地下闘技場ーウォーロック
アレーナの中からは外が見えない。
暗黒の中に漠然とフィールドが浮いているように存在する。
そこには必要最低限のギミックが備えられている。
壁、壕、アイテムが封じられている古代ローマの彫刻を模した彫刻が、そこかしこにランダムに設置されている。
この戦いはゲリラ的に開始された。
本来であれば、広報部はあらかじめ莫大な予算をさいて宣伝を行い、絶大な集客が望めたはずだった。
なにせ、今日の挑戦者はこの世界の王といわれたプレイヤー。ウォーロックその者なのだから。
何故そんな重要な戦いを何の宣伝もなく始めるのか。
それは主催者である栄仁が、誰よりもこの世界を愛し、この戦いを見たいからだ。日程を伸ばして、気が変わったなどと言われるのはもっての外だ。
そして何よりも、あの生意気な男が自分の前で、命乞いをするところが見たいからだ。
そのためなら、いくら損をしようと関係は無い。
金など捨てるほどあった。
しかし、胸が高鳴るような興奮や感動は、ここでしか味わうことが出来ない。
ロンレンはプレイヤーとしての腕など、まるで無い。しかし彼を取り巻く状況は紛れもない絶対者であり、ある意味では、ウォーロックとこの二人は似たもの同士なのだろう。
強さ故に心が枯れかけた存在。
しかしウォーロックは違った。
銀鎧との戦いで「何か」が変わった。
心が、動きだした。
ゲリラ的に開始されたこの戦いは、始まりはとても静かだった。
当然。
敵など、まだ誰一人いない。
あるのは静寂だけだった。
ウォーロックはこの静寂を心地よく思った。
まるでオーケストラの演奏が始まるのを待っているような、静かな高揚を覚えた。
そして、それは突然に始まる。
フィールドに一人。
また一人と、プレイヤーが召喚せれていく。
バトル・ロワイアルルール。
それは文字通り、出場者全員が敵同士で戦い、最後に残った者だけが勝者になるルール。
情報を得た者の大半がそれは、嘘かデマカセか、または何かのイベントだと思っただろう。
この段階では実際にフィールドに参加した者でさえも、相手がウォーロック自身だとは思ってもいなかった。
十数人か、数十人かは不明だったがフィールドにある程度のプレイヤーが召喚され、ウォーロックに見えるプレイヤーを認識し始めたそのときだった。
ウォーロックはまるでショータイムだと言わんばかりに、指を鳴らした。
刹那、フィールド上のたった数人を除いたプレイヤーが全員、青い業火に全身を包まれ炎上した。
そこかしこで悲鳴が上がる。
アレーナ始まって以来の瞬間的な大虐殺となった。
召喚された直後は公正な戦いを期すために、一定時間の無敵時間と攻撃制限が用意されている。
結果フィールドに残ったのはその一部の召喚後、間もないプレイヤーだけが残った。
彼らは何とかして、状況を立て直そうと、隠れ場所を探し、身を潜めるがそれも虚しく、その場で全身が炎上した。
ウォーロックの魔法発動は詠唱がない。タイムラグが無い上に無尽蔵の力を持つ。遠距離の相手に対する攻撃は視認とそれによる予測で補うことができる。一度見つかれば終わりということだ。
ついでに言えば、魔法発動の際に指を鳴らす動作は必要はない。この試合を面白くするためのエッセンスにすぎない。
ウォーロックにとってこれはファンファーレだ。
少々やりすぎだったのか、ここで一旦参加者は途切れてしまう。
しかし、ここまですれば自身が偽物などではなく、正真正銘のウォーロックだと閲覧者は信じただろう。
ここから、ゲームは加速度的に進行する。未だかつてない速度で参加者が増加していく。
参加するたびに、そこかしこで業火で焼かれていく。
召喚と消失が繰り返され、未曾有の虐殺が続く。そして未だかつてない情報量にサーバーの処理能力が追いつけずに、プレイヤーに遅延が発生し始める。
しかし遅延という現象は先に参加したプレイヤーを優先的に処理が行われ、後から参加したプレイヤーに対し発生する。
これもまたウォーロックに対し有利に働き、いまだウォーロックに傷はおろか指一本触れることすら出来ていない。
これこそが、最強の異名を持つ者の力。
事実上、覆すことの出来ない力の差。
油断や慢心があったとはいえ、それすらも超越してしまった、銀鎧の存在。
ここでもまたウォーロックはあのプレイヤーの影を追っていた。
次に戦うような事があれば、100%負けることなどない。いくらそう自負していても何故か、心の奥底では、また敗北するのではないかという、懸念を払拭できない。
それだけ、あの銀鎧の存在がウォーロックの中で大きくなっていた。
この時点でのアレーナでのバトルランクは既にAクラスに匹敵していた。
