妖精街‐アルフヘイム
情報の海に生じた世界。幻想の世界において、人々は際限なく力を、その「極端」を求める。
持てる全ての能力、戦略、戦術、あらゆる「力」を駆使し、最強のゲーマーの座をかけて戦士たちが、集い、覇を競い合う。
森を進むと、次第に周囲に霞がかかり始めた。
霞は行けども、行けども晴れる様子はなく、引き返すことを選ぶ戦士も出始めた。
シュライバーは言った。
「いつまで行けばいんだ」
フェアリスは答える。
「さぁな。ただ、もう随分、進行したからな。引き返すとなると、来た道と同じだけ時間がかかるぞ」
「このまま、自分を信じて進むか、来た道を戻るか。どっちを選んでも楽じゃなさそうだ」
霞の中を進んでいると霞の中で、怪しく光る二つの赤い光に気が付く。
フェアリスは言う。
「待て!様子がおかしい」
赤い明かりは、明滅を繰り返しながら、周囲を漂う。
霞の中から戦士の叫び声が轟く。
フェアリスは言った。
「走れ!」
シュライバーは異変に気が付き、駆けだした。
周囲からは戦士たちの叫び声が聞こえ続けていた。
走り続けると、次第に霞が薄くなっていく。
これでやっと霞を抜けれられる、そう思った矢先だった。
霞の中から、人の声がした。
「誰か!助けて!」
シュライバはしばらく走ってから、足を止めた。
フェアリスは言った。
「おい!どういうつもりだ」
シュライバは黙ったまま、振り返ると、声のするほうへ向かっていく。
フェアリスは言う。
「おまえが行ってどうにかなる相手ではないかもしれないぞ」
シュライバは答える。
「行ってみなければ、わからないだろ」
フェアリスは呆れたように、うなだれると言った。
「ったく。弱いくせに、言うことだけは立派だな」
「悪かったな」
「剣を抜いて、周囲全体に気を配れ。視界が不十分な以上、360°どっから敵が来てもいいようにな」
「了解!」
やっと声の主のいるところまでたどり着くとそこには、3人の子供たちが互いに身を寄せ合って、震えていた。
周囲からは、どこからともなく植物の蔦が伸びてきている。
その様子を見てシュライバはすぐに気が付く。
(おそらく人食草。こいつだったら俺一人でもなんとかなるか)
植物の蔦はまるで生き物のように自在に動き子供たちのほうへと伸びていく。
子供たちは恐怖で戦慄する。
絶望がそこまで迫っていた。
そのときだった。銀鎧の戦士が目前に現れ、迫りくる、植物の触手を次々に切断していく。
シュライバは言った。
「逃げろ」
しかし子供たちは恐怖で体が竦み動くことができない。
次々に植物の触手が伸びてくる。
それを休むことなくシュライバは切断し続ける。
やがて霞の中からゆっくりと触手の主が姿を現す。
何匹もの大蛇のような大木が幾重にも絡み合ったかのような、奇怪で醜い化け物の姿が現れる。大きさは3mをゆうに超え、その中央には口とおもわしき部位が見られ、奇妙な牙がずらりと並んでいる。
シュライバは襲いかかる触手を切断し続けるが、体力には限界があり、しだいに攻撃が追いつかなくなる。
遂には、その腕や足を触手で絡めとられてしまう。
フェアリスは言った。
「こいつは食人草なんて生易しいやつじゃない。食人木だ。今のお前じゃ勝ち目はないぞ」
シュライバは言う。
「そういうことはな、もっと早く言え」
触手が力強くシュライバーの体を引きずり込もうとする。
シュライバは足を踏ん張り、地面に剣を突き立て、対抗するが、食人木の行きずり込む力の方が上回る。
シュライバは言った。
「早く、逃げろ!」
子供たちは、いまだに恐怖で身動きがとれない。
シュライバは歯を食いしばりながら、考える。
このままじゃ、全滅だ。何か手はないのか。せめてアイテムストレージに手が伸ばせれば。
しだいに触手の力が強まっていく。シュライバの体力も底を尽きかけている。
食人木は中央の何百もの歯が並ぶ口を大きく広げ、獲物が来るのを待ち構えている。そこからはこれまで餌食となった者たちが発する、とてつもない腐敗臭が漂ってくる。
もうこれで全ては終わりかと思われた、その時だった。
霞の奥から、なにやら歌声が聞こえてきた。
「剣よ、竜の牙の如く力を与えよ。剣よ、鋼を貫く閃光となれ。剣よ、我らを讃え、戦士に力を」
透き通る美しい歌声が傷付いた体に沁み渡る。疲労が消える。どこからともなく、力が全身にみなぎってくる。三小節の続けた「剣の歌」は戦士に通常の4倍の力の増幅をもたらせる。
シュライバの体を戦闘色の力が包み込む。
シュライバは言う。
「すごい力だ。何がどうなっているのか、わからないが、これならいける」
シュライバは触手に掴まれた腕を力まかせに引きのばす。
触手はシュライバの溢れる力に負け引きちぎられる。
力が増幅したシュライバは、向かってくる触手を切断しながら、自ら食人木へと駆けよって行く。
食人木の目前で立ち止まると、シュライバは技能発動の体制をとる。剣を構える。全身にみなぎる戦闘色の力を紅剣に集中する。紅い稲妻が剣に宿る。
「放て剣撃、速牙」
鋭く、強靭かつ、爆発的な剣撃が放たれる。
食人木は体の半分を抉り飛ばす程の破壊力だった。
しかし怯状態にありながらも、食人木はいまだに息があった。戦士の様子を窺っている。
シュライバは技能の発動により消耗状態に陥っていた。剣を地面に突き立て、かろうじて意識を保っている。
食人木は着々と怯状態から復帰しつつあった。
霞の中から、修道者の少女が現れる。
少女はシュライバーの肩に手を触れると詠唱する。
「汝、戦士の罪を払い、戦士に祝福を」
シュライバの体を包むような、重い消耗状態が消える。体が驚くほど軽くなる。
修道者の少女は怖がる子供たちの手をとると言った。
「もう大丈夫だよ。行こう」
子供たちは涙を瞳に溜めながらも少女の言葉にうなづく。
走り出す少女と子供たちの背を、銀鎧の戦士が守るように追随する。
シュライバは言った。
「助かったよ。あんたのおかげだ」
「私こそ、遅くなってしまって、ごめんなさい。声がするほうまで戻るのに時間がっかってしまって。私はユミル。職業は修道者」
「俺はシュライバだ。戦士をしている」
あてもなく走っていた少女の手を気がつくと子供たちが引いていた。
やがて霞は突如、今までのことがまるで偽りだったかのうように晴れ渡る。
その先に現れたのは、独特の木造の塀に囲まれた集落だった。幻想的な明かりに彩られ、その光景は息を飲む美しさだった。
子供たちは言った。
「ここが僕たちエルフの街、妖精街だよ」
シュライバは言う。
「へぇ。こんなところに街があるのか」
フェアリスと白装束の少女は声を揃えて言った。
「エルフの街!?」
KOG予選開始から1時間15分が経過。
犠牲となった戦士の合計は750名。
KOG予選はまだ始まったばかりだった。




