始動‐アルフヘイム
目を覚ますと、目の前には先程、自分を剣で貫いた者がいた。
虚ろげな意識の中で、会話をする。
窓から外を覗く。
鉄の壁でできたビル群。
浮遊する建造物。
ビルの合間を縫って飛行する翼の無い鉄塊。
人類の理想を描いたような街がそこにはあった。
彼は言った。
「今から用意する物をそろえて欲しい」
ユミルは浮かばない表情でただ虚空を眺めていた。その瞳からは力強さが消えていた。
シュライバが己を犠牲にして自分たちを逃がしてくれたことに責任を感じていた。
自分だけが逃げて、助かっても、そこにはただ虚しさだけが残った。もし自分があのとき、あの場所に残ったとしても、さほど役に立つこともなかったかもしれない。それでも、自分だけが残されるくらいだったら、いっそのこと自分も、あの場所に残るべきだったのかもしれないと思っていた。
「それは違うぞ」
フェアリスは言った。
「おまえ、自分もあの場所に残ればよかったと思ってるんだろ」
まるで心の中を覗かれたような気がしてユミルは驚きを隠せなかった。
フェアリスは呆れたように言う。
「あのなぁ。そんな世界の終りみたいな顔してれば誰だって、だいたいの察しはつくだろ。確かにあの場に残れば、敵に一矢報いることもできたかもしれない。でも、その後どうする?あの場所から無事に逃げることができると思うか?」
そう言われてやっと気がついた。その通りだった。ユミルは自分の考えの浅さを恥じた。
「こうして自分がここにいる意味を考えろ。自分に何ができるのかをな」
ユミルの瞳に力が戻る。
隠し部屋に一人のエルフが入ってくると言った。
「ダークエルフの騎士が人間を捕えたそうだ」
ユミルは聞くなり立ち上がると言った。
「助けにいきましょう」
フェアリスは逸るユミルの前を飛びながら言った。
「馬鹿言うな。お前だけで何ができるってんだよ」
「でも」
「彼女だけではありません」
エルフの反乱軍のリーダー、ローレイラは言う。
「これは元々私たちの戦いです。それに人間であるあなた方を巻き込んでしまったのは私たちの責任です。黙って見過ごすわけにはいきません」
「お前達まで何言ってんだ。あいつは自分から首突っ込んだんだ。あんたたちが気にやむことじゃねぇだろ」
「フェアリスさん。私は自分のできることをしたいです」
そう言ったユミルの体は震えていた。
彼女は無謀であることを理解した上で、自分を奮い立たせ、ただ勇気だけを原動力に発言しているのだと理解した。
それはまるでシュライバの戦い方のようでもあり、その戦いかたは自分が教えたものでもあったとフェアリスは思った。
「さっきのはそういう意味で言ったんじゃない。もっと自分を大切にしろという意味で言ったんだ。せっかく助かったのにわざわざ敵陣に乗りこむのは自殺行為だ。シュライバが戦った意味を考えろ」
「わかっています。それでも私は行かなければいけないと思うんです」
フェアリスはユミルの力強い瞳に押し負けたように言う。
「約束しろ」
「え?」
「私が無理だと判断したら、何があってもきっぱり諦めろ」
「じゃぁいいんですか?」
「良くない。私が判断するって言ってるんだ」
「ありがとうございます」
そう言ってユミルは飛んでいるフェアリスを掴み、抱きかかえる。
「苦しいぞ。だから別に許可なんてだしてないからな」
「じゃぁダメなんですか」
「別に許すとか許さないとか、そんなのは始めからお前が自分で決めることだ」
「そうですね」
ユミルは力強く頷いた。
ダークエルフの騎士デルバートは不思議そうに聞いた。
「こんなものでどうするんだ?もっと何か強力な武器でなくてよいのか?」
「いんだよこれで」
シュライバがデルバートに用意させたのはダークエルフの正式な兵士の装備だった。さらにその装備の中でも顔が全て隠せるものを選ばせた。
「どうだ?これで、どこからどう見てもダークエルフだろ?」
「まぁそうだが、顔を確認させろと言われたらどうするんだ?」
「そのときは、そのときだ。他の物は用意してくれたか?」
「ああ。妙なものばかり頼みおって。苦労したぞ」
そういって。大きな革袋から中身をテーブルに広げる。
シュライバは嬉しそうにその一つ一つを手にとって確かめる
「青サソリの尻尾にクサリヘビの頭、チェストベリーにニオイスミレか。どれも状態がいいな。上出来だ。これだけあれば十分だ」
シュライバはフェアリスとのチャットコールを試みたが、つながる様子はなかった。まさかロストしたわけじゃないよな?そんな思いが一瞬シュライバの脳裏によぎった。
シュライバは怪訝そうに問う。
「俺と一緒にいた女たちはどうなった?」
「我が軍に追撃され下層に不時着した。その後の行方は未だつかめていない」
(ならロストはしていない……か?だとしたら別の要因があるのか?)
「おまえらプレイヤーにたいして何か特別な妨害をしているのか?」
「魔導妨炉のことを言っているのか?何故それを知っている?」
魔導反射炉?シュライバの知識にはない情報だった。名称からおそらく魔法の使用を制限するものだと推測できた。どうやらチャットコールですら広義の意味での魔法の概念に該当するようだった。
シュライバは思考画面を呼び出す。
こちらはどうやら妨害を受けないようだ。思考画面の操作を続ける。メインメニューで開ける操作は大方使えそうだった。
(なるほどな。ゲームのシステム面には干渉されないのか。下層との連絡手段はないため、下層の動きが見えない。だが、おそらく形はどうあれ、こちらの策に乗ってくるはず。念のため、もう一つ手を打っておくか)
「魔導反射炉は装置か何かなのか?」
「おそらくそうだろう」
「おそらく?詳しく知らないのか?」
「装置があるのは魔術塔だと思うがそれ以上はわからん。魔術塔のやつらは好かんのだ」
「行ってみるか」
「魔術塔にか?」
「そうだ」




