反撃-リソシエイション
冷たく燃える蒼い炎の柱。
それは一人の戦士の命の最後の輝きだった。
絶対者は孤独な優越の中それを漫然と、儚げに眺めている。
(これで終わりか。過ぎた期待だったな……)
それは慢心だったのかもしれない。
強者故に生じた一縷の隙だった。
その一瞬を彼は逃さない。
蒼き炎は戦士の形を留めたまま、流星の如く剣閃を放つ。
その刃は、一瞬の隙が生まれ、発動が遅れた魔術防壁を貫通し、あと数ミリで魔術王に届こうとする位置で静止していた。
激しく力が拮抗し、火花を散らした。
まだ、終わってはいない。
耐久という能力がある。
一定以上体力を保っているとき、体力の総量を超えるダメージを受けた場合、その残量を数値にして1ドット、残すことができる。
青い炎の中から、剣士が現れる。
魔術王の感情が熱く高ぶった。そして言った。
「素晴らしい。君ほど私の心を熱くさせたものはいない」
このとき魔術王はまだ自分が優位であると思っていた。
目の前の、しぶとい剣士は、ただの幸運な偶然が重なっただけの存在だと思っていた。
しかし、これがはただの、偶然などではなかった。
剣士は剣撃を放つ。無駄のない、最速の技を繋いでいく。
それらはすべて、分厚い魔術防壁によって防がれている。
魔術王は思った。このしぶとさ、そして往生際の悪さ、なんと面白き戦士なのだ、と。
剣撃は続く。呆れるほどに続く。
魔術防壁と刀身がぶつかり合い、周囲に力の火花が美しく散る。
このときになってやっと気がついた。
魔術王は自分が防御以外の行動を封じられていることを。
防御行動中はいかなる行動も、一度防御を解かない限り、発動しない。
攻撃は無論、移動すらできない。
魔術王はもう一つの異変に気がつく。
魔眼の解析によれば、この銀鎧の剣士の攻撃は《連撃成立》コンボとして加算されている。
現在のコンボ数は55。今も、その数を増やし続けている。
ありえないことだった。
連撃成立は攻撃が成功した場合にのみ繋がるはずだった。
通常、防御が成立している状態であれば、連撃成立は生じないはず。
しかし、それには例外が存在する。
連鎖報撃の能力を持つものは、防御中の攻撃も連撃成立に加算される。
そして次第に魔術防御壁に亀裂が生じていく。
それすらも、魔術王にとってすれば予想外だった。
如何に連鎖報撃で威力が高まったとしても、魔術王の魔術防御壁を消耗させるには、まだ足りない。
銀鎧の剣士に発動しているのは耐久ではない。その上位能力、起死回生。耐久の効果に加え、体力の数値が1以下であるとき、クリティカル発生率が70%に向上する。
連鎖報撃で1,5倍程度に向上した攻撃力、さらにクリティカル発生によりさらに2倍、黒剣の増幅効果で1,2倍、さらに連鎖報撃とは別に99連撃成立による連鎖報酬1,5倍が加わった場合、およそ発生するダメージ換算は5,4倍にまで達っする。
さらに発動までに時間の短いダメージの低い最短の連撃を繋ぎ、相手の自由を奪うと同時に、失われた力が充分な量の回復をしていた。
魔術王の消耗した魔術防御壁はどうあがいても、貫通する。
このとき、ついに自分が気づかぬうちに、敗北の危機が迫っていることを理解した。
この仮想世界に生まれ落ちて初めて感じる、焦燥感。
圧倒的支配者が感じることのない感情。
連撃の加算が99に達したそのとき、銀鎧の剣士はおもむろに剣を構えた。
銀鎧の剣士の周囲に力が集束していく。
真っ赤の力が猛り狂う。
銀鎧の剣士は複数の能力を持つが、その多くは攻撃用のものではなく、自己の能力の補助するためのものだ。しかしその一つ一つを重ね、積み上げることで、真の力を発揮する。
一般に補助能力は力の消耗が少なく、攻撃能力のほうが容量を食う。
故に彼は攻撃用の能力はこの一つしか持たない。
しかし、その一つは単一の技としてはそれほどの脅威ではない。ある程度の熟練度に達すれば、どんな剣士でも習得の可能な至極、ありふれた技だ。それは同時に、万人に使われる程の高い安定性を持つということでもある。
技の発動は容易く、立ち上がりが速く、失敗はない。
つまり、発動すれば確実にあたる。
魔術王は加速する意識の中で二つの選択を迫られた。
剣士は能力を発動させようとしている。この一瞬、最も発動の早い、雷撃を発動させれば、残り耐久力1のこの剣士を葬ることができる。
しかし、もしも、一瞬でも発動が遅れれば、この能力を真っ向から受けることになる。いや、もう既に、発動がおいつかないかもしれない。
それであれば、もう一度、魔術防御壁を展開しなおせば、攻撃を受けきれるはずだ。
そうだ。その後で、魔術を発動する隙はいくらでも生まれる。
ここは、魔術防御壁を展開し、技を受けきる。
銀鎧の剣士は唱える。
「速牙」
大気を切り裂くように、空間を歪めながら、圧倒的な赤き破壊の斬撃が、発現し直された蒼い魔術防御壁と激突する。
激しく二つの力がぶつかり合い、爆散し周囲に四散した。
周囲に蒸気が立ち込める。
その中に二つの影が存在する。
剣士と魔術師が対峙している。
魔術王の魔術防御壁は剣士の剣撃を受けきることはできずに崩壊した。
しかし、かろうじて、その肉体へのダメージは免れた。しかし魔術防御壁の使用にはクールダウンが必要だった。
もう一方の剣士は未だ剣を構えているが、その耐久力は残すところ、たったの1。
互いに、もう後はない。
次の一瞬で勝負がつく。
魔術王は落雷を放とうと、手を掲げる。
銀鎧の剣士は勝機を悟ったように構えを解いた。
強化が使えれば、まだ可能性があった。しかし、もう剣士には力が残されていない。
そして、非情にも一筋の閃光が貫いた。
魔術王は膝をついていた。困惑する。なぜ自分の胸が貫かれているのか、と。
謁見の間の、うずたかい王座へいたる階段に一人の弓撃士の姿があった。
魔術王はその光景を見てやっと理解した。
すべて計算されたこの戦いはすべてこの一撃のための布石だったということを。




