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還らなきゃ。

 「わたしが止めないと」


 ツインテールを解いてひとつに結び直し、シィ=ライトロードがその右脚で地面を蹴ろうとしたそのとき、もうひとつ大きな地響きが街を震わせた。


 「なに!? 二体目? 増援!?」


 シィは身を竦めたが、ぼくはその原因を目視していた。


 「増援には違いないね」


 ちょうど街とS型ファフロッキーズとのあいだにある前線基地から、青い機体が飛び出していくのがわかった。『ケレリタス』とは対照的に重装甲なそのシルエットが、蒸気を吐きながら、蜘蛛をめがけて飛んで行く。


 『もぉ、お昼寝中だったのに。シィはどこで迷子になってるんだよ〜』

 「ミュー!」


 ミュー=ミュリアリア。ぼろぼろのぬいぐるみを抱えた、ぼさぼさの黒髪。いつもぼーっと、眠たそうな顔をしている。だいたいシィがファフロッキーズを片付けてから、のそのそとデッキにやってくるため、ほとんどその機体の出撃している姿を見たことはなかった。


 黒に近い紺色で塗装されたその機体は、人型というにはあまりに異形なシルエットをしている。四本の多脚構造に、それ比べて貧弱な上半身。巨大なモノアイに、伸長した後頭部。そしてなによりそのシルエットを印象づけるのが、巨大な一対の楯のように見える背負いものだった。


 その名は、『マグネス』。


 『さっさと済ませるよー』


 ミュー独特の気の抜けたような声が聞こえて、『マグネス』は蜘蛛の正面に着陸する。距離にして100メートルほど。『マグネス』の戦闘をあまり見たことはなかったが、それは『ケレリタス』のような近接戦闘を仕掛けるには離れすぎており、何か射撃を狙っているのならば近づき過ぎな、中途半端な距離だった。


 蜘蛛は意に介せずに、街に向けて前進を続ける。


 『マグネス』はその背負いものの2つの楯を展開した。それは複雑な変形を繰り返して、大きな円形を描いた。異国の太古の神像で見る後光の日輪のようなそれは、しかし、意図の読めない兵装だった。


 蜘蛛が前進を一瞬止め、様子を伺うような素振りを見せた。


 「ねえ、いま『ファフロッキーズ』がためらった?」

 「そう、見えた。いつもは『ケレリタス』が瞬殺するからわからなかったけど、明らかに知性が感じられた。もしかして、」

 「『ファフロッキーズ』の中には、」


 『ボクのお昼寝を邪魔する奴は、許さないよ。モード『グレート・マグネス』』


 四本脚でがっしりと大地を抉った機神王『マグネス』は、その全身から蒸気を吹き出した。コッペリアのコア、『魔石』炉がフル稼働している証拠だ。バックパックからも脚が生えて、地面に固定される。日輪の兵装が光り輝き、機体の腹部に穿たれた穴からは、光が溢れ始めている。


 蜘蛛は再び咆哮をあげて、『マグネス』へと突進を始める。明らかに目の前の青い機体はチャージと砲撃を前提とした準備行動を始めている。躊躇うのは誤りだと理解したのだろう。


 100メートルという距離、それだけしか取らなかった『マグネス』にそれは致命的な動きだった。『ケレリタス』のような僚機が居れば良いのかもしれないが、それは明らかに無防備をさらけ出してしまっている。


 なにも目の前に出てきてから、兵装の展開をしたうえに、チャージをする必要なんてどこにもないのだ。そして敵に見えるところから打たなければならない道理もない。ミューというとぼけたやつの、意外な正々堂々とした面に驚いたが、あまりに不合理な戦い方だった。


 『そうそう、近くまで来てね、いい子いい子』


 蜘蛛はその無防備な『マグネス』めがけて突進し、あっという間に至近距離まで詰める。その前脚を高く振り上げて、頭部を叩き潰そうとする。


 『ありがとね〜、ここまで来れば外さないでしょ』


 グリップを握って、舌なめずりをするミューの姿が脳裏に浮かんだ。

 ひときわ激しく蒸気を吹き出したと思ったら、『マグネス』の腹部からまばゆい光が放出され、蜘蛛型ファフロッキーズのその身体のほとんどを溶かしていた。規格外の熱に、コッペリア以外の兵器の一切を受け付けなかった黒鉄の装甲が、水飴のように溶けていく。


 そのエネルギー消費を裏付けするかのように、『マグネス』の全身から蒸気が噴出される。背中の日輪兵装からは蜃気楼が浮かび上がっていた。


 『いっけんらくちゃく。やっぱり蒸気で減衰しない分、至近距離で撃つとえげつないね〜』


 そのためにミューという少女は砲撃型コッペリア『マグネス』をファフロッキーズの前に表したのだ。ようやく彼女の意図がわかった。乾坤一擲の一撃を外すことは、あの機体の敗北に直結する。だからこそ、絶対に外さない距離に誘いだした。


 そのためには、ファフロッキーズが前線基地を通過するまでに、注目を惹かないといけない。そうしなければ、街へ一直線に進んでいく蜘蛛を止める術はないからだ。街を視界に入れて、あの砲撃を行うわけにもいかない。


 「……さすが」


 おそらく前線基地は、シィがいないことで大混乱だっただろう。ミューはのんびりデッキにやってくるから、ファフロッキーズ出現からの時間的ロスがある中で、彼女は最善かつ最小の動きで仕事を果たしたのだ。


