天国への誘い
○○ホテル。
オレも高級ホテル好きだが、ここに泊まった事はない。
さすがに1拍7万、8万は出せないからな。
そんな事を思いながらエレベーターに乗り込む。
地下1F 日本料理 雅楽
ミシュランか?知らないけど、賞を取った有名店らしい。
もちろんオレは初めて来た。
入口に着物美人がお迎え。名前を告げる。こちらへ。
仕事柄、内装が気になる。ホテルと思えない佇まい。
部屋に通される。部屋は案外狭い、8畳、床の間に濡れ縁。
地下なのに、坪庭まで作ってある。料理代が高くなるな。
原田常務、藤木専務2人が居た。
社長抜きで話かよ?なめられてるよな、やっぱり。
まあ、単に異動のお願いだからか?
やけに下手に出た雰囲気で原田がオレに声をかける。
「いや~小林君、すまないね。こんな所へ呼び出して」
『こんな所って。ここは、こんな所なんですか?』
「ワハハ。あいかわらず面白いな君は」
これから、オレに理不尽な降格を言い渡す男は
いきなりの態度に、やりにくいなぁという顔をした。
「いや~ 君のおかげで3部は大躍進だな」
『ありがとうございます。おかげさまで』
これ以上、嫌味は止めた。逆らう勇気もなかった。
まあ一杯と酒を勧められた。丁寧に恐縮しつつうける。
オレはリーチとは違うなあ。
あいつはよくこんな席で藤木を脅したよなぁ・・・
世間話をしながらそんなことを考える。
藤木がいつもの嫌味っぽい口調で言った。
「しかし、君はすごいなあ。どんな場面でも切り抜けるだろう?
私はダメだ。その才能を分けてほしいねえ」
どんな場面だと?そろそろ本題前の布石かよ。
君なら、どこへ飛ばされても、と言いたいんだろう?
『いやぁ、谷元に比べたら、私なんか話にならないですよ。
彼は、どんな逆境も跳ね返しますからね。』
「あ。ああ・・・谷元ね」
藤木の顔が曇る。
胸倉掴まれて《オレをなめるなよ?》と脅された
嫌な記憶が蘇ったんだろう?
「君は谷元君と同期だったのか?」
原田は会社の生え抜きではない。
昔を知らない彼は、気楽にオレに質問をした。
『ええ、85年組ですよ、私は給料泥棒のクズ社員でしたがね』
「ワハハ、うちのエースが何を言うんだね。ささっ」
慌ててビールを注ぐ藤木。機嫌なんか取らなくていいよ。
お前が昔、イジメていた給料泥棒に、お酌するのはイヤだろう?
薄ら笑いで盃を受ける。
作り笑いの藤木の横で原田が話を切り出した。
「実は今日、君に相談したいのは○○ニュータウンの話なんだ」
原田は《野上を3部の部長に》という後任の話は一切せず
力を貸してくれ。このニュータウン開発を成功させるのは君だ。
新しい土地でやれるのは君しかいない。と褒め殺しで推してきた。
住まいと給料の面は任せてほしい、当然昇給させてもらう。
けっして降格や左遷ではない。支店長として敏腕を振るってほしい。
街が軌道にのれば5年ほどで次の者にタスキを渡して、戻ってきてくれ。
もちろん、その時は役員の席を用意させてもらう・・・・
額に汗がにじむ。懸命の説得だな。
『私の後任は松野ですか?それとも誰か別の部から?』
「そ、そこは、まだだよ。これから精査してだね」
藤木があわててオレの発言にかぶせてきた。
「後任が誰でも、松野君らがしっかりと支えてくれるだろう?
君が育てた彼らは優秀だと聞いているよ」
松野が支えるだと? 他所からの異動、確定じゃないか?
『彼らはどんな人物でも支えますよ。たとえ能無しのクズでもね』
2人の顔がゆがむ。やはり野上が決まってるんだな。
『まあ、そんなクズ社員はうちには居ないですよね。
若いころの私ならいざ知らず。アハハ』
オレの嫌味に藤木が耐えられなかったのだろう。
頭をテーブルに付けてオレに助けてほしいと懇願した。
お前のハゲなんか見たくない。頭頂部のテカリに吐きそうだ。
わかったよ。出て行ってやるよ。
単身赴任という天国が待ってるからな。




