『さぁ、ティーパーティーの始まりよ』
「魔法陣確認! ファフロッキーズ、来ます! シィ=ライトロードは? えぇ、デッキに居ない!? 最近ずっといたじゃないですか! くっそー、マジ使えねー。おほんおほん。ミューは? えぁ、お腹を下してトイレから出てこない!? ゼペットは? えぇ、シィのところにいる!? シィが誘った!? リア充野郎!!! もういい、わたしが出る、武器を持てい!」
※
そんなよくわからないオペ子の放送は、前線基地全館に大音量で流れていた。途端に死にたくなったぼくだったけど、すぐとなりにも死にたくなってるヒトがいて、きっとどこかのトイレの中のひとも死にたくなってるんだと思った。
「あいつ必ず殺す……」
「シィ、全面協力する」
『ケレリタス』のクッションから起き上がったシィは、ふらつきながらも『ToeIC』の仕込まれたブーツを穿いて、部屋から出ようとする。ふらつくたびにぼくが支えているのだけど、シィは『何言われるかわかんないじゃない』と顔を赤くした。
「それにしても何型なんだろう」
『A型でーす』
「やっかいね」
異様にタイミングのいいオペ子の全館放送にびっくりしながらも、ぼくとシィはデッキに向かっていく。途中の窓から見える風景では、曇り空の雲を穿って刻まれた魔法陣から、黒い塊が降りてくるところだった。降り立つモノ、ファフロッキーズ。今回の刺客は、群体だ。
「蟻型か……」
あの黒い塊のように見えるものは、実は非常に小さなファフロッキーズの集まり。ひとつひとつは1メートル程度で、個体数は過去の例から言えば、100〜300程度。すべて殲滅せずとも親機とされる女王蟻を屠れば、すべての個体はコントロールを喪うのだけど、そこまでたどり着くのが大変だ。
そもそもコッペリアというのは、巨人戦、一対一を想定しているのであって、かのような小さな目標相手に戦うのは得意ではない。『ケレリタス』では一方的に消耗戦を強いられるだけだし、『マグネス』ではタメ時間に群がれておしまいである。隙をついて一匹でも街に逃げ込まれたら、対応は後手後手になってしまう。
「『ディラック』なら……」
「何か考えがあるの?」
「ひとつだけ試してみたいことがあるんだけど」
果たして間に合うだろうか。ロールならすでにコックピット内でスタンバってはいるだろうけど、『ディラック』はふたりの『ToeIC』認証がないと動かせない。
「……なに、あれ」
シィが窓の外を指差していた。黒い群体がまもなく着地をするという折りに、その見たこともない緑色の機体は、蒸気の尾をたなびかせて、前線基地から出撃をしていた。
『出撃!? え、誰!? っていうか、何あの機体!?』
オペ子すら知らない機体をぼくたちが知っているわけがない。出撃の際の挨拶もなかったあの機体は、しかしたしかにこの基地から飛び立った。
黄緑色に塗装された機体で、シルエットは『ケレリタス』に似ている。しかし『ケレリタス』のような騎士然とした出で立ちではなく、淑女のような格好をしていた。下半身を包むスカートのような装備は妙にボリュームが有り、手には傘のようなものを携えている。頭部にはつばの広い帽子のような装飾もあった。
「説明しよう!」
と、口を挟んできたのは、同じくデッキに向かおうとしていたミューだった。『あの機体について知りたいなら、あたいに聞きな?』というドヤ顔で、こっちを見つめてきたが、ぼくたちはそれよりミューの肛門のほうが心配だった。
「あの、帰ったほうがいいんじゃない?」
「無理しなくていいよ。あとで薬差し入れするし」
「うるさいな!」
三人でデッキに向かいながら、結局、オペ子のあれが嘘八百だということを熱弁するミューだった。便だけに。『っていうか、オペ子があのタイミングで、ボクがトイレに篭ってることを知ってるほうがどうかしてるでしょ!? わかってよ、それくらい』と言われて、たしかにそれもそうだと、ぼくたち2人は頷いた。
