表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/72

槍撃士-ランサー

 男は絶望していた。神を呪っていた。

 雨が降っていた。

 病室の前に立つと、思いっきり頭の中を空っぽにして笑顔を作った。そして病室の扉をあける。

 そこには少女がいた。男に気が付くと嬉しそうに笑った。

 男は背中に隠したプレゼントを取り出した。丁寧にラッピングされた大きな袋を渡すと、妹は嬉しそうに包装をはがした。中からペロータのぬいぐるみを取り出すと、妹は無邪気な笑顔で喜んでくれた。

 男は、あることないこと、楽しそうな話題ならなんでも話した。

 妹の前では精一杯、馬鹿で明るい兄を演じていたい。

 悲しみの片鱗を1mmでも見せてはいけない。むりな笑顔を作っていると、妹は言った。

「なんでお兄ちゃん、泣きながら笑っているの?」

 男は慌てて顔を拭くと、なんでもないよ、また来るからな、と言い残し慌てて病室を後にした。

 

 雨は、さっきよりも強く降っていた。

 妹の命は後一年しかもたない。

 ただし莫大な資金があれば、細胞から臓器が複製できる。

 世界は残酷だ。

 そんな金を手に入れることは事実上、不可能だ。

 この国では命さえ値踏みされる。


 それでも、今は一カ月先の入院費用を払うために、やらなければならないことがある。

 男と彼女は血は血ながっていなかった。それでも唯一の肉親だった。絶対に見すてたりはしない、男はあらためてそう誓う。

 コンクリートの殺風景な部屋にあるのはベッドだけだ。

 時間が来た。ヘッドセットを装着する。

 

 世界が、変わっていく。

 血のような赤、伸びた長い髪。壊れそうなほど繊細で、工芸品のような洗練されたその槍は、まるで男の生き方を表しているようだった。

 何もない控室は、何処か現実の彼の部屋を想わせた。これから始まる惨劇を前にしているにもかかわらず、男の心はひどく穏やかだった。

 しだいに観客たちの声が大きくなっていく。熱狂する観客の感情は、白熱しているように見えるが、その裏側に潜んでいるのは、冷徹さと残虐さ、人間の本性だった。

 熱狂は絶頂に達する。興奮の坩堝。

 男は槍を強く握りしめると、立ち上がった。

 そこはゲーム空間に存在する違法な地下闘技場アレーナ・ディ・ヴェローナだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