27年前のお前
11時前か・・・そろそろ帰らないと。
そんなことを思いつつ、プロムナードを歩く。
歩いていくと、ベンチと植え込みがある。
このプロムナードの休憩エリアのようなスペース。
ふと、記憶がよみがえった。
・・・あ。 そうだった。
思わず歩みのテンポが狂った。
「どうしたんですか?」
ベンチを見た表情がおかしかったのか。
オレの顔をのぞき込んで彼女は尋ねた。
『あ、いや、いいんだ、行こう』
「感慨深げですよ、部長! なんかあるんでしょ?」
『いや、いいよ』
「え~? それは無いですよ~ 話してくださいよ~」
ここはオレの人生を変えた場所だった。
うっかり忘れていた。
久しぶりに歩いて思い出したのだ・・・・
オレは渋々、ベンチに座った。
加瀬恭子は約1名分の間隔を開けて座った。
この距離が縮まることは無いんだろうな・・・・
見上げれば天井にビルの灯り。
目の前には家路を急ぐサラリーマン。
幸せそうなカップル。あの日と同じだな・・・・
『オレはダメ社員だったんだ』
「えっ!」
加瀬恭子は飛び上がるほど驚いた。
オレは1980年代の大卒入社だ。時代はバブル景気真っ只中。
どんどん家が売れ、土地の値段はうなぎ登り。
投資だ、株だ、日本中が金、金、金。
建設業界、住宅メーカーは飛ぶ鳥落とす勢いだった。。
研修期間を終え、営業に回された。いくらでも売れるだろう。
いや、世の中、そんなに甘くなかった。全く売れない日々が続く。
同期の奴らはドンドン売れて行く、オレは焦った。
30年ほど昔だ。社員の人権は無い。売れないオレにイジメが始まる。
給料泥棒と書いた紙を首から下げてのデスクワーク。
罵声を浴びながらも、オレは毎日懸命に働いた。
今でいうブラック状態は当時、普通だった。
ある日、オレのタイムカードが消えていた。
係長に尋ねると、こう言われた。
《給料泥棒の記録なんか要らねえんだよ》
『さすがにオレも堪えてねえ・・・まだ23くらいだったから。
もうクビだなと思いながら、ここ通って、帰るんだけどさ。』
『道行く人、みんな、幸せに見えてね。
どうしてオレだけこんな思いをするんだろう?ってね』
『カップルがベンチで寄り添ってる。それ見てると羨ましくてさ。
オレはこんなに苦しいのに、と思うと、涙が出てさ』
『もうダメだなぁと。もういいや、死のうと思ってね。
電車に飛び込むか?ビルから飛び降りるか?』
『じゃあ、電車にしようと思って、駅まで行ったけど
オレ泣いてるからさ、みんな見るんだよね。
結局、飛び込む勇気もなくて止めて』
『で、今度は、あそこのさ、○○ビルあるだろ?
うん、そう、1Fコンビニのね』
『あそこから飛び降りようと、上がったんだけどさ。
屋上に行くドアに鍵がかかっててさ』
『結局、死に場所探して、12時か?1時ごろになったんだよ』
『しかたなく、ここに戻ってね、明け方まで。泣きながら座ってたんだ。
いろいろ考えて、こうなったら、辞めないで居座ってやる~って
結局、破れかぶれで逆キレしたんだ、アハハ』
『それがよかったのかな?配置変えしてもらって
なんとか売れて、生き残って、今に至るってわけだ』
『このプロムナードに来るたびに、23のオレが見えるんだ。
泣きながら座ってたオレがね』
『で、ここに座って、オレに、声をかけてるんだ。
27年前のお前。よくがんばったな。って』
『自分で褒めて喜んで、バカな自慢話さ。
誰にも話をしたことのない秘密だったんだけどな。
酔った勢いでごめんね。アハハ、サイテーだな』
オレは照れ隠しから、笑いながら横を見た。
加瀬恭子はアーケードを見上げ泣いていた。