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『エッチ! エッチです!』

 かくして最終作戦『もっとらぶらぶ作戦』が幕を上げた。作戦は単純明快。女の子で囲んで酒を飲ませるのだ。結局、色仕掛けなのかよ、と思ったけれど、ミューの楽しそうな顔を否定することも出来なかった。


 「ゼペット、わたしはあなたを信じているからね」

 「うぇ、え、なになに。目隠しして手錠までして」

 「これから楽しいところに行んだよ」

 「ミューもいるの!?」


 というかたちで強制連行して、シィの部屋で飲むこととなった。お酒はミューが何故かいろいろ持っていて、すでにシィの部屋に並べられていたらしいけど、ドアを開けたわたしたちが目撃したのは、泥酔してるシィの姿だった。


 「みゅー、このおみず、へんな味がするにょー?」

 「シィ、そんな雑な座り方だとおぱんつ見えちゃう」

 「へるもんじゃないしー、ほらー、ぜぺっとも飲みなー飲みな~」


 目隠しされているゼペットには何がなんだかわからなかったようで、カタカタと小刻みに震えていた。もともとゼペットにだけお酒を飲ませる計画のはずが、このポンコツ姫のせいで一歩目からコケることになった。


 「……まったくいま、ファフロッキーズが降りてきたら、どうするのよ」


 とため息をつきたくなったが、羽目を外して騒いでいるシィやミューを見ていると、なんだか微笑ましくもなってくる。ゼペットも困惑しつつも、楽しそうだ。なぜか服を脱がされかかってるけど。


 「ほらほら〜、そんなにわたしの脚が好きなら舐めてごらんにゃさい」

 「はぁ!?」


 空になったお酒の瓶を片付けながら、わたしも酔うことができたら楽しいのだろうなと思う。あの人見知りのイプシィが歌ってるし。なんなんだこれ、って感じだ。記念にデュアルアイに焼き付けておく。


 「それで。記憶は戻りそうなの?」


 ミューに尋ねる。


 「まったく。でも、楽しそうだからいいんじゃない? ああなったシィはかなりしつこく絡むから、いまのうちにお子さんの名前とか考えておいたほうがいいかも。ゼペットの保護者さん」

 「んま!」


 抱きつき上戸とでもいうんだろうか、脚を絡めて、シィはゼペットに身体を擦りつけていた。いままでプライドというかツンデレで押さえられていた部分が、ぽーんとはじけ飛んでしまったのだろう。


 「ゼペットー、わたしとロールとどっちが大事なの〜?」


 ということを言い出したので、わたしは耳を済ませたのだけど、ゼペットの回答は、音痴なイプシィの歌にかき消されてしまった。ゼペットもかなり飲んでいるようで、顔が真っ赤で、眼の焦点も定まっていない。


 『君が――』とわたしの聴覚ユニットは捉えたのだけど、ノイズというかエラー情報だろう。


 なんだかこの状態のシィは犬みたいだ。にゃんにゃん言っていただけであんなに恥ずかしがっていただけなのに、これをあとで話してやれば、恥ずか死してしまうことだろう。


 デュアルアイがぺかぺか光る。


 「こら、シィ、それは脱いじゃダメ!」


 と隣のミューが怒っていた。


 不意に『最後の晩餐』という言葉が頭をよぎった。


 「ミュー、話があるんだけど」

 「なんだい」


 ミューも少しばかり飲んでいたようで、眼が座っていた。ベランダに連れ出して夜風に当たると、「きもちー」と気の抜けたような声で言っていた。わたしは満月を見上げる。蒸気煙る、その雲の向こう。


 「わたしも雰囲気に酔ってしまったわ。だから、わたしがこれから話すことは、酔っぱらいの戯れ言だし、聞き流してくれればいい」

 「へえ」


 ミューが眼を細めた。


 ※


 むかしむかし、外敵に脅かされている世界がありました。


 彼らの敵は、降り立つモノ『ファフロッキーズ』。外宇宙の知的生命体から放たれた、まさに外敵。その世界は当時持っていた最高峰の技術で、『ファフロッキーズ』を解析し、対抗手段を講じた。仮にそれを、蒸気機甲と呼ぶのなら、まさにこの街と同じような状況ね。


 ただし、事態はこんなにチンケなものではない。外宇宙の外敵はこちらの事情など知ったことではなかったの。ファーストコンタクトで戦闘を起こしてしまったものだから、彼らはそれをコミュニケーション手段と勘違いをして、数えるのも気が遠くなりそうな機体群を継続的に投入してきた。


 彼らは蒸気機甲によって対抗したのだけど、物量という如何ともし難い要因によって敗色濃厚な戦争を、もう何百年と行ってきたの。


 機体はどうにでもなるけれど、パイロットばかりはどうにもならない。急遽開発された技術によって、いわば『人造生命』のようなものが粗製濫造されたわ。人間の姿をしていればラッキー。それでもその大多数は、遥かに短いテロメアを持って産まれた。パイロットとして教育に値するのは、本当にごく一部だった。でも、人類にとっては、何にも代えがたい戦力だったのよ。


