理想世界‐アルフヘイム
情報の海に生じた世界。幻想の世界において、人々は際限なく力を、その「極端」を求める。
持てる全ての能力、戦略、戦術、あらゆる「力」を駆使し、最強のゲーマーの座をかけて戦士たちが、集い、覇を競い合う。
門の上にある高台からエルフ達は外からやってくる者の姿を望遠鏡で見ていた。彼は言った。
「今日はこれで何度目だ。結界が破壊されてから、もうずっとこんな調子じゃないか」
「まかせてください。追い払ってやりますよ」
そう言って若いエルフは弓を引く。
「待て、あれを見ろ。子供たちも一緒じゃないか」
シュライバ達は子供たちに手を引かれるままに道を進んだ。
幻想的な景色に心を奪われていた。
門が開き一斉にエルフの兵が現れる。
瞬く間にシュライバたちは囲まれてしまう。
槍を突きつけられ、弓を構えるエルフたち。
子供のエルフ達は言う。
「待ってよこの人たちは、僕たちを助けてくれたんだ。敵じゃないよ」
エルフの兵長は言う。
「それはわからんのだ。子供たちよ。さぁ来なさい」
エルフの子供たちは渋々エルフの兵長の方へと向かう。
「すまない。人間よ。これは掟なのだ」
シュライバは言った。
「どうやら、歓迎はされていないようだな」
フェアリスが呆れたように言う。
「これも全部おまえの、考えなしの行動によるものだな」
ユミルは言う。
「どうすればいんでしょうか」
シュライバは言う。
「さて、どうするか」
エルフの兵が一斉に中央から割れていく。その中から、肌の黒いエルフ、ダークエルフが現れる。身なりが他とは異なる、豪華で絢爛なものだった。そして宝玉の埋め込まれた杖を持っている。位の高いエルフなのだろう。
ダークエルフに対し周囲のエルフの兵が膝まづき頭をたれる。そしてエルフの兵は言った。
「神官様。危険です。お戻りください」
「よいのだ。私は自分で見たものしか信じないのでな。これが人間か。思っていたよりも、何か、ずっと普通ではないか。貴公らよ。街の子供を救ってくれたそうですな。代わって礼を述べたい。よければ街へ寄ってはくれませんか」
シュライバは言う。
「いいのか。あまり歓迎されていないようだが」
エルフの兵長は言う。
「おい、言葉の使い方に気をつけろ、人間」
「よいのだ。人間と我らでは仕来たりが異なるのだ。楽にしていってくだされ」
「ならお言葉に甘えるか」
お気楽なシュライバにフェアリスが言う。
「おい。そんなことをしている場合ではないだろう」
「あんたはどうするんだ?」
ユミルは困ったように慌ててから答える。
「私も行ってみたいです」
「悪いが、フェアリス。きまりのようだ」
彼らは兵に囲まれながら、街の中へと案内される。
街の中ではエルフ達が農作や牧畜を行っていた。どこか素朴な光景だった。
「へぇエルフも働くんだな。何かエルフはもっと優雅な種族だと思いこんでいたよ」
だがどこかに違和感が残る光景だった。
街のエルフはどこか表情が暗く、痩せている。活気もない。
神官は言った。
「つまらないものをお見せしたな。ここは我らの街の労働階層なのです。彼らのおかげで我らの繁栄があるのです。さぁこちらへ」
神殿のような場所だった。
エルフの若い兵士は兵長に問う。
「神官様はいったい何をお考えなのだ」
「俺にはわからんよ。高貴なおかたの考えはな」
神官は言う。
「さぁもうよいかな」
「ああ」
すると、足場が浮かぶような、浮遊感を覚えた。
それは、やはり錯覚ではなく。神殿の足場そのものが浮かび上がり、上昇を始めていた。
上階層に辿り着くと、そこは下階層とは全く異なる世界が広がっていた。
王都に匹敵する発達ぶり、いやそれ以上の発達だった。
街のあらゆる装置が全自動で動いている。車輪の無い車も多く見てとれる。機械仕掛けの街だった。現代のリゾート施設に近い暮らしぶりだった。一体動力源はなんなのだろうか。
