4 困った姫君
「よろしかったのですか、本当に」
「……ああ、うん、まぁ」
本当によろしいのかといわれると、自信はない。
メイアリア姫は、その正体がばれたら面倒なことになるからと、人があまりいない自分の住む塔の客間をあてがった。使用頻度が少ないそこは綺麗にしてあって、ずいぶんとご満悦だった。
一応、メイアリアの婚約者候補たちからかくまってほしいという要求と、リリアヌナーダのこの国の食糧危機回避の可能性の希望が一致した形だが。
「いいって言っちゃったし。メイアリア姫の知識がが一条の光になってくれるなら、ありがたいもの」
「そうですか」
だが、春先の件でアルティメーア王国を恨むものは少なくない。その姫が城に滞在しているなんて知られたら、なんて考えるのも恐ろしい。
「わかっていると思うけれど、他言無用でお願いね」
「承知しております」
「それと、さっきの会話で訳の分からない単語とかあったと思うけど……聞きたい?」
同じ立場のメイアリア姫としかわからない会話に、その場に居合わせたアリウムは疑問を持ったはずだ。
信じる可能性は低いが、それでも、幼馴染だ。話したところでマッドサイエンティストたちに売りつけるようなまねはしないだろう。だから、知りたいのなら話してもいいかと思った。
「いえ、必要があった時で結構です」
「そう。まぁ、その方がいいかもしれないわね。いろいろと、常識外の話だから」
今でこそ、前世だの現世だのという概念が実感を伴って理解できるが、前世では物語の中だけの話だった。もし前世で、そこはゲームの世界なんですよ、なんて言われたって信じることはなかっただろう。
アリウムにとっても、そういうことだ。
そもそもゲームといえば、この世界はリバーシっぽいものやチェスっぽいものなどのアナログだけだ。テレビもパソコンもポータブルゲーム機もスマホもないこの世界で、デジタルのゲームをどう説明すれば伝わるのかわからない。
理屈好きのアリウムなら、デジタルとは何ぞや、から説明させられそうだ。
0と1の集まり、でわかるんだろうか。
……文系人間に、詳しい説明をさせるのは間違いだ。説明する時が来ないことを祈ろう。
「それよりも、そろそろ午後の政務を始めませんと夕食を食べる時間を失いますが」
「お茶は見送りね。執務室へ向かいます」
メイアリア姫のことも気になるけれど、今すべきことは国政を動かしてこの国を導くことだ。それに、夕食をくいっぱぐれるのは勘弁したい。
この食糧危機にともなって、城全体で食に関する贅沢を自粛するように通達した。現在、城の筆頭である自分の食事も以前とは比べ物にならないくらい質素なものになっているし、おやつも当分封印した。
ダイエットにはもってこいであるが、おなかがすく。一食を抜くのも、勘弁したい。けれど、今日の分の政務が終わらなければ夕食などとっていられない。
「さっさと片付けるわよ、アリウム」
「はい」
地方から上がってくる陳情書とか、陳情書とか、陳情書とか(そのほとんどが、食糧不足に関するものだが)……。処理しなければならないのだ。
夕食ゲット!
こぶしを握り締めて気合を入れ、執務室へ向かった。
「嵐で田畑が壊滅、森が焼かれたことによる鳥獣被害、か……さて、どうしたものか」
前世でも聞いたことにあるできごとだが、ニュースで見るだけの他人事だっただけに、それらの被害をどう対処していたのか興味を持たなかったことが悔やまれる。
前世の記憶を持っていても、何の役にも立たない。
書類には差出人である領主の苦言がつらつらと書かれているが、国全体での食糧不足のため食べ物を出すこともできない。警備府は国境警備強化のためにそちらに増員しているため、鳥獣対策に割くだけの人員が確保できるか。
それもこれも、ティラティス王国が攻め込んできたのが原因だ。
いや、過ぎたことをどうのといっても原状回復するわけではない。今をどうするかを考えなければ。
「浸水や流水被害なら、河川整備じゃないの? 鳥獣被害なら罠をいくつもしかけるとか」
「確かにその通りだが……って、なんでいるの!」
重要書類や極秘案件も扱うため、この部屋にはリリアヌナーダとアリウムしかいなかったはずだ。だというのに、第三者の声が割って入った。
しかも、なぜそれが部屋からあまり出ないようにと言っておいたはずのメイアリア姫なのだ。
「暇だったから。お城って、どこの国に行っても似たような構造なのね」
「それは、侵入者攪乱のセオリーがあって……っていうのはどうでもいいのよ! ばれたらまずいから部屋から出ないように言ったでしょう?! しかも、よりにもよって執務室に来るなんてっ」
