3 その事情
「ですから、かくまってほしいのです!」
だから、なぜ?
せっぱつまっている様子は、その表情を見ればわかる。いや、作りものかもしれない。あの乙女ゲームの設定上、主人公は純粋無垢で人を疑うことを知らないということになっている。だが、「乙女ゲームの世界に転生しちゃいました」という設定の小説をいくつか読んだが、性格改変は結構あった。
……悩むだけ無駄か。
どんな人物かなど、関わってみなければわからないのは、前世も現世も同じだ。
「……。我が国の状況をご存知で、おっしゃっていますか?」
「無論です。私の国、ティラティス王国が攻め入ったことで多大な被害があったと聞き及んでおります。ですが、だからこそ、こちらに来ているなどと誰も思わないのです」
そりゃ、思わないでしょうよ。攻め入った国に出奔するなんて、身分がばれたら袋叩きにあいかねない。一体、この姫君は何を考えているのだ。
よく無事にこの王城にたどり着けたものだ。というか、よく入れた。やっぱり、警備部に突撃しなければならない日は近いのだろう。
とにかく。
それは、あなたの事情です。
忙しいんだから、当然お断りします。
「メイアリア姫、残念ですが」
「この通り、お願いしますっ このままじゃ、私望まない結婚をしなければならなくなるのです!」
……。変だな。乙女ゲームが始まっているのだから、そのシナリオ通りなら無理矢理結婚するなんて展開はなかったはずだ。もっとも、現実的に考えれば第二王女という立場は国のために駒としての政略結婚が待っていると考えるのが普通だが、両親がメイアリア姫に極端に甘く、その手の話を握りつぶしているという設定だったはず。
いやいや、所詮他国の話。
気にならないわけではないが、関わると面倒になる。
いま大事なのは、外交よりも内政。
「それには同情いたしますが、それと我が国とは何の関係が?」
関係ないとは、さすがに言えないのも事実だが、余裕がない。
つい午前中、どこかと同盟でも組まれたら云々が現実化する可能性が目の前に示されているようなものだが、そんな近い将来よりも、今目の前にある現実に対処する方が先だ。
同盟を組まれたら組まれたで、対処する。
もともと、このアルティメーアは魔族の集まりということもあって、多少の事ではびくともしない軍事力を誇っている。
後回しにしておいてもいい案件だ。
「本当に、冗談じゃないからこうしてお願いしているのです。本当、冗談じゃない……冗談じゃないのよ……」
ドレスをつかんでふる振ると震えながら、低くつぶやく様子はちょっと危ない。
本気で、結婚を嫌がっているのがわかる。
でも、ごめんなさいね、他人事だから。
「…………何を考えているかわからない無口な騎士団長とか、そっこら中に女作りまくって結婚なんてしたら後ろから刺されかねない侯爵令息とか、俺様何様のくせに女の扱いがど下手な隣国の王子とか、バカなことで悩みまくる陰険な従弟とか、初恋を引きずってどう考えても兄妹みたいな関係以上になれない幼馴染とか、平気で人のことをかっさらうナルシスト商人とかと結婚なんて冗談じゃないのよっ 顔がよくっても最悪じゃない! せっかく生まれ変わっても、こんな役柄いらなかったわよ!」
ちょっと待て。
今、聞き捨てられないことを叫ばなかったか。
特に最後のナルシスト商人は、確か隠しキャラで、終盤にならないとナルシストなのも商人なのもわからないはず。
なぜ、今知っている。
それに、「生まれ変わって」? 「役柄」?
「あんたが妨害行為しにきてくれれば、喜んで熨斗つけたっていうのに、来ないし!!」
「熨斗」? 「熨斗」とか言った?!
っていうか、どうして私が妨害行為をすると??
「……お中元でもくれる気?」
そんな生ものなお中元なんていらないけど。
いやいや、そうじゃない。
何普通にぼけてんだ、私。
「欲しいならくれて……は?」
「いえ、失礼。気にしないでください」
話を戻そう。
この姫は、結婚を嫌がって国を出奔してきた。そして、その出奔先にこの国を選んだ。つまり、そういう話だったはずだ。
そして、こちらの返答は当然お断りだ。
話はそれで終わるはず。
はず……。
「あんたもしかして『ファンロマ』ユザー?!」
「……。何のことでしょう」
心の中じゃ驚愕半分確信半分だけど、関わっちゃいけない。
通称『ファンロマ』、正式名称『ファンタスティック ロマンス』。そう、この世界を舞台にした乙女ゲームである。まぁ、ゲーム名なんてどうでもいい。
というか、やっぱり「ユーザー」なんていう言葉を知っているということは。
「すごいっ お仲間がいるなんて思わなかった。だったら話が早いわ! コンプリートしているけど、好みのキャラはいなかったのよ! しかも、現実に会うとうざい奴らばっかなのよっ あんな奴らと結婚するくらいなら農民に身を落としたって構わないのよ! 贅沢な暮らしなんて捨てたってかまわないのっ」
「だったら、私が置かれている状況も知っているでしょう!」
思わず叫んでしまった。
叫んでから、メイアリア姫が指摘するように自分が転生者だと認める発言だったと後悔したが、本音は本音だ。
知っているのならそんな要求してくるな、と思うのはきっと間違っていない。
「こちとら食糧危機なのよ! 恋愛じゃ飯は食えないのよ! わざわざあんたの妨害しに行ったところで、餓死者回避には何の関係もないじゃない! あんたに構っている暇はないのっ 結婚が嫌なら自力で回避して来いっ」
一気に叫んでから、斜め後ろに控えていたアリウムを振り返る。
髪が降り乱れているのがわかったが、そんなもの後で直せばいい。
「メイアリア姫がお帰りですっ つまみ出しなさい!」
賓客でもなんでもない。
それに、アリウムがわざわざ来賓室を選んだということはメイアリア姫が来城したことを知っているのは、ごく少数に限られているということ。追い出したって構わない、すぐにこの事実は揉み消せる。なかったことにできる。
白昼夢だと思いたい。
こんな気分の悪い夢も早々ないだろうけど。
驚いたように目を見開いたアリウムだったが、すぐに肯いてメイアリア姫を扉へと促した。さすがに他国の姫だから手荒にはできないのだろうが、自分の主からの命令に背く人物ではない。
「姫、どうぞこちらへ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! アルティメーアが食糧危機なのはよく知ってるわよっ 設定資料集もファンディスクも持ってるんだから! でも、でもね……!!」
抗う様子に一瞥したが、関わりたくない。
メイアリア姫がこの部屋から出ないというのなら、自分が出ていくまでだ。
無視するように、自分が扉へ向かおうとした背にかけられた叫び声に、思わず足を止めた。
「あたし、前世は農家の娘だったのよ! 農作物の事なら、多少ならわかるわよ!」
これは、悪魔のささやきだったのか。
普通のサラリーマンの家の生れた前世の知識ではどうにもならない分野は数多い。広く浅くという知識のつけ方しかしていない現世の知識も、専門的なことまではわからない。
役に立つかもしれない。
藁にもすがりたい気持ちが、天秤を逆に傾かせた。
「…………。わかりました」
言った直後から後悔し始めたけれど。