合成‐アルフヘイム
魔術塔・廃棄物処理エリア結界壁内。
闇の中に浮かび上がる、怪しげな緑の光源。近づいてみてそれが何なのかやっと理解する。
無数の巨大な試験管だった。複雑な機構の魔術器具が絡み合い、乱雑に広がっていた。それは一見乱雑に見えるようで、もしかしたらその配置こそが正しい配置だったのかもしれない。いずれにせよ、その機構を理解できるものは多くはないだろう。
緑色に光る溶液、そのなかに異形の化け物が浮いていた。エルフと魔物を合成し、失敗したような「何か」がそこにはあった。
デルバートは研究者の襟首掴み持ちあげた。その表情は鬼の如く怒りで歪んでいた。
「貴様らは、ここで何をしている」
研究者の顔もまた恐怖で歪んでいた。怯えながらも彼は説明した。
「我々は最強の兵士を造る研究をしていました。魔物とエルフの「キメラ」を造る研究です。神官様はその材料と資金を提供して下さり我々はその研究に没頭することができました。研究は順調でしたが魔物とエルフでは肉が上手く適合せず、合併症を引き起こし、やがては魔物の肉がエルフを侵食し、意識と体を乗っ取り、やがては自己崩壊してしまいます。これはその過程を記録したサンプルです。しかし我々はついにエルフの血液サンプルから、適合する特異個体を見つけました。その特異個体のみが魔物の肉と血を許容できるのです。それから生まれた個体は、他とは比べものにならないほどの能力を持っていました。エルフの持つ魔力と魔物の強靭な肉体。我々はついに究極の生命体を造り上げたのです。そう、まさに我々エルフを造った、アーブルに等しい所業。私たちは神になったのです」
研究者は正気を失い狂ったように笑いだした。
デルバートは襟を掴んでいた手を離すと、腰に差した剣に手をかけた。
「覚悟はできているな」
シュライバはその光景を冷たく眺めていた。止めるつもりはなさそうだった。
研究者は笑い疲れたように、虚ろに呟いた。
「殺してくれ。私は罪を犯してしまった。アーブルにそむく行いをしてしまった。私は死後も地獄の業火で焼かれ続けなければならない。せめて死ぬのであれば、私は神となって死にたい」
その言葉の意味を理解して止めようとしたその時には既に遅かった。
研究者は隠し持っていたアンブルを取り出すとそれを全て飲みほした。研究者の体が痙攣を起こす。肉体が膨れ上がり破裂し、崩壊する。そこから新たに組織が蘇生されていく。崩壊と蘇生を繰り返す。その様子は神の所業と言うには、あまりに醜く、その過程は悪魔と表現すべき物だった。
研究者の体は生まれ変わった。黒い人型の昆虫へと。右腕は鎌状、臀部には蠍のような尻尾を持つ。両足は逆間接の強靭なものへと変化を遂げていた。不気味なことに頭部と左腕はエルフのままの形を保っていた。
虫の化物となった研究者は言った。
「コノ能力ハ被験体03号ノ、モノダ。モットモ洗練サレ美シイ。ソウハオモワンカネ、キミイイイイイイイ」
結界壁が閉じていく。
デルバートは英剣ナーセルを抜くと言った。
「こいつは俺がやる。身内の不始末は仲間がつけてやらないとな」
この醜い虫の化物を目前にして、それをまだ仲間と言った言葉にシュライバは、彼の握る剣の重みと、仲間を重んじる優しさと、厳しさを感じとった。同時にここまで感じてきた違和感は確かな疑問になりつつあった。
デルバートも神官もこの化物も、全てNPC《 ノンプレイヤーキャラクター》であり全てはGMの用意したシナリオに過ぎないはずだった。しかし、こんなにも複雑な役回りがこのゲームに必要なのだろうか、という前者とは相対する疑問だ。
こいつらは一体何なんだ。独自の文化を持ち、宗教観を持ち、思考し、感情を表現する。こいつらを単純なNPCとして考えていいのか?
デルバートは容赦のない剣撃を繰り出す。怒りで我を忘れた彼の一撃は、並みの兵士であれば、ましてや研究者であれば、その軌道を見極めることはできなかっただろう。
しかし被験体03号となった彼は、既に人の反射神経をゆうに凌駕していた。
剣撃を鎌で止めた。
デルバートはそれを気に止める様子はなく、ただ剣撃を繰り出し続けた。
その速度はシュライバと戦った時とは異なっていた。そこに戦いを楽しむ様子はなく、目前の対象をただ破壊するためだけに繰り出されていた。
被験体03号は当然のごとく攻撃を受けきることはできず、その鋭い剣撃を肉体で受けることとなった。
デルバートの放つ無情な剣撃は並みの甲冑であれば、砕くことができる程度の威力は持っていた。ただし、昆虫化した被験体03号の甲殻は彼の剣撃を受けて耐えてみせた。
被験体03号は壊れたように嗤った。まるでそれは醜い雑音だった。
デルバートはそれを気にも留めずに英剣を振るう。振い続ける。
どんな堅牢な防壁であっても、衝撃を受け続ければ、いつかは砕ける。
どんな物にも大概耐久力が存在し、それを越えた時、その対象は崩壊する。
黒い甲殻に亀裂が入る。体液が漏れだす。肉体が破壊されていく。
被験体03号にはそれが疑問だった。
なぜ最強の肉体をもってしても、この目前の剣士を倒すことができない。
洗練された剣撃を優れた動体視力で捉えることができても、繰り出され続ける、その一撃一撃に対応できない。対応する前に剣撃が体を捉える。このとき、被験体03号の目にはデルバートが黒い禍々しい化物に写っていた。決して倒すことのできない、手の打ちようのない化物、禍々しい悪魔に見えていた。
被験体03号は、ぐらりとよろめいた。そして、苦し紛れに尻尾の毒針をデルバートに向けて放った。
デルバートの腕にかすかな切り傷が生じる。
不意打ちですら見切られていた。デルバートは顔色一つ変えずに尻尾を斬り落とす。尻尾から緑色の血が流れる。
被験体03号となった彼の体内を流れる血液は最早、色すら異なっていた。
割れた試験管の破片に自分の姿が映っていた。それが自分であることを理解するのには時間がかかった。しかしやっと理解ができたとき彼は、泣き叫んでいた。醜い己の姿にではない。今まで犠牲にしてきた同胞への悲しみからだった。
デルバートは剣を振るうのを躊躇った。そこにかつての男の面影を見たためだった。
被験体03号は突然に泣くのをやめた。すると体が、肉が蠢き始めた。男の意思とは無関係に魔物の肉が、生き延びるために魔力を消耗し傷を修復し、男の醜い体をさらに醜悪で強靭なモノへと変化させる。
傷は修復され、背中からもう二対の鎌が生える。左腕もまた鎌となり、人間であった顔半分も虫の頭部に支配されている。
被験体03号改は意味不明の言葉を発する。
「マダマダコレカラダロ?キミイイイイイイイイ」
被験体03号改は咆哮すると標的の元へ真っすぐと走って行く。