 天空に再び魔法陣が描かれて、溶け残った蜘蛛の部品が浮かび上がっていく。これをやられるから、いつまでたってもファフロッキーズの解析が進まない。それにしても、いつもはこのタイミング、作業員のぼくは必死にデッキで仕事をしているから、街の外縁部という距離で、肉眼で見るのは初めてだった。


 『量子異界転送術:クァンタムゲート』


 不意にハンマーで叩かれたように、脳裏にその言葉が浮かび、ぼくの意識はブラックアウトすることになった。


 ※


 がしゃん。


 危機一髪だった。ミューの『マグネス』が蜘蛛を溶かし、魔法陣で退却していく。『マグネス』は蒸気を捲き上げながら、前線基地へと帰っていくところだった。


 わたしは安心のあまり膝から崩れ落ちそうになった。胸を撫で下ろす。わたしが街にいたことで、ファフロッキーズの侵入を許したとあっては、悔やんでも悔やみきれない。


 「さぁ、ゼペット、基地に帰りましょう」


 そこで『がしゃん』という音が聴こえた。振り返ると、ゼペットが両手に提げていた『ケレリタス』で詰まった袋を地面に取り落としているところだった。


 「ちょっと! 大切に扱いなさい、よ――」


 その間抜けな顔は、いつにも増して間抜けな表情になっていた。口をだらしなく開けて、眼の焦点はどこかに結ばれたまま動かない。司教が言っていた、『男は狼ですからお気をつけなさい』というのはこのことか脚フェチ野郎!と思ってみたが、どうやらそんな感じでもない。


 というかわたしを見ていない。


 「な、に?」


 振り返ると、そこには蜘蛛が吸い上げられていく魔法陣があった。ゼペットの瞳は明らかにそれに惹きつけられていた。ぶつぶつと、感情のこもっていない声が聴こえた。


 「……、……きゃ」

 「ちょ。ちょっと、ゼペット?」

 「還らなきゃ、還らなきゃ」


 その見開かれた瞳孔には、天空に描かれているあの魔法陣と同じものが浮き出ていて――。

 どこからともなくやってきたロールが、強烈なボディブローをかました。


「うッ……」という声を上げたゼペットに問答無用のもう一発。見ているこっちが心配になるほど、∞の文字を描いた左右からの打撃連打。ぐったりと動かなくなった彼を背負い、ロールはそのデュアルアイをこちらに向けた。


 「うちのものが失礼しました」

 「……なんなの。それ」


 「あなたには、言えません。言いふらしたら、シィ=ライトロード、あなたが変装して街中の『ケレリタス』キットを買い漁っていることや、あげく迷子になったことを言いふらしますから」

 「わかった。わかったから、落ち着いて欲しい」


 そんなことを言われてしまっては、さすがにそれ以上のことは聞けない。前線基地で見たあのファイルを思い出す。名前以外すべてが『UNKNOWN』。司教に拾われたふたり。苗字や家族はもちろん、どこから来たのかすら定かではなかった。


 「ところで、ロール。もしかして逃げたふりをして、ずっとつけていたの?」

 「偶然、トリップしてるゼペットを見つけただけよ。さぁ、帰りましょう、シィ=ライトロード」


 よっこいしょとぐったりしているゼペットをおんぶして、ロールは歩き出した。ゼペットとロールは同じくらいの背格好だけど、人間ではない分、馬力があるのかもしれない。わたしは『ケレリタス』の山を背中と両手に抱えて、ロールの後ろをついていく。


 「ゼペットのお母さんみたいね」

 「よく言われるわ」


 寝息を立てているゼペットをおぶり直して、ロールは歩を進める。そんな後ろ姿を見て、不意に『いいなぁ』と思ってしまった。いったい何がいいのか、自分ではさっぱりわからないが。


 あ、そうだ。

 「わたしね、お母さんになるのが夢なんだ」

 「……。ゼペットの?」

 「ちがうちがう!」


 慌てて首を振る。どこをどう解釈したらそんな話になるのか。


 「ふつうのお母さん。いまみたいにファフロッキーズの脅威がなくなれば、余剰の動力も街に回せて、平和になるのでしょう。そしたら、ふつうのお母さんになりたくて。だから、いま、頑張れるのかも」


 気高い無二姫と呼ばれる身だったが、不思議とロールにはこういう話ができた。ここだけの話にしてくれるという信頼があったからかもしれない。間違っても、ゼペット相手だったら話していない、わたしの、ささやかな夢だ。


 「……そう。いいんじゃない」

 「ありがとう、ロール。優しいのね」


 何の含みもない言葉だったが、彼女の琴線に触れたらしく、ゼペットを背負ったまま彼女は立ち止まった。そしてがしょんがしょんとこちらを振り向き、デュアルアイがわたしを見上げる。それは無表情であったけれど、どこかものすごく複雑な感情が入り混じった、瞳の光だったような気がする。


 「わたしは役割ロールを果たしているだけ。優しくなんて、ないわ」


 それだけ言えれば満足だったのか、ゼペットを背負い直して前線基地への道を歩いて行く。わたしは大荷物を抱えて、それについていく。


 『アンティキティラ』の街に出て行くのはこれが初めてではなかったけれど、多くの『はじめて』が起こりすぎて、まだ少しどきどきが収まっていないような気がした。

平成28年2月27日午後3時23分、『マグネス』と『マグナス』の表記ゆれがあったため、磁力を意味する『マグネス』に統一しました。今後はこのようなことがないように、えみるさんに強く言っておきます(山田)

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