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魔王の城  作者: 宮丘 侑
6/9

6 野放しにはできないので

「すごいっ すごいっ すごいっ」

 さっきからそれしか言っていないメイアリア姫に、苦笑するしかない。

 これはもしかしたら、当初の目的を忘れているんじゃないだろうか。

 眼下に広がる田畑の水面は限りなく済んでいて、滑空する翼竜を映し出している。朝も早すぎる時間のため、起きているものも少ない静寂の中、翼竜の羽音が響く。

「すごいっ きれい!」

「山脈から湧き出る澄んだ水が張られていて、鏡面のようでしょう?」

「うんっ すごいっ」

 だが、こちら側はティラティス王国と接する反対側に位置していて、嵐の影響も少なかった。本来あるべき姿をとどめている場所だ。

 反対方面に行けば、悲惨な光景が広がっている。

 それを思うと、こんなことをしていて自体が変わるのだろうかという不安に襲われる。

 いや、メイアリア姫は、姫の知識は希望の一つなのだ。

 無駄であることは、ないはずだ。

「……あれは水稲?」

「そう。山脈の麓は大体水稲ね、水が豊富に使えるの。平地でも起伏があるから、山脈から離れてしまうと多くの水を使えなくて、畑や住宅になることが多いわ。昨日あなたが言ったとおり、水路の整備も考えなければならないかもしれないわね」

 ちゃんと目的を覚えていたらしい。

 先ほどの興奮はどこへ行ったのか、身を乗り出すように下をのぞきこむ。

「土壌は?」

「この辺は火山灰かしら? たしか歴史の本に、あの山脈が大昔噴火したという記述があったはずだわ」

「……本当に火山灰土なら水稲は難しいかも。難しいことは覚えていないけど、リン酸が固定するんだって。水はけはいいから畑のほうが向いてるかも」

「そうなの?」

「土壌改良をすればいいらしいんだけど」

 土壌改良といわれても、化学の発展していないこの世界で化学肥料の開発は、少々無理がある。

「んー、でも、実際に土壌を調べてみないことには何とも言えないかな。噴火が大昔の話だっていうなら、必ずしも火山灰土であるとは言えないし。私の知識の範囲でどうにかなるかも、はっきりしないし」