 さて、寿命の短い種族は、『箱庭フェッセンデン』という次元空間に送り込まれて、新規蒸気機甲のシミュレーションに使われることになったの。訓練が未熟でも、蒸気機甲の毒性に過剰反応する種族でも、一応のデータは取れたわけだから。


 当然、その『箱庭フェッセンデン』の中に送り込まれた、いわば監視員のような者もいるわね。彼らはきっと、その箱庭世界の者たちが持たないような知識を持ち、遥かに長命だったのでしょう。賢き者、と呼ばれたりして。


 (5分経過)


 彼は『器用貧乏』だった。科学者として物理法則に反しない限りのほとんどことは実現可能であったけれど、それが彼にとって幸せな結論をもたらすものばかりではなかった。その科学者は、合理的な判断をくださなかった。個人的な理由でたいせつなものを守るため、最新鋭の機体ひとつを奪って『箱庭』へ――。


 ※


 「すぴぴーん」

 「って、ミュー」


 彼女、じゃなくて、彼はベランダの柵にもたれかかったままで寝息を立てていた。すぴぴーと言っているから、狸寝入りではないだろう。少し喋りすぎてしまった。アルコールの空気に酔っ払ってしまった、というのは本当のことかもしれない。


 「こんなところにいると風邪を引いてしまうわ」


 ミューを引き離して、部屋へと戻る。部屋は誰が消したのか電気が消されていて、複数の寝息が聞こえてきた。イビキがすごい人がいるんだけど、これはシィなのかイプシィなのか。さて、ミューをベッドの上に放り投げて、わたしは壊れかけた暗視モードのまま、夜空を見上げた。


 「そう。ただの、お伽話」


 もしあの話をミューが寝ることなく聞いていたなら、きっとこう質問したことだろう。いや、誰しも疑問に思うだろう。この世界が『箱庭』だということを飲み込んだ上で、喉に引っかかる魚の骨のような違和感。


 ここがコッペリアのシミュレーション施設であり、ファフロッキーズの投下から一連の戦闘がいわば、ゲームのようなものだとするならば、コッペリアというオーパーツがほとんどワンオフで用意されていることが理解できる。整備性など最初から考慮されておらず、バラバラのコンセプトの機体が配備されているのも理解はできる。


 ならば、ここ最近のこの基地を狙った異常な襲撃は何なのだろう。ミューはきっとそう聞いたに違いない。この行為は、シミュレーションとして、試験として、どういった目的があるのか。


 パイロットの損耗率の試験? 否だ。この世界で生きるものたちは『出来損ない』。蒸気機甲の毒に抵抗性がなく、外の人間に比べて3分の1に近い寿命しか持たない。損耗率なんて調べたって意味はない。


 機体の耐久性? それも否。この箱庭世界に投下されるファフロッキーズは、真の『降り立つモノ』を限りなくデチューンしたものだ。だからこそ、この世界のコッペリアと均衡が保てている。この『箱庭』における耐久性なんて調べても、意味はない。


 ならば、この世界に異形を堕とす神は、何が目的なのか。


 それこそがわたしの役割ロール。さすがにそれは、ゼペットの記憶が戻るまでは明かせない……。


 「ディー」


 もはや遠い記憶の底に埋もれたその単語を口にしてみる。懐かしい、とは思わない。わたしはこの箱庭の中の世界を愛している。もう思い出す必要はない名前だ――。


 「おやすみ、ゼペット」


 わたしは窓を閉めて、身体を丸める。ゼペットは床で大の字になって転がっており、シィがほとんど半裸に近い格好で抱きついていた。イプシィもなんだかんだで抱きついていた。


 わたしは、その隙間でいい。

 居場所があれば、どこでもいい。

 あなたの、そばならば。


 ※


 眼が覚めたら、大変な状況だった。


 かなり酒を飲まされて(主に酔っ払ったシィに)、頭がガンガンと痛む。初めての経験ではなかったけれど、とりあえず水を飲まないと、と思考が徐々に鮮明になっていく。


 身体全体に柔らかく暖かな感触があり、一方、右手には柔らかく暖かな感触があって、なんと驚くべきことに、左手には柔らかく暖かな感触があった。柔らかパラダイスか。あと脚元に硬い感触。


 具体的にいえば、半裸のシィが幸せそうな顔で抱きついていた。右手はほとんど下着姿のイプシィの胸をがっしり揉んでいて、左手はベッドから転がり落ちたであろうミューの股間に伸びていた。


 ――えぇ。


 脚元でロールが「うぅん」と声を上げた。


 これはまずい。男の子にありがちな朝の元気さもあいまって、トラブル不可避といったところ。いろいろ慌てて片付けようとするものの、シィが思った以上に抱きついていて(あと脚もがっつり絡めていて)、身動きが取れなかった。


