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最後の夕食会

天空のプロムナード。

ここができて、もう何年だろう?

そう、オレが新卒で入った時、もうあったよな。

じゃあ、もう30年近くになるんだ。そうだ、1回改装したかな。


大きな天井に、シルバーの骨組みが走る。アーチの湾曲がきれいだ。

デザイナーのセンスがいい。ここなら雨でも安心だし、駅の傍だ。

帰り時間もそれほど心配しなくてもいい。


加瀬恭子と歩きながらそんなことを考える。

彼女は眼をキラキラさせ、どの店に入るか物色中だ。


「部長、少し見て回っていいですか?何食べるか?」


『もちろん、今日は加瀬くんが主役なんだから』


嬉しそうにうなずく姿がかわいい。

いろんな店を見て回る。


「あ、ここはどうですか?」


彼女は、オレのコートをちょっとつまんで誘導する。

腕くらい組んでくれたらいいのに、と思いつつ着いていく。

そこは有名なしゃぶしゃぶ店だった。


「キャー 出ましょ」


店先に出ている、メニューを見て、彼女は踵を返す。


『なんだなんだ?』


「ダメです、ここは」


そう言ってオレの腕を取る。けっこう力強いなあ・・・

オレは腕を取られたのが嬉しくて、わざと動かなかった。


『いいじゃないか?しゃぶしゃぶは嫌か?』


「いやじゃないんです、金額が」


見れば、コースで8000円より。

しゃぶしゃぶの店ならこんなもんだろう。

彼女の感覚からすれば高級すぎるのかもしれないが

予算は別にかまわない。ここにしようと決めた。

オレは逆に彼女の腕を取り、店に引き込んだ。


『はい、決まり決まり。決定ね』


オレに引っ張られてた彼女は、えー、と言いつつ

踏ん張るのを止めて、オレに引かれて店に入る。

こういう所もかわいいなあと思いつつ、着物のスタッフに誘導される。


席は半個室の掘りごたつ風。月曜の夜だから客も少ない。

オレはこういう静かな空間に満足だった。

でも、彼女は落ち着かないのか、キョロキョロしている。


『どうした?この店ダメなのか?』


「ち、違いますよ、だから~金額が」


『もう入っちゃったんだから、グズグズ言わないの』


「そうですよね、ハイ。わかりました」


彼女は笑いながら、ストールを外した。

素直に聞いてくれた。こういう所も大人だな。

いちいち彼女の言動に感心してしまう。


メニューが運ばれてきた。

8000円から、12000円までがしゃぶしゃぶのコースだ。


「じゃあこれで・・・」


指をさしたのは、思ったとおり8000円のコース。


『却下』


「え~ なんでですか~」


『せっかく来たんだし、少しは贅沢しよう。  

        夕食会はもう2度とないんだからさ』


「え? えぇ・・・」


急に声のトーンが落ち、笑顔が消えた。

ん?どうした?オレ変なこと言ったかな?

そう思いつつ、12000円のコースをオーダーする。


『どした?』


オレは彼女の顔が曇ったことが気になる。


「あの、部長がこうして、ごちそうしてくださるの、最後ですよね」


『そりゃそうさ。新卒のお祝いが、何度もあるわけないだろう?

               お祝いの食事は最後さ』


「そうだ!これ、私のお祝いだったんだ!」


彼女は、テーブルに手を着き、軽く椅子から腰を浮かした。


「もう2度と連れて行ってやらないからな。って意味じゃないですよね?」


『もちろん、毎晩はお断りだけどな。普通に飯くらい行くよ』


〈2度と食事に連れていくことはない〉と勘違いしたらしい。


「よかった~ 最後でなくて」


『最後の夕食会のはず、ないだろ?』


「そうですよね!」


嬉しそうに笑う加瀬恭子。


ダメだ。


すべてがかわいい。




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