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魔王の城  作者: 宮丘 侑
1/9

1 嵐の前

「魔王、出てこい! 今こそ我が倒して見せるっ」


 城内に響き渡った男の声に、玉座に座る少女はげんなりとため息をついた。

 全く、どいつもこいつも。

 手元の書類から視線を外さず、近くにいた腹心に、もう何度目かになる同じ言葉を口にした。

「……いつものように」

「……はっ」

 とたんに、がたんっ と城内のどこかで大きな歯車が回りだす音がする。同時に、悲鳴が上がり、間延びしながらどこかへ消えていった。

 いい加減、相手をするのも面倒だと作ったからくりは、毎日フル稼働だ。

「それで、この間の嵐の被害状況は?」

「こちらにまとめてあります。資料をご覧ください」

 そんな騒動もBGM代わりにもならないと、渡された書類を読みだした少女の脳裏には、先ほどの男のことなど微塵も残っていなかった。




 なんでこんな事態になっているのだと自問したのは数百回。夢ではないかと眠り、毎朝起きるたびに落胆すること数千回。

 すでに自問するのも面倒になったのは何年前だったか。とにかく目の前にやらなければならないことが山積みにされていて、それに追われる羽目になったからだ。

 誰が、前世の記憶に悩んでいますといえようか。何かの病気かとベッドに縛り付けられたうえに、研究府のマッドサイエンティストたちの餌食になるのがオチだ。実験動物は御免こうむりたい。


 ここは、アルティメーアという魔族の国。わかりやすく言えば、“前世では乙女ゲームだったんだよ~”なんていう展開の世界にある国だ。しかも、“悪役に転生してしまいました”なんて言う、これまたどこかでよく聞いた状況に置かれている。

 果たして一体誰からこんな設定が生まれて蔓延したのかは知らないが、とにかく今の自分は悪役の魔王の娘で、そして現在、世界漫遊、遅すぎる新婚旅行、などとわけのわからないことを言って出奔した両親に変わって魔王代理をしている。

 魔王の娘自身になってみてわかる。悪役を設定されていた彼女は、結構大変な状況に置かれていて、かなりの努力をしていたのだ。ゲームの設定とはいえ、同じ状況下におかれて彼女の偉大さを知った。


 閑話休題。

 ゲームの設定だのどうのは、結構どうでもいい。いいわけではないが、だからと言って、この状況が変わってくれるわけではない。

 この書類の山が消えてなくなってくれるわけではないのだ。





「だいぶ被害が出ているな。今年の収穫量にはかなりの打撃が出たはずだ。試算はできているか」

「はい、普段の半分がいいところでしょう」

 まずい。

 非常にまずい。

「国庫にはどれくらいの備蓄があったんだったか」

「国民の四分の一をまかなえる程度には。しかし、それでは」

「圧倒的に足りない、か」

 ああ、そういえば魔王の娘はティラティス王国を目の敵にしていた設定だ。なるほど、うなずける。

 魔王討伐などと、こちらは全くあの王国に手を出していないのに攻め込んできて国土を踏み荒らされたのが春先のこと。畑も田んぼもかなりの数が壊滅し、森の一部は焼き払われた。それがなければ、国庫を開放すれば何とかなったはずだ。

 そもそも、なぜティラティス王国はいきなり魔王討伐などと言い出したのか。

 アルティメーア側からは、何もしていないはずだというのに。

 ああ、しかしその原因を追究したところで食糧不足が解消されるわけではない。とにかく、食糧不足を何とかしなければ。

 ………せっかくなら、こういう状況こそゲームの知識なるものを活用したかったところだ。しかし、魔王の娘はこの状況打破に失敗している。全く、ゲーム会社もどんな設定にしてくれたんだか。まぁ、魔王の娘が攻略対象と接触するきっかけが欲しかったんだろうが。

 そのきっかけ通りにしてやる気は全くない。

 恋愛じゃ飯は食えないんだ。

「研究府へ連絡。午後イチで伺う、と」

「は」

 現実は甘くない。できることなら、甘いものがその辺に転がっていてほしいが、それは期待するだけ無駄な話だ。

 探そうとすれば、それだけ時間等労力が無駄になる。

 そんな食えないもの、いらない。

 そう、とにかく国民を食わせなければ。

「それと、国境警備強化の準備はどこまで進んでいる」

「8割がた、終わっております」

「遅い、3日以内に全て終わらせるように警備府へ通達」

「了解しました」

 何かトラブルがあったのか。いや、あの部署は未だに自分を侮っている節がある。わざと遅らせている可能性があるのだから、内政もままならない。

 今の現状をちゃんと把握しているのだろうか。

 復興の最前線に立っているのも、警備府のはずなのだが。

 直接行って話をつける必要があるのか。

 面倒な連中だ。

 城内に、魔王討伐だのという戯言を吐く輩が侵入する程度なら、さっさと追い出してしまえるし、被害にあうのだとしても自分だけなので構わないのだが、復旧に後れを出すのはいただけない。事は、国の存在自体にもかかわるのだ。

