部長っ。○○好きなんですか?」
加瀬恭子が声をかけた。
『お。○○ってなんだ?』
「今 PV 見てるじゃないですか~?」
『○○って、この歌のことか?』
「歌手の名前ですよ~」
ケラケラと笑う。
ジーンズにスニーカー。長めのコートっぽいジャケット。
偶然だが、彼女のスタイルもアメカジっぽい。
メガネもメタルのものから黒縁に変わっている。
髪はショートのままだが、ワックスかなにかで
わざとラフに仕上げてる。
『加瀬くん、君はオフだとモデルっぽいな?』
「も~いきなりですか~ 部長も素敵ですよ」
『ホームレスのおじさんぽくないか?』
「ホームレスのおじさんはロレックス着けないでしょ」
細かい所まで見てるもんだ。
ということは、この恰好でも彼女的にはOKなのかな?
とりあえず、喫茶店で話そうという事になった。
普通のカフェに入る。若い子が多いので少し恥ずかしい。
オレは何の話があるのか?早く聞き出したかった。
のろけ話を聞くのもイヤだったし、私服も見たからもういい。
若い女子が多い店内だ。早く話を聞いて帰ろう。
『どうしたんだい?せっかくの休日に?』
「昨日、朝礼でのお話・・・」
『ああ、ニュータウンの件かい?』
「異動されるんですね?」
『噂に惑わされるなと言ったろ?』
「でも、川本係長もどうしよう?って。
橋本さんも、辞めようかなって」
あいつら・・・
ここまでみんなに知られてるのならしかたない。
彼女に、絶対に他言はしない、すれば解雇するぞ!
と冗談まじりに脅して、大まかに異動の話をした。
「やっぱり、異動されるんですね・・・」
彼女は天井を見上げた。あの日と同じ仕草だ。
涙がこぼれないように上を向くのが癖みたいだ。
「私、めったに泣かないんです。涙は見せないんです。
でも部長の前では、何度もすいません」
彼女は目に一杯涙をため、メガネを外した。
涙が零れ落ちる。やはり、その瞳は大きく美しかった。
『おいおい、なんで君まで泣くんだい?』
「だって・・・部長が居なくなったら、私、独りになります」
『独り?そんなことないだろ?』
オレは一瞬、イラっとした。彼がいるだろ?
「私を理解して守ってくださるのは部長だけだと」
そこまで聞いて、思わず言ってしまった。
『おいおい~ 彼氏がいるくせに何言ってんだよ?!』
加瀬恭子は鼻と口をハンカチで押さえながらキッと睨み返した。
ちょうどマスクをしているように見える。
「彼って何ですか?メールにもありましたけど?」
こんなキツイ口調は初めてだ。上司に対してなんだよ・・・
オレは少し怯みながら、なだめるように尋ねた。
『おいおい、何キレてんだよ?加瀬くん、彼氏いるじゃん?
独りなんて言ったら彼に悪いだろ?』
「何をおっしゃってるのか?意味わかんないんですけど。
彼が居たらとっくに辞めて、結婚してますけど?」
え? 太田はどうなったんだよ?
おトキも磯田も言ってたじゃん?
しかもなんで、ブチ切れなんだ?
「部長、何を根拠にお話されてるんですか?
朝礼で、噂に惑わされるなとおっしゃいましたよね?」
おっしゃいましたよね?って。
おっしゃいましたけど・・・・
すげえ睨んでるし・・・