 「ゼペット……」


 ロールがむくりと起き上がって、デュアルアイをこするしぐさをする。そしてぼくの股間を見て、シィを見、イプシィに視線を動かして、股間を見、ミューを見つめて、股間を見つめた。


 デュアルアイがぺかぺか光る。


 「い、いや、これは――」

 『エッチ! エッチです!』


 途端にオペ子の全館放送が入って飛び上がるほど驚く。「んん、なんなのよぉ」とシィが起きだす。イプシィが寝返りを打って、ミューが目を覚まして自らの股間に手を伸ばしているぼくの腕を見て、頬を赤らめた。


 『シィさん、エッチです。ミューも! イプシィもエッチなんです! ゼペットとロールもエッチ!』


 一体何なんだこの放送はと思いつつ、目を覚ましてみるみる顔を赤らめていくシィ。蹴り飛ばされるぼく。逆に顔を青ざめさせているイプシィが、隅っこでおろろろろろrしていた。ミューは大きな欠伸をして、ロールは無表情なデュアルアイで、窓の外を見つめていた。


 「ファフロッキーズ」


 蒸気揺らめく空には、巨大な魔法陣が描かれていた。重力を無視してそこから降りてくるヴォイニッチ朱鋼の巨体は、四本足がこちらの世界に顕現していているところだった。


 「あれは――」

 『だから、エッチって二回言ったじゃないですか。H2型ファフロッキーズです。さっさとデッキに集まってください、そこの爛れたパーティに溺れてる人たち』


 急に覚めたオペ子のアナウンスだった。とりあえずこの部屋の状況をどう探っていたのかは別として、とりあえずぼくは部屋の隅で丸まっている作業着を身にまとう(いつの間にか脱がされていた)。


 「え、なに。何をされたの、わたしは」とほとんど下着姿の自分に戸惑うシィに、「思い出さないほうが君のためさ」とミューが優しく慰めていた。


 「いや、何もしてないから!」とズボンを履きながら答えるぼくだったが、我ながら説得力がない。


 「こんな状況で何もしないほうがどうかしてると思うよ」


 と、ミューが真顔でそう言っていた。「記憶も戻んないしさ」と口を尖らせて、この世界を侵蝕するファフロッキーズに眼を向けた。ミューはロールの方を振り返る。しばらく2人で見つめ合って、デッキに向かう準備を始めた。


 「ミューと何かあったの、ロール?」

 「いいから、さっさとズボンを履きなさい」


 おろろろろろrしているイプシィはベッドに寝かせておいて、ぼくとロール、シィにミューはデッキに向かった。幸いにしてA型のような群体型ではないから、多少到着が遅れることがあっても、この面子なら街に付く前に対処ができる――はず。


 「ほんとに何もしてない? ゼペット」

 「何もしてないって!」

 「ふぅん」


 何故か不機嫌なシィに困ってしまったぼくは、ロールの方を向いた。その向こうの窓からは、魔法陣からファフロッキーズが降りつつある。四本の、短い脚。


 「ねえ、エッチってなんだっけ」

 「セックス?」

 「そうじゃなくて、H2型ファフロッキーズ。あんまり出逢ったことがない気がする。だいたいS(蜘蛛)型とか、F(蛙)型じゃん」

 「そんなことも知らないなんて、まったく」


 廊下を走りながら、ロールの眼がぺかぺか光る。


 「……なにかしら」

 「やっぱり知らないんじゃないか!」


 並走するミューがわくわくしたような顔でこちらを見つめている。説明したがってる顔だった。うーん。ロールと顔を見合わせる。


 「H2型とはなんだろう」

 「いっそ、全部出てくるまで待ったほうがいいのかもしれないわね、ゼペット」

 「訊いて!!!」


 ミューが喚いたので、訊いてみることにした。


 「説明しよう! H2型はここに配属されたころに一度見たきりだけど、他の基地でもたびたび目撃されていて、決してありえない敵ではない」

 「そりゃありえない敵にはコードネームついてないだろ」

 「S型のようなおぞましさやF型のようなぬめぬめでもなく、その可愛らしい姿は見るものを魅了するというよ。実は街のマーケットでも、一部で隠れた人気があるのだ」

 「のんきかよ」

 「そりゃ、怪獣がいないとロボット遊びができないだろ?」


 ミューがにやりとドヤ顔をしたその向こうで、ぽん、と魔法陣から大きなハムスターが降りてきた。のっしのっしと短い四肢を動かして、街を目指す。


 「ふっふっふー、それじゃあそろそろ教えてあげちゃおうかなあ、H2型というのはね――」

 「急ぐよ、ゼペット」

 「もちろんだ、シィ」

 「聞いてよ!!!」


 ※


 「ん、じゃあ、H型ってなんだ?」

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