 頭が痛い。

「他に、報告は?」

「内政に関することは以上です。外政に関してですが、近くティラティス王国の第一王女が婚約者候補を集めるのだとか」

 ああ、あのゲームがやっと始まるのか。

 結構どうでもいいけど。

 向こうが仕掛けてこない限り、こちらから何かする気はないし、する余裕もない。

「結婚するなら、喜ばしいことだろう。祝電でも打っておくか?」

「他の国と同盟でも結ばれて、万が一、攻め込まれたら厄介です」

「…………。妨害して来いと?」

 なるほど。ゲームの魔王の娘は、これで唆されたのか。同時に復讐してやろうと思ったのかもしれない。

 だが、残念ながら私には興味がない話だ。

「そういうのは手が空いている奴にやらせろ。夢魔だの淫魔だの、吸血鬼でもいい。適格者がいるだろう」

「打診しては見ますが」

 わかっている。

 奴らは気まぐれだ。権力に頭を下げるものの、形だけ。自分たちの住処の平穏を守るためだけのパフォーマンスでしかないのだから、王家からの通達だと言っても二つ返事でうなずくとは思えない。

 やってくれると助かるんだけど。

 やらないなら、この件は棚上げして放っておこう。もし、腹心の危惧通りにどこかと同盟でも結んで攻め込まれたら厄介ではあるが、今の魔界の舵を握っている自分がわざわざ出向けるほど、この国は平穏ではないのだ。

「では、報告を待つ。……もう、お昼にしていい?」

「午前中の政務、ご苦労様でした」

「はい、アリウムもお疲れ様でした」

 口調を戻して、やれやれと王座から立ち上がると大きく伸びをする。

 もともと、こういう儀礼的なことも大っ嫌いだし、そもそもが末っ子なのだ。政務に関わる事はなかった。

 こんな事態でなければ、王座に座ることもなかったはずなのだ。

 こんなことなら、姉たちのようにさっさと結婚相手でも見繕って城を出てしまえばよかったと思っても、後の祭り。

 放浪癖のある兄は問題外だが。

「今日のお昼は?」

「若鳥の香草焼きだそうですよ、よかったですね」

 前世の記憶を取り戻した後、この国では普通に出される蝙蝠の丸焼きを見て卒倒してから、一番嫌いな料理になってしまった。白く濁った目がこちらを向いていたのだ。それまでよく平気で食べていたものである。

 だが、うちの料理人は甘くなく、好き嫌いはダメですよと、よくメニューに入れてくる。

 本当に、勘弁してほしい。

 元日本人には、蝙蝠の丸焼きなど異国の料理で、お目にかかったことなどないのだ。

 だから、肉料理が鳥や豚だとホッとする。

「アリウムも一緒にどう?」

「まだ、書類整理が残っていますので。私は、あとで」

「そう、残念ね」

 勤勉な腹心はひと段落つくまで食事をしない。頼れる存在ではあるが、もともとは幼馴染。そっけない態度は、ちょっと傷つく。

「午後のお茶くらいは一緒にできない、アリー?」

「……。わかった、調整する。リーナ、何かあったのか?」

 久しぶりに愛称で呼んだのが気になったのか、アリウムもまた愛称で返してきた。主従としてではなく、幼馴染として接するときの切り替えのために愛称を使っているからこそ、疑問に思ったのだろう。

 成人してからは、愛称を使うのはよほどのことがない限りしてこなかった。

「うん、疲れちゃった」

「リーナ……。それでも、お前が魔王代理だ」

「わかってるわよ。でも、肩の力を抜く時間くらい頂戴」

 わかっていなければ、王座に座ったりしない。国政にかかわったりしない。

 だけど……。

 おかしいなぁ、どっかの有力者に嫁いで有閑夫人になるなんて言う、一国の姫としてはごくごく普通に手に入れられそうな将来を思い描いていたはずなのに。

 なんで、王座に座ってなきゃいけないのよ。

「そうだな、息抜きは必要だ」

「ありがとう、アリー」

 今のところ、気の置けない相手は家族とアリーくらいだ。そして、この状況を共有してくれるのは、アリーだけ。

 だから、愚痴に付き合ってもらおう、そうしたら少しは気が晴れるかもしれない。

 そんな風に思って、午後の政務を乗り切るつもりでいた。


 まさかの嵐が、この直後に到来することも知らず。


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