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真実と虚構-hypocrite or vain

 長い間、あの世界にいた。

 目が覚めると、酷い頭痛がする。人間、眠りすぎるのも体に毒だなと、つくづく思う。

 起きたときには金曜日の夕方だった。

 僕だけの症状かもしれないが、ゲームの後は寝不足のような身体状態が続く。

 寝すぎなのに、寝不足、困ったものだ。

 金曜日はいい。土曜日と、日曜日が始まる前日だ。一週間を頑張ってきた者に与えられる報酬のような時間だ。

 ただこの、世の中全体が浮かれているような雰囲気は苦手だ。だから外に出るのはやめよう。

 ひどく腹が減っていた。何か食べなければならない。

 Amazenで買っておいたカップラーメンを食べる。たまに食べる分には美味いと思う。だけどこう連日食べ続けると、舌がおかしくなってくる。このままだと体に悪いので、野菜ジュースを飲む。これできっと大丈夫だろう。バランスは取れているはずだ。

 部屋は雑多に散らかっている。ゲーム雑誌とクラシック音楽の雑誌が広がっていた。

 一昔前のゲームを続けた後には目と頭を休めるために、眠るのが一番だった、らしい。ただ、このゲームに関して言えば、これ以上眠る訳にもいかない。どうしたものか。

 しばらく、パソコンでゲームの情報収集を行った。最新の戦術から、おすすめ装備情報や、スキルコンボ、レアアイテムの価格変動表に目を通す。あらかた見終えて、遂にやることが無くなった。

 チェアーの腰かけがいっぱいまで曲がる程背伸びをしてからもう一度、パソコンの画面に目を向けると一通のメールが届いていた。

 差出人はユミルと記載されていた。

「会って話をしませんか」

 こう書かれていた。

 率直に言えば困惑していた。

 何故、と思った。

 何故今日なのか、何故僕なのか、何故直接会う必要があるのか。

 考えてもわからなかった。

 応じるべきか、応じないべきか。

 金曜日の夜7時。渋谷は多くの人でごった返していた。

 結局来てしまった。

 どこを見ても人だらけだ。

 できればこんなところからは一刻も早く帰りたい。全方位から喧騒が迫ってくる。頭が割れそうだと思った。

 首にかけていたヘッドホンを頭につけた。

 ハチ公像の前で集合ということだった。しかし像の周りには多くの人が待ち合わせに来ていた。

 どれがユミルなのかは、とてもわからない。

 あっちの世界であんな可愛らしい見た目をしていても、どうせこっちの世界では、きっとおっさんだ。

 僕は彼女から、いや彼か?まぁどっちでもいいが、連絡を待った。

「制服を着ています。目印に白色のヘッドホンをしています。声をかけてもらってもいいですか」

 制服?おっさんじゃぁないのか?なんでまた僕が声をかける側なんだ。

 むしろ、あっちから声をかけてくれればいいものを。

 制服を着ている人は何人もいるが、ヘッドホンをしているのは、一人、坊主頭の野球部っぽいやつが一人。こいつがユミルなのか?趣味の悪い奴だ。確かに、これだけギャップがあったら、自分からは声をかけづらいかもしれない。しょうがない、声をかけてやるか。そう思った矢先に彼は手を振って待ち合わせに来たであろうギャル風の女子高生の元へ行ってしまった。うらやましい奴だ。爆発してしまえ。そしてその影から、制服姿で、白色のヘッドホンをした素朴な少女が現れた。どこか不安そうな表情をしている。