「こほん。では説明しよう、あの機体は――!」
「あ、見て、ゼペット。戦闘が始まるわ」
ちょうど黒い塊が地面に着陸し、土煙が起こったところだった。100メートル程度の距離を置いて、傘を地面に突き刺して、それを見つめる謎の機体。対して、蟻型ファフロッキーズは、着陸した場所を起点として、街への進撃を始める。群体としての特性を活かして、散開。一機のコッペリアではとても対応できないレンジで、小型の蟻達が街を目指す。
「でも、あの機体なら――!」
「アレじゃダメだ、もっとまとまってるときに電撃的に倒さないと。女王アリもこれじゃどこにいるのかわからないし」
「と思うでしょ、だがしかし――!」
「『ケレリタス』で片っ端から片付けるわ。すべては殲滅できなくても、女王アリが近くにいるのなら、まだチャンスはある。わたしはあきらめない」
「でもね、でもね――!」
「『ディラック』も協力するよ。あの細いサブアームでも、蟻型の子機くらいなら対応できる。いまは猫の手でも借りたいくらいでしょ?」
「助かるわ」
ぼくとシィは熱く拳をぶつけたが、ミューが泣きそうな顔でばたばたしていた。
「聞いて!!!」
窓の外を見ると、あの黄緑の淑女の機体が、まるで挨拶でもするかのようにロングスカートを摘んで身体をかがめた。とはいえ、相手は蟻なのだからそんなことは気にかけていない。ぼくたちが眉を潜めていると、奇妙な光景が展開された。そのロングスカートの中から、小さな球体が次々と現れたのだ。
『ドク、きちんと挨拶なさい。ほらほら、こんにちは~って。久々のファフロッキーズだから張り切っちゃって。グランピーもハッピーも、はじめまして〜って。これからぶっ殺すから冥土の土産にね〜』
「イプシィ!?」
めっちゃ聞き覚えのあるそのフレーズは、たしかに午前中、デッキで出逢った不思議少女のものだった。淑女の機体から転がり落ちた小さな球体は、手脚を展開する。小型のコッペリア。まるでノームのような出で立ちをしているそれは、およそ5メートルほどの全高で、各々散開して、蟻を潰していった。
『さぁ、ティーパーティーの始まりよ』
淑女の機体はスカートを降ろして、今度は傘を開いて掲げる。
「なに、これ……」
「ファフロッキーズとコッペリアは対応している、みたいな話を司教から聞いたことがあるけど、蟻型の能力を持った機体がいるなんて」
「あれこそが『エレクトリシタス』さ!」
「いったいなんて機体なんだ」
「聞いて!!!」
可哀想になってきたので(あと、蟻型はどうにかなりそうな気がしてきたので)、そろそろミューの話を聞いてやることにした。走るペースを落として、ぼくとシィはミューを見つめる。膨れていた。
「もういい」
「ごめんって。ほら、ミューの説明がないと、困っちゃう」
ミューは口を尖らせた。
「ボクの友達、イプシィ=ロンデルタ。コミュ障ぼっちの彼女が適合した機体が、あれ、『エレクトリシタス』。通称『エレク』」
扇状に広がった蟻たちは、しかし、散開した七体のノーム型コッペリアによって撲滅されつつあった。母体の『エレクトリシタス』は優雅に傘を広げて、小物同士の戦場を睥睨している。
「あの子機は『エレクトロン』と呼ばれてる、通称『トロン』。『エレク』という機体名はあの淑女めいたものひとつを指すのではなくて、『トロン』を含めた一連のシステムのことを言うのさ」
「あの傘は?」
「理屈はわからないけれど、イプシィがすべての『トロン』を操縦しているんだ。あの帽子と傘を広げることによって、そのための信号が広範囲に拡散するらしいよ」