やっぱり、警備府奇襲決定! 危機管理がまるでなってないわっ
悪びれていない様子から、執務室とい場所の重要性がわかっていないのかもしれない。下手をすればスパイ疑惑が持ち上がるというのに。いや、本当にその可能性を考えておく必要もあるのだけれど。
「んー、やっぱり母国、っていうかお父様のせいで大変な思いをしているわけでしょ? 何かできないかなぁって」
「わかっているなら大人しくしてて」
「怒るのはもっともなんだけどさ、もうあんな真似しないから。それは約束できる」
何の前触れもなく突然侵攻した件の重大さは理解しているらしい。言葉そのものは前世のものらしく砕けているが、その目が強い光を持っている。
「どうしてそんなことが言えるの? あなたが国王であるわけじゃないわ」
「少なくともティラティス王国は、国を挙げて戦争を仕掛けることはない。お父様がおかしかったの」
「その「おかしなお父様」が、国王なんでしょうが」
同じことが二度とないとは、誰にも言えない。
アルティメーア王国内に突然侵攻し、突然その侵攻がやんだ。
その背景に何があったかはわからないが、少なくともそれによってこの国は多大な被害をうけたのだ。第二派、第三派を危惧しなはずがない。
「……。あの時は、周りの大臣たちの反対を押し切って、アルティメーアに侵攻させた。お父様は、魔族が怖いの。病的な位に。最近は、それが妙なくらい顕著になって」
魔族を怖がらない人間がいると聞いたことはない。
まぁ、前世の記憶があるメイアリア姫はまた別なんだろうけれど。
だから、決して珍しいことではないと思うのだが。
「近いうちに発表されるからすぐにわかることだけど、お兄様がクーデターを起こしたのよ。そして、アルティメーアへの進攻を中止させた」
「クーデター……?」
これまた縁がない単語が出てきた。
王政崩壊などの、これまたニュースで聞いたことがある。
「お父様は地方の離宮に監禁されたわ。生涯出てくることはない。政治にかかわることもない。これからは、お兄様が国王になるから、もうあんなこと、起きない」
侵攻を止めさせた王子が国王になる、か。
そのどさくさに紛れて出奔してきたんだろうが、次期国王を助ける立場のはずなのに国を出てきたよかったんだろうか、このお姫様は。
「私とお兄様たちはね、封鎖的な国風を変えようとしていたの。周辺の国との外交に力を入れようとしていた。だから、お兄様はアルティメーアに敵意を向けることはないわ」
「それは、半信半疑であるけれど……それとこれは、また話が別。執務室には、許可なく入室禁止。それは、どこの国でも同じだと思うわよ」
有益な話ではあったけれどね。
「そうなの?」
「そうなの。執務室は、その国の重要機密がいっぱいあるのよ。あなたは、自国の執務室は出入り自由なの?」
「入りたくなかったもの。近寄りもしなかったわよ、あんな場所」
なるほど、知らないわけだ。
「だけど、手伝いたいっていうのはホントにホントなの。何か、できることない?」
「気持ちは嬉しいけれどね、あなたの立場を考えれば執務室には二度と入らないで、という要求しか、今のところはないわね」
他国の姫に重要機密を知られるなんて失態、ご免こうむりたい。たとえ、このメイアリア姫が本当に無害なのだとしても、周りはだからと言って良しとはしないだろう。
農業に関して知識があるといっても、国政全般に関しては期待できないだろうし。
「話を聞きたいときには部屋を訪ねるわ。暇だというのなら、私の部屋の書庫を出入り自由にするから」
私室の書庫は、難しい本なんて何一つない。
子供の頃に読んだ絵本や、巷で発行されているティーンズ向けの雑誌なんかがそろっている。時間をつぶすには、ちょうどいい蔵書だろう。
「んー、そっか」
「そうなの。アリウム、メイアリア姫を部屋までお送りしてきて」
「わかりました」
アリウムに促されると、今度は食い下がることなく部屋を出て行った。
その二人を見送ってから、ふっとため息をつく。
ゲーム内のメイアリア姫はこんなにバイタリティあふれる人物設定ではなかったような気がする。彼女の、もともとの性格なのだろう。
個人的には好感が持てるが、明らかに自国の醜聞をあっさりばらすのはいかがなものか。いくら発表されるからとはいえ、事実をそのまま発表するわけがないだろうに。
「……うかつよね」
だから、機密が詰まった執務室には二度と入ってほしくないのだ。
うっかりどこかで洩らされても困る。
鍵でもかけようかと、本気で思案した。