バトル・ロワイアルルールで参加の恩恵と言えた。如何に最強のプレイヤーだとしても、
試合数をこなさなければならない以上、時間がかかりすぎる。
特にウォーロックのような著名なプレイヤーはバトル・ロワイアルルールでの参加は通常は不可能だった。
アレーナ側にとって損害が大きいからだ。
だからこそ、バトル・ロワイアルルールをアレーナ側に飲ました功績は大きい。
このルールを提案したのも、あの銀鎧だった。
どこまで自分はヤツの掌で踊らされるのだろうか。それすらも、ウォーロックにとっては今では興味深く思えた。
そしてまた、プレイヤーが途絶えた。
圧倒的な戦力差で挑戦者が様子見を始めていた。
こうなるとウォーロックにとっては都合が悪い。
Sクラスになるまでは、この戦いを降りることはできないからだ。
バトル・ロワイアルルールはあくまでエキシビジョン。
客寄せに過ぎず、ここで降りてしまえば、賞金は目標金額にはるか遠い。
それでも、ゆうに一千万はくだらなかった。
だがその金額ではウォーロックとしてのプライドが許さない。
どうしたものか。
最悪、チャレンジャーへの賞金の上乗せか、自己の装備や能力を制限するハンディ戦を提案しなければならないだろう。
そんな時だった。戦況が変わる。
無数のプレイヤーがウォーロックの背後から襲いかかった。
しかしそこに、ウォーロックの姿はない。
転移魔法。
ウォーロックにのみ許された、上位魔法。
瞬間的に自己を別の場所に転移させるスキル。
攻撃が届くには一瞬反応がウォーロックのほうが早かった。
ウォーロックに襲いかかろうとしたプレイヤーを炎上させる。その瞬間、死角となっている右後方から無数の矢が飛んでくる。
寸前で魔法障壁を出現させ攻撃を防いだが、一本の矢だけは防ぎきれず、ウォーロックの頬をかすめた。
アレーナの観客たちから歓声があがる。
ゲームが始まって30分程度が経過し、初めてウォーロックに傷を負わせることに成功したプレイヤーが現れる。
ウォーロックはこの時、不審に思う。
先程、最後の召喚以降、プレイヤーが現れた痕跡はウォーロックの魔眼では認識できていない。ウォーロックの持つ魔眼はこの世界最高峰の魔眼だ。それで認識できない程の気配秘匿スキルを持つプレイヤーが偶然これだけ無数に現れることはありえない。
偶然ではないとすれば、人為的な何かだ。
ウォーロックに傷を追わせた弓兵を未だ、処理していなかったため、矢が止むタイミングで弓兵を炎上させる。
刹那、やはりというべきか死角となっている背後から剣士が襲ってきた。その剣撃を障壁で、いなしプレイヤーそのものを障壁で包み込み、身動きを封じる。そしてプレイヤーを観察してやっと異変に気がつく。
このプレイヤーは今しがた、ウォーロックに襲いかかってきたプレイヤーだった。
確かにこの手で、燃やし尽くしたはずだった。
それが何故、まだ戦うことができる?
耐久系のスキルか?
未知の自己修復系のスキルか?
同じ姿のプレイヤーが複数で撹乱しながら戦闘仕掛けている?
情報がまだ足りないな。
だが、先程から、こちらの攻撃のタイミングに合わせて奇襲を仕掛けている「何者」かが確実に存在する。
これは別々のプレイヤーではなく、一人のプレイヤーが命令を出していると見たほうがいい。
そして気配が無いのではなく、ウォーロックがいる地点に直接プレイヤーが現れていると見たほうがいい。
転送ができるのか?
この「何者」かは、こちらの動きを計算して、最適に攻撃を仕掛けている。
動く度に攻撃か――まるでチェスだな。
一体、一体が雑魚だとしても、一方的に奇襲を掛けられ続ければ、時間はかかるが最終的にはこちらが不利だ。
ウォーロックが思考を巡らせていると、ウォーロックを魔術の炎が包み込んだ。
魔法障壁を展開していたためダメージは無い、しかし炎のような継続ダメージは魔法障壁の消耗が早い。転移を余儀なくされる。
勿論移動した先では奇襲が起きる。
そこまでは想定していた。しかし今回の奇襲は左右からの同時攻撃だった。
左からの奇襲への対応が遅れ、剣士の斬撃を受ける。
アレーナの観客がどよめく。
ウォーロックは特段致命傷は負っていなかった。
しかし、これは素人目に見たとしてもウォーロックが押されている。
おそらく魔法攻撃の発動と同時に、次の奇襲を仕掛けてくるだろう。
今は全方位の魔法防御で一時を凌ぐ。
すると今度は背後から無数の矢を受ける。
選択を誤る度に奇襲が増える。
どうやら敵の思うつぼにはまっているようだ。
先程背後に意識をやった直後から前方からも矢が放たれている。
魔法障壁の耐久性を試しているのか?
