標的
加瀬恭子に彼氏がいる。
かわいい部下が恋を掴んだ。
よかった、上司として心から喜ばないと。
そう納得したオレは、彼女と普通に接することができた。
そうこうしているうちに、リーチが営業第4部へ戻った。
彼の復帰で、加瀬恭子のダメージが和らいだ。
ある日、彼から電話があった。飲みに行こうという。
オレは二つ返事で、いきつけのクラブへ出向く。
店は空いていた。
女も暇なのでオレたち2人に4人も座る。
リーチは女に言った。
「今日は重要会議だ、酒作ったら、外してくれ」
『どういう風の吹き回しだ?なんかあったのか?』
「うん、ちょっと嫌な話なんだけどな・・・」
○○県である電鉄会社が新駅を作った。
ニュータウンも含んだ開発だ。
一大商業施設が生まれ、街作りが始まる。
多くの企業が何らかの参入を決めていた。
その新駅に隣接した土地をうちも所有している。
当然、新規のニュータウンを築く。
この計画はオレも知っていたが
谷元利一が仕入れた情報はここからだった。
「それがさ、ほら、営業1部の、野上ってのいるだろ?課長の」
『ああ、会長の親戚とか言う奴だろ?』
「おお、そうだ。そいつを上げる話があるらしい」
『上げるって昇格か?』
「そうさ。もしそれが事実なら、どこへ行かせる?」
『○○県のニュータウンだろ?』
「あの男にそんな力はない。新規でやれるわけないさ
営業部にそのままスライドで上げるらしい」
「1部は絶対動かない。2部の田中部長は取締だ、これも動かない」
「4部はお荷物部署。野上には背負えない。
だからオレに当てがったんだ」
「残りは、お前んとこさ。3部はリフォーム部門で大躍進
一番業績を上げてる部だぞ」
「役員たちが野上を、座らせるとしたら、お前んとこしかない」
『うちなら楽にやれるってか?』
「小林城は仕上がってるんだからな、そっくり頂きさ」
『それ、確かな筋からか?』
「お前が狙われてるってのはオレの推測の域だ。
でも、野上を上げるのは、上山に聞いたんだ」
人事の上山課長は、昔リーチの下に居た。
彼が若い時、凡ミスで契約寸前の客に逃げられた時
リーチが客宅の玄関前で、土下座して一夜を明かした。
大口の契約が破棄寸前、上山は救われた。
その恩を上山は忘れていない、彼はリーチの隠密だ。
リーチが藤木専務とケンカした時も、上山が粉骨砕身
身を挺して守ったおかげで、クビにならず営業所行きで済んだ。
『上山なら確かだな』
黙ってうなずくリーチの顔が曇る。
リーチはそのターゲットがオレではないか?と読んでいる。
うちの部なら、誰が頭に座っても揺るがないだろう。
手前味噌だが、オレが育てた奴らは出来る。
しかし、落ち度もないのに飛ばされるのかよ。
「野上が上がる話を聞いて、急に心配になってな。
杞憂かもしれないけど、お前の耳に入れておこうと。
イヤな事聞かせた、すまんすまん、飲もうや」
『ありがとう、気を付けるよ』
女がボックスに戻って来た。
オレも、そんな話は歯牙にもかけないフリで居た。
でも、やはり気になるな・・・
オレまだ部長になって3年目なのに降格かよ。
苦労してここまで来たのに、標的になるなんて。
オレはリーチを置いて店を出た。