「降りるには、時間が足りないわね。翼竜で降りれば、どうしても目立ってしまうし」

「間近で見せる気はなかったんだ」

「自分の立場をわかって頂戴」

 翼竜の上にいれば、その騎乗している人物の特定までは簡単にはできないと踏んでのことだったが、それでは事足りないことだったようだ。

 多少の危険を冒す必要があるか。

「陽が昇ってきたわ。そろそろ戻りましょう」

「そうしようか。今度は、もっと間近で見たいなぁ」

 翼竜を旋回させる。

 確かに素人ではわからないことを知っている。向こうでの知識がどこまで通用するかはわからないが、少しでもこの国に転用できるとありがたい。

 食糧不足問題に直結するわけではないが、今後同じように食糧確保が難しくなったときに大いに参考になるだろう。

 もっとも、今一番欲しい情報は今の現状をどう改善するかではあるが。

 やる気を出してくれているんだから、水を差しちゃいけないわよね。

 眼下の王城にゆっくりと翼竜をおろしながら、薄く笑った。




「お帰りなさいませ」

「すこし、時間をかけすぎたかしら?」

 もう政務の時間になってしまったのだろうか。

 屋上に出迎えに出ていたアリウムに、乗り慣れない翼竜の騎乗でぐったりしているメイアリア姫を預けた。

「いえ、翼竜で散歩に出たと聞いたので」

「心配するほどのことは何もしていないわよ」

 メイアリア姫も一緒と知って、心配したのだろう。

 アリウムも、メイアリア姫を全面的に信用しているわけではないのはわかる。

 わかるが、今一番信用できるアリウムには協力してもらうしかない。

「今日は一日執務室にこもるけれど、アリウムにはお願いがあるの」

「……なんでしょう」

 眉を寄せて若干いやそうにしたところを見ると、嫌な予感がしたのだろう。申し訳ないが、それは現実となる。

 信用できる人間は、どうしても限られてしまうのだ。

「彼女が、農業の様子を見てみたいと言っているの。つきあってあげて」

「は?」

「先ほども少し一緒に見てきたけれど、有用な話が聞けたわ」

 その立場上、どこの省にも顔が効く。同時に、視察には大概アリウムを連れて歩いていたからどこの土地へ行ってもアリウムが同行していればその立場を保障される。

 メイアリア姫を守る手段なのだ。

「執務の補佐は、リュークにお願いするわ。だから、お願いね」

「……仕方ありませんね」

 言外に込めた意味を正確に理解したらしい。

 深々とため息をつきながらも、了承してくれた。

「……いいの? この人、あなたの片腕でしょ?」

「だからよ。不慣れな場所にあなた一人で行かせられるわけないでしょ」

 後ろ手で待って聞いていたメイアリア姫が、驚いていた。

 転生者だからアリウムの立場も分かっているのだろう。その彼を案内役にしたことは、それほど驚くことだったのだろうか。

 首をかしげると、周りに聞こえないように耳元で説明してくれた。

「リリアヌナーダとアリウムは本当は恋仲だったんじゃないかって、一部のファンの中では有名な噂」

 そんな噂があったのか、知らなかった。

 だが、今の自分たちでは付き合いが長すぎる。異性と見るには、傍にいすぎた。

 いわば、兄弟のような間柄なのだ。たとえアリウムが、今すぐ結婚しますと報告してきてもたら、心から祝福できるだろう。自信がある。

 むしろ、あの堅物のアリウムに結婚相手が現れたら手放しで喜ぶだろう。

「ないわね」

 短く返答を返す。

 しかし、確かにスチルではセットで書かれる事が多かった二人だが、甘い雰囲気などゲーム内では全くなかったのではないか。

「そうなの。結構、好きなカップリングだったのに」

「もしかして、二次創作ってやつ?」

「そう。ネット上で、結構盛り上がってた」

 知らないわけだ。さすがに、ネット上の二次創作までは手を出していなかった。

 でも、悪役とその従者でどうやって盛り上がるのだろう。

 ……わからない。理解不能だ。

「それは残念だったわね」

 期待に応えるつもりは一切ないわよ。

 そう言えば、メイアリア姫はひどく残念そうにした。

 ちょっとは期待していたということなのだろうが、無理。

「では、準備をしてまいります。一刻後、お部屋へお迎えに参ります。よろしいですか」

「うん、お願いします、アリウム様」

「では、その間に朝食が取れるように手配しておきますね」

 一刻後とは、また時間をかけるものだ。着替えてくるだけだろうに。

 まだ城の中が不慣れなメイアリアを部屋までおくり、リュークに執務の手伝いを頼むために兄のもとへ向かった。出奔していないほうの兄だ。

 今更だが、兄弟の紹介をしようと思う。

 出奔した長兄は、もちろん王太子の立場にある。王位を継ぐのが嫌で出奔したのではなく、身動きが取れなくなる前に旅をしたいといって、幼馴染の騎士を連れてどこかへ行った。そのうち戻ってくる予定ではあるらしく、ときどき手紙が届く。

 次兄は魔法府で魔道師をしていて、結婚と同時に王位継承権を放棄している。魔法府の中でも高位の立場にあり、ごくたまに政務を手伝ってくれるが暇ではないため、本当にたまにである。義姉が妊娠中のため、余計にこちらには時間を割いてはくれない。家庭円満なのはいいことなので、それに関しては文句を言うつもりはない。

 その下に長姉がいるが、とっくに嫁いで城下で3人の子育てをしている。次姉もまた嫁いでいるが、こちらは義兄が地方領主であることから近くに住んではいない。三姉も、すでに結婚済みだ。

 リュークというのは、次兄の傍つかえの一人であり、彼もまた魔道師としてその地位を確立している。

「おはようございます、お兄様」

 魔法府にある兄の研究室を訪ねると、中はあわただしかった。ここはいつもそうだ。常に、新魔法の開発の研究をしている。

「ああ、リーナか。悪いな。その辺に座って待っててくれ」

「はい」

 また徹夜したのか、目の下のくまがひどいことになっている。だが、その目は楽しげだ。一つのことに没頭すると昼も夜もない次兄には、この仕事は性に合っているのだろうが、妹としては体が心配だ。

 いつかぶっ倒れるのではないだろうか。

 魔法府の研究室は、研究府とはまた一線を画している。魔法は専門職なのだ。魔道師しか扱うことができない。

 かといって、どういうわけか研究府と対立することはない。むしろ、共同研究がいくつも花開いて国家に貢献しているくらいだ。

「あっれぇ、リーナ姫じゃん。どうしたんだ、こんなところで?」

「久しぶりね、リューク。本当は、あなたに用でここに来たのだけれど、お兄様に待っていろと言われたのよ」

「なんだぁ? ついに、俺と結婚する気になったか?」

「まぁ、素敵な話ね」

 ついにと言われても、求婚された覚えはない。

 この軽いノリは好きだけれど、結婚は考えたことがなかった。異性として意識したことも、一度もない。

「お前なんぞに、かわいい妹をやれるか!」

 すかーんっ と結構分厚い本が飛んできてリュークの頭にヒットする。

 お兄様、お見事。

「リーナ、こいつに用っていったいどうしたんだ?」

「アリウムに他の用をお願いしたので、執務補佐に借りれないかと思いまして」

「……まぁ、頭はいいからな」

 性格に難があるといったのは、この兄だった。よく知っているわけではないが、なんとなくそれに関してはわかる気がする。

 だが、信頼できて執務補佐ができるものは限られる。

 本当なら、兄にお願いできればよかったのだが、それが無理難題であることは考えるまでもないことだ。

「これを片付けたら手が空くから構わないぜ」

「では、執務室へお願いします。私も、朝食をとったら執務室にこもりますので」

「籠るって……忙しいのか?」

「そうでなければ、補佐を使ったりしません」

「まぁ、たしかにな」

 書類に目を通して、可否を付けていくのが基本だ。だが、その単純作業でも他の人の手が必要になるのは、可否をつけるための基本情報がなかなか得られないからだ。補佐の仕事の主は、情報収集。

「じゃ、こいつを貸し出すから存分にこき使ってやれ。ぼろ雑巾になるまで使っていいぞ」

「ひでぇ、殿下」

「では、遠慮なく」

「姫も、ひでぇ」

 ひどいなんて、そんなことはない。

 こちらだって神経をすり減らして、毎日くたくたになるまで書類と向き合っているのだから。

 後で執務室で落ち合う約束をして、魔法府を出た。

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