敵はこちらが、攻撃・防御・移動のどこで隙が生じるかも試している。
こちらが防戦になると、四方から援軍が集まる、次第に周囲の敵の数が増えていく。
保って魔法障壁の耐久時間は十秒程度か。
次の手をうたなければならない。
このときになって、ウォーロックは、また自分が慢心から窮地に陥っていることに気がついた。
なぜなら、自分の周囲を取り囲み攻撃を仕掛けているこのプレイヤーは全て一度は撃破したプレイヤーだと気がついたからだ。
そういうことか。
ウォーロックはやっと状況を冷静に判断できるようになった。
今戦っている相手は間違いなく、復活系のスキルの使い手。
そこまで特殊なスキルであれば間違いなくオリジナルスキル。十三の極端と見て間違いはない。
つまり、自分が考え無しに、辺り一帯に出現した敵全てを燃やし尽くしたことが全ての現況だった。それが原因でどこからでも死兵が出現可能な状況を作り出してしまった。
そしてこの詰め方。
知っている。
まさか自分でスカウトした相手にここまで悩まされるとは。
敵が判明すれば戦い方を選べばいい。
通話機能を選択し、電話帳から名前を選ぶ。
「まさか、こんなところで盤上の悪魔とお会いするとは思いませんでしたよ」
「気づくのが、遅いのよ」
魔導障壁は予め出現させ、そのあとで転移をする。そしてそこから目ぼしいエリアを想定する。
相手に出現場所を知られるが、防御をしながら移動及び攻撃が可能になる。奇襲を受けながらでも行動ができる。
可能性のあるエリアに爆煙の魔術を施す。激しい衝撃音が通話越しにも伝わる。
「まさか、ネクロマンサーなどという都市伝説のようなプレイヤーが存在したことにも驚きでしたが、それがあなただったとはね」
「まさか私も、あなたがウォーロックだったとは思わなかったわ。まるで私の知っている彼と、あなたとでは性格が違うもの」
通話中も魔術の発動は怠らない。爆煙が上がる。
「気がついていたんですね。いつわかったんですか?」
「今、戦ってみてわかったわ。身振り話し方はよく真似ているけど、所詮は物真似ね」
「なるほど。するどいですね」
「あなたは優秀よ。演技は完璧。でもチェスが下手すぎるわ」
「そういうことですか」
「彼の打ち方じゃ無いのよ。彼、チェス。私《》・より強いのよ」
「ありえません。あなたは元グランドマスターじゃないですか」
「彼のプレイスタイルは私の嫌いな機械そっくりだったわ。私の生涯二度の敗北のうち一回はディープブルー。もう一回は神埼奏、あの男よ」
「それなら三度目の敗北は私にしてもらいましょう」
「はったりはポーカーでしてくれる?」
「これまで二回の爆発音を通話越しに聞いて、あなたの位置は把握しましたよ」
「そう。なら次は本物のチェスをしましょう。今度はちゃんと私にもクイーンのある公平なルールでね」
「それは私には不公平です」
――。
既に通話は切れていた。
激しさを増していた戦士たちの攻撃が止まる。
ネクロマンサーが降伏を選んだことが通知される。許可を選択する。
これまでも、この戦いで降伏を選んだ者には全て許可を選択した。
ウォーロックの行動はともかく目的は虐殺ではない。
アレーナ・ディ・ベローナは残虐だが、一定のルールは存在する。
相手が降伏を選び、通知された側が許可すれば降伏し、生きてでゲームを降りることができる。
ただ、大半の者は降伏を許可しない。
フィールドは、意識を失ったように立ち尽くす死兵だらけだった。
この死兵もクラスアップのカウントはおそらく適応されると踏んでいた。死兵を倒した際にコンボボーナスが発生したからだ。再度、フィールド上の死兵を焼き払えばクラスSになれるだろう。
手をかざし、炎の魔術でフィールド上を焼き払おうとした。
同時にウォーロックは右腕に強烈な熱い感覚を覚えた。