群体による戦闘を行うコッペリア。それはたしかに蟻型のような、通常の戦闘スタイルでは対応が難しい敵に対して有効なシステムのように思えた。『ケレリタス』のようにシンプルなコンセプトではないから、戦う相手はもしかしたら選ぶのかもしれないけれど、いち機械好きとしては、その飛び抜けた発想にわくわくを隠しきれなかった。と、同時に、いち作業員としては、その整備性の悪さにため息をつきそうだった。
『グランピー!?』
絶叫が外部スピーカーを通して、基地まで響き渡った。見れば、子機『トロン』のうちの一機が片腕を喪って宙を待っていた。ごろごろと転がって体勢を立て直すが、脚がやられたらしく、戦線には戻れなそうだ。
『よくも』
地獄の底のような昏い声が響く。
『よくもよくもよくも!』
『グランピー』にダメージを与えたであろう蟻の集団に、ずんずんと母機『エレク』が進んでいく。子を傷つけられた母親のような鬼気迫るその機体は、無数の蟻たちを踏み潰し、子機を傷つけたであろう一匹の蟻のもとへと突き進む。1メートル程度の蟻からすれば、20メートルはある通常のコッペリアのサイズは非常に恐ろしく思えるだろう。しかも個別にターゲットされないことに意味のある群体にも関わらず、明確に殺意を持って自分に向かってくるのだ。
傘を折りたたんだ『エレク』は、その蟻の直上で天高く傘を掲げた。底面の金属部分がキラリと光を反射する。
『わたしの大切な友達を傷つけた罪はどんなことをしても贖えるものではないわ。グランピーが何をしたというの。こんな優しい子を傷つけるなんて、あなたの親の顔が見てみたいわ』
なんてことをぼそぼそと言っているけれど、たぶんグランピーは仲間をいっぱい殺していると思うんですけど。あと、傘を畳んでしまったせいで、他の子機がすべて機能停止してるんですけど。蟻たちがそれを乗り越えて、街に向かっているんですけど!
『地獄で懺悔なさい』
ぷち。
傘が振り下ろされて、その一匹の蟻が身悶える。そうしているあいだにも、黒い洪水のような蟻の群れは街に向かっている。早く、早く、傘を広げて!と願うぼくだったが、その瞬間、天空に魔法陣が描かれ、動かなくなった蟻たちが天に召されていった。
『大当たり』
と、イプシィの声が聴こえた。
※
「ゼペットまだかなあ。しっぽりやってんのかなあ。ひとりで動かない『ディラック』の中にいるの、寂しいなあ。あ、終わっちゃった」
※
「クァンタムゲート……」
窓の外を見つめているその少年が、そう呟いた。わたしは、その光景を見たことがあった。一週間前、街で『ケレリタス』のキットを漁っていると迷子になってしまい、脚のことばかり考えている彼とお付のロボに助けられたのだ。その帰りにファフロッキーズの襲来があって、ミューの『マグネス』が助けてくれた。そのときに目撃した天空の魔法陣に、ゼペットは反応した。
「還らなきゃ」
まるで空を映したように、両目の瞳孔に描かれた魔法陣の文様。そして、釘づけられたような視線。半開きの口。ぶつぶつと呟かれる『還らなきゃ』。
「え、なに、ゼペットどうしちゃったの!?」
ミューが慌てる。それはそうだ、わたしだって最初見たときにはどうしていいのかわからなかった。でもいまは、ちがう。あのときロールが走ってきて、お手本を見せてくれたからだ。
「ぐふぅ」
鳩尾に蹴りを一発。
妙に生々しい呻き声を出したゼペットだったけれど、ロールほどまだ慣れていないのか、正気には戻せなかったようだ。どこかでぞくぞくするような快感を覚えつつも、彼を助けるため、仕方なく、無言で鳩尾を蹴り続けるわたしだった。
「え、えぇ」
ミューがドン引きしていた。
「ゼペットはどこかで鬼のような変態性を隠してると思ったけど、こういうのがいいの……? シィもなんか楽しそうだし。もうやだ、なにこれ……、死んじゃうよ、ゼペット」
