槍撃士-ランサー
男は絶望していた。神を呪っていた。
雨が降っていた。
病室の前に立つと、思いっきり頭の中を空っぽにして笑顔を作った。そして病室の扉をあける。
そこには少女がいた。男に気が付くと嬉しそうに笑った。
男は背中に隠したプレゼントを取り出した。丁寧にラッピングされた大きな袋を渡すと、妹は嬉しそうに包装をはがした。中からペロータのぬいぐるみを取り出すと、妹は無邪気な笑顔で喜んでくれた。
男は、あることないこと、楽しそうな話題ならなんでも話した。
妹の前では精一杯、馬鹿で明るい兄を演じていたい。
悲しみの片鱗を1mmでも見せてはいけない。むりな笑顔を作っていると、妹は言った。
「なんでお兄ちゃん、泣きながら笑っているの?」
男は慌てて顔を拭くと、なんでもないよ、また来るからな、と言い残し慌てて病室を後にした。
雨は、さっきよりも強く降っていた。
妹の命は後一年しかもたない。
ただし莫大な資金があれば、細胞から臓器が複製できる。
世界は残酷だ。
そんな金を手に入れることは事実上、不可能だ。
この国では命さえ値踏みされる。
それでも、今は一カ月先の入院費用を払うために、やらなければならないことがある。
男と彼女は血は血ながっていなかった。それでも唯一の肉親だった。絶対に見すてたりはしない、男はあらためてそう誓う。
コンクリートの殺風景な部屋にあるのはベッドだけだ。
時間が来た。ヘッドセットを装着する。
世界が、変わっていく。
血のような赤、伸びた長い髪。壊れそうなほど繊細で、工芸品のような洗練されたその槍は、まるで男の生き方を表しているようだった。
何もない控室は、何処か現実の彼の部屋を想わせた。これから始まる惨劇を前にしているにもかかわらず、男の心はひどく穏やかだった。
しだいに観客たちの声が大きくなっていく。熱狂する観客の感情は、白熱しているように見えるが、その裏側に潜んでいるのは、冷徹さと残虐さ、人間の本性だった。
熱狂は絶頂に達する。興奮の坩堝。
男は槍を強く握りしめると、立ち上がった。
そこはゲーム空間に存在する違法な地下闘技場だった。