「どうです。素晴らしいでしょう。これもすべて、妖精樹の恩恵なのです」
神官は指をさした方には下階層から続く直径が100mはあろうかという荘厳な巨木が天へと向かって生えている。
神官は続けた。
「あの神木が我らに魔力を供給し続ける限り我々は繁栄を続けることができるのです」
下階層には肌の白いエルフしかいなかったのに対し上階層には肌の黒いエルフ、ダークエルフしかいないように見て取れた。
「ここは我らダークエルフの居住区画なのです。互いに居住区画を分けたほうが、互いに気兼ねなく暮らせるというものです。彼らのような、ただのエルフは魔法が使えません。だから我々が魔術を研究し生活を豊かにし、改善しなければならないのです。代わりに彼らには労働をしていただく。互いに役割を分担しているのです」
シュライバは問う。
「そこに選択の自由はないのか」
「難しいことをおっしゃりますなぁ。どういう意味ですかな」
「エルフに生まれた者はこちら側で生活することはできないのか、と聞いている」
「それはできません。エルフはエルフ。ダークエルフはダークエルフ。それはアールブ神の御心のままに、生まれた運命に従うことしかできないのです。それに、エルフは傲慢で堕落した種族ですので我らダークエルフがその生活を管理せねばならないのです。さぁ、こちらへ」
神官の示す方には、黒い長方形の巨大なモニュメントがあった。
「ここは我らダークエルフの技術の粋が集められた施設、魔術塔です。ここで我らが魔術の研究をするからこそ今の繁栄があるのです」
見たこともないほどの文献が所蔵された大図書館。
大がかりな近代的な実験器具。
兵器の格納庫も通りかかった。魔導二輪が整列するなか、みたこともない人型の魔導装甲も並んでいた。
塔の中には律義に教会まで備わっていた。黄金の巨大なアールブ神を模った銅像が鎮座する礼拝堂に通される。美しい巨大絵画が壁に飾られ、色鮮やかなステンドグラスから虹色の光が差す。
多くの信仰者が黒い布を羽織って祈りを捧げている。
「我々は魔術の恩恵を受けて生活をします。よって神に対する信仰はほとんど形だけが残っているばかりですが、住民は望むのです。教会を。偶像を。日々の生活の安全と繁栄を。我が子の成長を」
「ここで働く者以外のダークエルフは何をしているんだ?」
「芸術を磨き、美酒を飲みかわし、生を謳歌するのです。我々は何者にも縛られない」
「それは大層な御身分だな」
「しかし、我らの生活も完全ではないのです。我らエルフは長命。人間の10倍の時を生きます。故に、人口が無限に増え続けてしまうのです。いずれ食糧も居住空間も、足りなくなるでしょう。我々は子供たちの未来を危ぶんでいます」
「長生きな上に、労働から解放された種族。ここはまるで御伽噺の滅亡する都市みたいだな。せいぜい滅びないように気をつけてくれよ」
そう言ってシュライバは踵を返す。
エルフの兵は槍で行く手を遮る。
「お待ちくだされ。言ったではないですか。我々は問題を抱えていると」
「それだったら、あの魔術塔の賢い研究者たちに聞けばいいだろ。俺はそろそろ帰るよ。こう見えて忙しい身なんでね」
「それならもう既に聞きましたよ。答えは出ているのですよ。つまりですな。我々はあなたたち人間の領土をいただきたいのです。そのためには貴様ら人間がどれほどまでの戦力と国土を持っているのか知りたかったのだよ。さぁ全部知っていることを洗いざらい教えてもらおうか。下等な人間よ」
礼拝堂の祈りを捧げていたダークエルフたちが各々立ち上がりこちらを睨む。
「なるほどな。そういうことならさっさと聞けばいいだろ」
シュライバは紅剣を鞘から抜く。ステンドグラスの光を受け刀身が輝く。
「知りたいんだろ。人間の力を。教えてやるから、かかってこいよ」