何度目か、いや、何十度目かの蹴りで、彼はロールケーキの残骸をおろろろろrしながら崩れ落ちた。わたしは謎の達成感から、手をぱんぱんと払い、彼を見下した。
「これでよし」
ミューがドン引きしていた。
※
ゼペットが待てど暮らせど来ないので、『ディラック』の機体を降りたわたしは、ちょうどあの黄緑色の機体が戻ってくるところに出くわした。白い傘を広げて歩く淑女のような機体。その後ろを六体の小人たちがついてくる。一体は負傷していたため、淑女に抱きかかえられていた。
「なにこの愉快な遠足は」
蒸気を吹きながらデッキに収まり、その機体は機能を停止した。小人たちは、童話の世界でお昼寝でもするような感じで、コンテナに背中を預けて眠りについた。
わたしは目を凝らす。『ケレリタス』のような痩躯の上半身に、ぶわっと広がったスカートの下半身。その中に小人たちが収めるのだろう。いま、その機体はスカートの中に脚を隠して、まさに淑女といった出で立ちで、デッキで眠っていた。
その右腕に目を凝らす。わたしのこのデュアルアイはもうかなりガタが来ているけれど、可視光外の光を認識できるようになっている。この機能を使うのは久しぶりだったけれど、そのフィルターを通したわたしの眼は、機体の右腕に穿たれた型式番号を捉えていた。
「『エレクトリシタス』、電気の使徒か」
この街ではロストテクノロジーとなった電磁気学を体現するコッペリアだろう。あの傘がアンテナのような役割をして、子機に指令を飛ばしている。まともに展開できる範囲はそれほど広くはないだろうが、『ケレリタス』などに比べれば、格段に面的な戦闘ができるだろう。かつて存在したという賢者の視点からすれば、蟻型から学んだか、あるいはファフロッキーズ側に学ばれた故の蟻型か――。
「お疲れさま、珍しい機体を見せてもらったわ、イプシィ」
『エレクトリシタス』から降りてきたそのゴスロリ少女は、七人の小人を模したぬいぐるみを胸に抱きしめて、瞳に涙を貯めていた。魔石炉の毒の影響もありふらついていたので、支えてやる。相変わらず、わたしの挨拶は無視されるし、ぼそぼそと何を言っているのかわからなかったけれど、彼女がいま抱いている喪失感は痛いほど理解できる。
機械なら直せばいい――、というわけにもいかない。
あの『グランピー』という小人が傷ついてしまったことを悔やんでいるのだろう。正確には、そういう結果になってしまった自分が許せないのだろう。
それが、イプシィ=ロンデルタの論法なのだ。
「わかるよ。守るべきものを守れなかった、その気持ち」
わたしは彼女を支えながら、デッキの奥へと下がっていく。彼女に必要なのは休養だ。誰も動けない中で(ゼペットはどんなエロいことをしている真っ最中だったのだろう)、この子がいなければ、街はおしまいだった。
「泣きつかれたら、シャワーを浴びてくるといいわ。さっぱりするから」
※
「ぐふぅ」
また魔法陣を見て、気を喪っていたようだった。やっぱり鉄分が足りないのだろうか。というか、鋭い痛みが鳩尾周辺に残っている。内臓的な疾患なんだろうか。怖い。
「ゼペット、気がついた?」
シィの優しい声が聴こえた。ぼくは倒れていたらしい。顔をあげると、酸っぱい臭いが鼻をついた。ちょっと戻してしまっていたらしい。
「ごめん、シィ、せっかく作ってくれたのに」
「いいの。痛むところはない?」
「鳩尾」
「気のせいよ」
ミューが隅っこでがたがた震えていた。
さて、とりあえずファフロッキーズの脅威は去ったということで、次なる脅威は作業服についてしまった、この、なんというか、吐瀉物だった。
「染みになるといけないから、シャワー室で洗ってきたら?」
そう、シィが勧めてきたので、ごもっとだと思ったぼくは、素直に従うことにした。
※
「きゃー!」




