黄金騎士-スペンダー
ソレは、肉体を変異した黒い肉が覆い尽くし、かろうじて人の姿をしていた。
闇の混沌が肉体を得たような存在。
意識を持たず、一切の感情もなく、ただ単純な命令にのみ従う哀れな存在。
ただ破壊することだけが本能で、存在の理由。
未完成な研究の末できたキメラ化の秘薬を投与されたダークエルフ達の成れの果てだった。セオドルフ側についた戦士たちはソレを亡者と呼んだ。
尊厳を捨てることで、得たものは高い生命力と戦闘能力。
ダークエルフとして元来持っていた高い、魔力を動力源として、肉体を強化し、切れた腕を、もげた足を、さらに頭ですらも再生させることができる。
倒すには完膚無きまでまでに破壊しつくすか、あるいは聖属性の武器を用いて浄化する必要がある。
錬金術師の猛攻により前線を崩された亡者は狙いを別の戦士に定めた。
集まった戦士の中でも一際目立つ者がいた。
全身を黄金の鎧に身を包む騎士。
月夜のかすかな光を受けて尚、その黄金は輝いていた。
亡者達は、光に誘われるように、四肢で地を這う虫のような動きで黄金の騎士を取り囲むと、一斉に襲いかかった。
無数の牙が、爪が、刃が、騎士を蹂躙する。
為す術もなく、微塵に切り裂かれ、貪り食われてしまう、はずだった。
しかし一向にその気配はなく、ただ、硬い金属に攻撃の一切を弾かれる音だけが、あたりにこだました。
普通であれば、絶対絶命の危機だとか絶望の淵にでも立たされるのだろうが、ことソイツにかけては普通ではなかった。
あろうことか、笑い始めたのだ。
豪快な笑い方だった。
ソイツはいまだに両腕を組み、仁王立ちをしていた。
まるで一国の王のようですらある。
そして言った。
「まぁこんなものだろうな。この鎧は、貴重な黄金石を一万個、溶かし作られている。刃はおろか、竜の息吹ですらもろともしない。君たちのような貧乏人では一生かけても手に入れることができないほど高級品なのだからな」
そこにいる誰もが、その鎧の価値よりもその防御性能に驚いているなか、ソイツは鎧の高級さを誇示したことから、ソイツが少しずれているのだと伺えた。
その語られる内容とは裏腹に聞こえてきた声は、うら若き少女の声だった。
「そろそろいいかな?よく見ておくといい。私と君達とのレベルの差をな。好きなだけ讃えるといい。貧乏人どもよ」
黄金の騎士が背中の黄金の剣に手を掛けた瞬間に、鎧が可変する。攻撃時と防御時で形態が自動変化する代物だった。
重厚であった鎧のシルエットが彼女の細い体に沿うように可変していく。
頭部の鎧が収納されると、中から金髪の美少女の横顔が見て取れた。
黄金の剣を一薙ぎすると、周囲の亡者が一斉に粉微塵に粉砕される。その数はゆうに10体を超える。
それはあきらかに、剣の刀身を超えた攻撃範囲だった。
彼女の持つ剣の名は王剣。或魔の一つ。
振るうだけで、スキルが発動し、剣の刀身から聖属性の剣撃が放たれ、刀身が延長される。その攻撃はアウラを消耗しない。
「我ながら惚れ惚れするね。どうだい?おそれいっただろう。」
そしてまた彼女は笑い始めた。
彼女は世界で二番目の資産家の娘にして、13の極端の一人、浪撃士。その能力は無限財産。資金がMAXになり、さらにその資金が減少しない。もともと金に糸目を付けない彼女にとってこの能力は意味が、あるのか無いのかいまいち釈然としないが、それによって得られる彼女の総合戦闘能力はSクラスの戦士相当。それもすべて金の力。金で買った装備と常時発動の課金ブーストアイテムによる複数の補助効果によるものだ。ただし、戦士としてはズブの素人であるが。そんなことは彼女にとって些細なことにすぎない。
力こそ全て。そして力ですら、この世界では買うことが出来る。
騒ぎを聞きつけた増援が駆けつけ始めていた。
その中から周囲の亡者を踏み潰しながら進行してくる一体の巨兵の姿があった。
かつてダークエルフが鋳造した機械人形だった。
身の丈は5メートルを超え、装甲は戦車のように重厚。蒸気を噴出し、唸り声を上げ、巨岩の塊のような拳を浪撃士に向け打ち下ろす。
浪撃士は勝者の愉悦に浸る最中で敵の襲撃にまるで気がついていない。
激しい金属と金属同士の衝突音が周囲にこだました。
機械人形の鋼の拳は浪撃士の鎧の強度に負け、損傷し、地面に打ちつけられた。
「あいたた。やってくれるな木偶の坊。やられた分はやり返させてもらおう。」
浪撃士は王剣を振りかざし、スキルを発動する。
「私を見下ろすとはいい度胸だな。畏れよ。光ノ一撃」
王剣は見る者の目を容易く潰しそうなまでの輝きに包まれ、浪撃士が刀身を振るった瞬間に、空間が歪むほどの膨大な力を放出し、光の斬撃となり、大地をえぐり、機械人形はおろか、その背後にいた無数の亡者うら屠ってしまった。その数はゆうに100を超える。
あたりは黄金の情報片が雪のように舞い散っていた。
その黄金の鎧は自称、竜の息吹すらもろともせず、その黄金の剣撃は事実、竜の息吹に匹敵する。
浪撃士は王剣を地面に突き立て笑みを浮かべると言った。
「私を讃えよ」




