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因果‐Cause and effect

 夕方の4時20分。音楽室にて君を待つ。

 そう書かれた手紙が、僕の下駄箱に入っていた。

 せっかくつけたヘッドホンを僕は、はずした。

 そして、すぐさま周囲を確認した。これはよくある、古典的なあれだ。悪戯だ。そうに違いない。そう思いながらも僕は胸を高ぶらせながら、宛名を見る。

 それを見て僕は、がっくりと肩を下ろす。そこには一学年上の、学園一の美少女の名前が添えられていた。

 繊細で綺麗で、どこか筆圧の薄い文字だった。

 間違いない。悪戯だ。

 もう胸の高鳴りは治まっていた。

 呼ばれたからには、行ってみよう。行って、誰がこんなことをしたのか確認してやる。場合によっては締め上げよう。

 僕はゲームを始めてから、良い意味でも、悪い意味でも少し、鈍感になった。

 きっとこれまでが敏感すぎたのかもしれない。

 だから必要にせまられれば、殴るかもしれない。

 今までなら、そんな風には考えなかったと思う。

 あの二人の好戦的な性格が少し、うつったのかもしれない。

 それにしても、4時20分って随分細かい時間を指定をしてきたな。

 外からは何部かは、わからないけど練習する声が聞こえてくる。

 オレンジの夕暮れだった。校舎の中にはもう人は数えるほどしかいないだろう。通りがかった教室にはもう誰もいなかった。

 階段を登っていると、ピアノの音が聞こえてきた。

 美しい音色、旋律、癖のあるタッチ。僕はこの音色を知っている。

 この音色は、あの男のものだ。

 僕は激しい動悸に襲われた。いるわけがない。でも、何故か僕はその扉を前にして、しばらく立ち尽くした。

 そして、その扉を開けるべきかどうか思い悩んだ。

 突然、がらりと扉が現れた。そこには先輩がいた。学園一の美少女がいた。

「盗み聞きなんて趣味が悪いぞ」

 僕はてっきり、悪戯かと思っていたから、呆気にとられてしまった。僕は彼女と、これまでに一言だって、かわしたことがなかったから。

「君、すごい顔してるよ。そんなに驚いた。」

 そう言って彼女はしばらく笑っていた。

「驚いた?」

「はい」

 それはもう、驚いた。本当に先輩がいたこと、先輩がピアノを弾けたこと。

 先輩はおもむろにピアノの椅子をひいた。

「君も弾いてみてよ」

 体が少しこわばる。

「僕は、弾けません」

「どうして?本当はすっごく上手なのに?」

「そんなこと、ありません」

 僕がピアノを弾けることを知っている人間はこの学校にはいないはずだった。

「神埼湊に負けたからやめたの?」

「なんでその名前を知ってるんですか?」

「なんでも知っているよ。君のことなら」

「なんで、僕なんかの」

「興味があるから」

 先輩はぐっと顔を近づけた。

 僕はその距離感に耐え切れず、慌てて振り返る。

 もしかしたら、先輩は僕をからかおうとしているのかもしれない、と少し思った。


 あの日のことは今でも覚えている。あの日、僕は逃げだした。


 それから僕は人前で話しができなくなった。

 その後しばらくして学級会の発表会があった。僕は皆の前で嘔吐した。それからイジメが始まった。長くつらい日々だった。悪いのは全部僕だ。

 何かを変えようと思って、県外の僕を誰も知らない学校に入学した。

 そう思っていた。でも違った。

 カーテンの隙間からオレンジの夕日が差し込む。

 先輩は言った。

「神埼湊は天才だった。でもそれだけだよ。君は違うでしょ?」

「僕は天才ではないですから」

「そうじゃなくて、君には君のいいところがあるじゃないか」

 そういって先輩は僕のおでこをつんとした。

「さぁ。弾いてみてよ」

 なんて不思議な人なのだろう。思わず、僕は、その座席に座っていた。

 何年振りだろう。鍵盤の前に座るなんて。

 ゆっくりと、手を鍵盤に伸ばす。でも、駄目だった。

 神埼湊を知っている人間の前では、尚更無理だった。

「ごめんね。いじわるだったね。おいで」

 彼女はおもむろに窓の方に行くとカーテンを開けた。普段は荷物があって開けることのできない場所だった。

「見て。綺麗。ここはね私の一番のお気に入りなの。他の人は誰も知らない。世界はこんなにも美しいのに、私たちは汚れてる」

「詩的ですね」

「へへ。ありがと」

 先輩は飲んでいたスプライタを僕に手渡した。

「お腹一杯になっちゃった。それ、あげる」

 あれ、これ、いいのか。噂に聞く間接キスなんじゃないのか。これ、あれ。

 先輩は言った。

「好きな人とかいる?」

「いません。先輩はいるんですか?」

「私は秘密」

 意味深な沈黙の後先輩は言った。

「君、私のことどう思う?」

「どうって、言われても」

「だから、女の子として、どう思う?」

「か、かわいいと、思います」

「じゃぁ。しよっか。デュエル」

 我ながら恥ずかしかった。よくない想像をしてしまった。いや。今何て言った!?

「えッ!?」

「もし、私に勝てたら、私を自由にしていいよ」

「えッ!?」

「君、シュライバーでしょ?」

「いや!ちが、いませんけど?」

 誰だ?リリィか?アイリスか?でも、いくらなんでもどっちも違うだろ。そもそもなんでわかるんだ?

「あれ、もしかしてヘッドセット持ってきてない?」

「今は、さすがに」

「じゃぁ、今日の夜8時に王都の教会に集合ね」

※設定資料(読まなくても支障無)

「魔術史」


 この世界が創られたとき、肥沃な大地と、濃密な大気、生命の可能性を秘めた水、燃え盛る炎、天を裂く稲妻。大別してこれらの要素が上手く溶け合い、生物が生まれた。

 この五大要素は魔術においても重要な要素であり、エレメントと呼ばれる。これらを理解することはやがて、その力を支配することにつながる。だが、ある種族が生まれたと同時に、この要素にさらに、もう二種類の要素が追加された。

 かつて、様々な支配者がこの地を支配していた。それは時に、巨大な爬虫類であったり、巨大な哺乳類であったり、可能性でいえば昆虫であったかもしれないが、最も栄えたその生物は霊長類から進化した人類だった。

 体は小さく脆く、鋭い牙や爪を持たない。だが、独自の進化をしたことで他の種族が手に入れることができなかった、あるものを手に入れた。

 知性である。

 脆ければそれを補う鎧を造り、爪がなければ剣を造った。

 有り余る力は他の種族を滅ぼすに至り、やがては互いに争うようになった。争いは争いを呼び、大きさを増した。

 争いは憎しみを呼び、憎しみから「闇」が生まれた。

 それとは対象的に、憎しみが深ければ深いほど互いを想う愛情と希望が深まった。深い希望からは「光」が生まれた。

 人類の誕生と共に闇と光が生まれた。

「魔術史の創世」第一章、一項、一節から抜粋。


 魔術教会のライブラリーにはまだ数冊の蔵書しかない。だがその一冊一冊は途方もなく分厚く、それを読破したものは数えるほどしかいない。

 そのうちの一人が、この本の執筆者で、そのうちのもう一人がここにいる、ある男だった。

 執筆者曰く、魔術を会得するには、一つ分の言語の習得と、物理に関する理解と、その物理を理解する程度の労力を

払えば誰でもその魔術師になれると説いた。

 誰でもその労力を支払えるわけではないため。それはつまり、誰でも魔術士になれるわけではない事を指していた。

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