 坊主の学生に伸ばした手がそのままになっていた。

 少女はこちらに気がついたようでほほ笑みかけてきた。

 不意をつかれてしまい、しばらくアホ面をしていたと思う。

「あなたがシュライバさんですか?」

「いや、うーん。違わないか。君はユミルさん?」

 彼女はもう一度ほほ笑むと、こくりと頷いた。

 どうやらユミルはおっさんではなかったようだ。

 僕は彼女に言われるままについて言った。

 スターベックスで話をすることになった。

 彼女は受付で何か、そう、呪文のようなモノを唱えた気がした。僕には呪文がわからないので、こういった。

「同じものを」

 窓から外が見えるカウンター席に着くと、他愛無い話をした。

 お互いにどこか緊張していた。

 彼女は言った。

「なんか雰囲気が違いますね」

「それはこっちの台詞だよ」

「向こうでは何か、もっとこう頼りがいがあるというか」

「本物は頼りない?」

「いえ、優しそうだなって思いました」

 僕は思わず笑ってしまった。

「君だって、向こうではなんていうか……」

「派手ですか?」

「そうだなぁ。あかぬけている、と思う」

「なんですかそれ。現実の私は地味ですか」

「いや、僕はそっちの方が落ち着くかな」

 二人とも笑っていた。

 その後も、当たり障りのないゲームの話をした。どこかこの状況が現実味がなくて、ふわふわしている気がして、途中から彼女の話が聞こえていなかった。

 彼女は唐突にこう言った。

「私はもっとこんな風に会うべきだと思うんです」

「え?」

「あのゲームは相手の本当の顔もわからないし、相手がどんな性格で普段どんなことを考える人なのかわかりません」

 ああ、そう言う意味か。何かデートに誘われたような気がしてしまった。

「そうかな。あのゲームは凄いリアルだから、本当の姿以外はだいたい同じじゃないかな」

「もしかしてゲームそんなにやらない人ですか?」

「あれ、なんでわかるの?」

「私もそうだからです。でもしばらくやってみて気がついたことがあるんです。私は逆だと思います」

「逆?」

「あの世界では本当の姿を隠せるから、それ以外は全部嘘か、全部本当なんだと思います」

「なるほどね」

「だからあんなに残忍なんだと思います」

「そう、かもしれないね」

「私って気味悪いですか?」

「どうして?前に誰かにそう言われたの?」

「……はい」

「そういう風に言う人もいるかもしれないけど、僕はそうは思わない。君はちょっと人より勘が良いだけじゃないかな」

 彼女はどこか納得の言っていなような表情をしていた。

 しばらくの間、沈黙が続いた。この人は他人をよく見ている。もしかしたら僕の本心も見透かされているかもしれない。

 彼女は唐突に向き直って、僕に言った。

「だから、私は本当のシュライバさんに合っておきたかったんです」

「……」

 純粋で無垢な瞳に真っすぐ見つめられて僕は、何か言おうと思ったが、何も言えずに言葉が詰まってしまった。

 彼女もどこか気恥しくなったのか、少し頬を赤らめると窓の方へ向き直り、続けていった。

「そうすれば、本当の信頼関係が築けるんじゃないかなって思ったんです」

 信頼関係か。

「そうだね。そうかもしれない」

 彼女は急に笑い出した。

「シュライバさん、こっちでは自分のこと僕っていうんですね」

「ああ。そうなんだよ。舐められるかなと思ってさ。ゲームの中で僕って言ったら。変かな」

「変です。何か少し可愛いと思います」

「そうかな。じゃぁやめようかな」

「いいと思います。今のままで」

「……そうかな」

 何か腑に落ちない気がした。

「私の秘密、教えてあげます」

「何?急に」

「私、味がわからないんです」

「え、味音痴みたいなこと?」

 彼女は少しむすっとした。

「違います。そうじゃなくて、味覚がないんです」

「……そうなんだ。それじゃぁ今飲んでるこれも?」

「はい。ただのシャリシャリした氷って感じです」

 彼女は笑っていた。それを見て少し安心した。彼女は続けて言った。

「だから本当はどんなお店でもよかったんです。このお店なら、ちょっとお洒落に思われるかなと思って、見栄を張りました」

「そうなんだ。それなら今度はもっと別の、そうだなハンバーガ屋とかにしようか」

「どうしてですか。ここ嫌いですか?」

「いや、そうじゃなくて、あの呪文みたいの言えないし」

「呪文?」

 僕は笑った。彼女も笑った。そして彼女は言った。

「はぁー。何か少しすっきりしました」

「なんで?」

「初めてなんです。誰かにこのこと言ったの」

「何か、随分と信用しすぎじゃないかな」

「そんなことありません。そんなにシュライバさんが思ってるほど信用してません」

 僕は苦笑いを浮かべる。そして少し真面目な顔をして聞いてみた。

「病院には行かないの?」

「大丈夫です。原因はわかっているので」

「そうなんだ」

「前にもあったんです。私、こう見えて昔ヴァイオリンを習っていたんです」

「へぇ」

 僕は少し身を乗り出した。

「でも私は弓を引くのが苦手で、思うように曲を弾けませんでした。そのうちにヴァイオリンを弾くのが嫌になって、右耳が聞こえなくなりました」

 僕は何も言わなかった。どこかで彼女の話を自分の境遇と重ねていた。

「それからしばらくヴァイオリンを引くことから遠ざかる内に耳も元のように聞こえるようになりました。ようは私の心持しだいなんです」

 僕は遠くを見ながら言った。

「そういうのはさ、あんまり無理しないほうがいいよ」

「そう、なんですかね」

「僕からも一個あるんだけど」

「シュライバってのは何か恥ずかしいから、別の言い回しがあるといいんだけど」

「何がいいですか」

「そうだな。シュラでいいや」

 前にそう呼んだやつがいたなと、思った。

 窓の外は相変わらずの人の多さだった。一定の信号のサイクルで、大勢の人が行きかう。こうして窓越しから見ているうちには、まるで砂時計を眺めている時のような、安らかさがあるように見えた。

 僕たちは間もなくして、店を出ると、今日はもうこれで帰ることになった。

 彼女は帰り際に言った。

「それじゃぁまた。シュラさん」

 僕は少し恥ずかしがりながら手を振った。

 僕はどうして、本名を言わなかったのかしばらく考えた。彼女をそこまで信用していないからか、いやそうじゃないな。ゲームの中の自分を守りたかったのかもしれない。

 彼女の言う、全部本当の人間と、全部嘘の人間、僕はどっち側なのだろうか。

 僕は喧騒から逃れるように、足早に街から消えた。




 戦場に戻ると、そこには予期せぬ光景が広がっていた。

 視界に広がってきたのは、荒れ果てた野営地の姿だった。

 両陣営の骸は、あまりのその量からか、塵化データダストがおいつかず未だ、そこらじゅうに見てとれた。

 空からはまだ赤く熱を持った灰と、地上に漂う青いデータダストが混じり合うように、浮いていた。

 そこは地獄の様子を呈していながら、同時に二つの光の塵に彩られ、どこか幻想的ですらあった。

 一体、何がおきたというのだろうか。

 デルバートは?

 ローレイラは?

 フェリスは?

 ユミルは?

 

 シュライバの脳裏に最悪の展開が予想された。

 しかし、今は、ただ信じて前に進むしかない。

 シュライバは一歩、また一歩と足を運ぶ。

 焼け果てた、廃墟の中を、たった一人、進みはじめた。

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