ダンジョン:サザラ・テラ遺跡・最深部
熊蜘蛛は腹腔を振動させ咆哮した。
前足を高く掲げ、威嚇をする。その大きさから、十分に威圧される。
熊蜘蛛は素早く移動した。虫特有の素早く動いては止まる、という動作を繰り返した後、狙いを定めると突進をしてきた。
熊蜘蛛が旋回すると、さらに狙いを定める。そして熊蜘蛛は左右の前足を掲げると、交互に地面を叩きつける。コンボの最後に回転する。あれにあたったら一溜りもなさそうだ。
フェアリスは言う。
「熊蜘蛛は糸は使わないがその分パワーがある。十分注意を払えよ。お前の防御力だったら、攻撃を食らったら一回凌げるかわからないぞ」
唾を飲む。緊張感が体を支配する。
熊蜘蛛の攻撃に翻弄される。
俺は右往左往攻撃を回避するばかりで、悪戯にスタミナを消耗する。息が切れ始める。
強い。
こんなやつ、一人で倒せるわけがない。
フェアリスは言う。
「強くなりたいんだろ、シュラ。大丈夫だ。おまえなら倒せる。今までやってきたことを思い出せ」
簡単に言ってくれるよ。
俺はめいっぱい大きく呼吸をすると、呼吸を無理やり整える。熊蜘蛛と間合いを取る。
弱腰な雑念を払う。
動きを観察する。
よく見ると、動きのパターンはマシンと同じだ。それに足と目が光っているのが怪しい。
熊蜘蛛の注意を引き付け、突進を直前で転がるように受け身をとり、かわす。
すかさず銀剣による斬撃を熊蜘蛛の脚部を狙って叩きこむ。
緑色に光る、熊蜘蛛の血液があたりに飛び散る。
突進の後には3秒間の膠着状態が訪れる。
歯を食いしばり、ありったけの斬撃を叩きこむ。
3秒経過後、間合いを取る。
熊蜘蛛の攻撃を見切る。前足の連撃か、突進か。連撃であれば、不用意に近づかない。
突進が来れば、回避後に斬撃を加える。このプロセスを繰り返す。継続して攻撃を当て続ける。
やがて木の幹が折れるような音と共に熊蜘蛛の足が破壊され、ついにもげた。
その頃には俺の装備は、全身が緑色に染まっていた。
熊蜘蛛はバランスを失って、ダウンする。
この隙を待っていた。
すかさず、正面に回り込む。赤く光る瞳に向けて、銀剣を突き立てる。繰り返し、何度も突き立てる。躊躇は、しない。熊蜘蛛の瞳の輝きは徐々に失われていく。残り三つ。
行ける。残り二つ。やれる。残り一つ。俺が倒す。
フェアリスは深刻な顔で言う。
「深追いするな!」
俺は攻撃に夢中で、言葉に反応できなかった。
熊蜘蛛は、前足を起点に回転した。
前進に強力な衝撃が走る。吹っ飛ばされる。
ライフがみるみる失われる。
やってしまった。欲張ってしまった。いつもこうだ。
俺はゆっくりと目を瞑る。
よくもまぁ、こんなでかい蜘蛛と戦ったと思う。及第点なんじゃないか。
必死なフェアリスの声がする。
「馬鹿野郎!まだだ。まだ終わってない」
目を見開く。息を吸い込む。前進を青い防御色のオーラが包んでいる。
迫りくる、巨大で毛深くするどい前脚の一撃。
横たわったまま素早くを転げる。かろうじてかわす。
釈然としないまま、立ち上がる。
なんで、生きてんだ俺。
体力値に目をやると、たった1ドット、残っていた。
奇跡か?いや奇跡だろうとなんだろうと構わない。まだ戦える。
すぐに回復瓶を使う。
「体力が1ドット残っただろ。それは奇跡なんかじゃない。それこそが耐久だ。体力が8割以上残っている時、どんな体力の最大値を超える攻撃を受けても、体力が1%残る。本来ならお前は、ロストしてたんだ」
「そういうことは先に言え」
俺は銀剣を構えなおす。
熊蜘蛛が旋回し、俺と対峙する。
銀剣の耐久度はもう尽きかけている。
互いに満身創痍。次で、決着をつける。
熊蜘蛛は突進を始める。
俺もまた、それに向かって走っていく。
フェアリスは咄嗟に言った。
「何やってんだバカ、やめろ!」
互いに衝突する。
俺の全身にもう一度衝撃が走る。真後ろに体が吹ッ飛ばされる。転がる。
熊蜘蛛は数歩走り続けたが、やがてその足は止まり、すべりながら前進した後、制止する。
沈黙があたりを包む。
俺はゆっくりと立ち上がる。
熊蜘蛛もまた、立ち上がろうとしていた。その額には
銀剣が突きたてられていた。俺はゆっくりと近づくと熊蜘蛛の額に突き立てられた銀剣を前蹴りする。銀剣が深く突き刺さる。
どさり、と熊蜘蛛は地面に倒れ伏した。
俺もまた、力なく熊蜘蛛に向かって倒れ伏す。
(ふさふさだな)
銀剣を熊蜘蛛の額から引き抜く。緑の体液が噴き出す。
体液を払うと銀剣が音を立てて真っ二つに折れた。
フェアリスが言った。
「無茶しやがって」
「ああ」
「こいつの攻撃は一定確率で毒状態になるんだからな。もしなってたら《耐久》デュアブルは発動しても意味がない」
体力値が残っても次の一秒間の間で回復、解毒しなければならないってことか。
俺は言った。
「そういうことは早く言え」
「ついにやったな」
「ああ」
ガチャっとダンジョンの奥の部屋から音がする。
扉に手をかけると重い扉が勝手に開き始める。
どういう仕組みなんだよ、なんて無粋なことを思う。
そこには、これまでのモノとは異なる、一層、豪華な宝箱があった。
蓋を解放する。
中には赤く輝く、魔石「紅玉」の原石が姿を現した。
手に取るとずっしりとした重みを感じた。
俺はそのまま意識を失った。
「シュラ!どうしたシュラ!目を覚ませ!」
短時間で脳に強い衝撃が加わったことによる、失神だった。
気がつくと宿のベッドの上で眠っていた。
「気がついた?」
リリィの声だった。
「初ダンジョン踏破おめでとう。それにしても無茶したみたいだね。びっくりしたよ。アイリスから今までに聞いたこともないくらい焦った声で連絡がきたから」
「助けてくれたのか」
「言ったでしょ。私が守ってあげるって。銀剣折れちゃったね」
「ああ。よく使ったからな」
「ほら」
リリィは可愛く包装された細長い包みを俺に渡した。
「開けていいのか」
「うん」
包装を慣れない手つきで解放すると中から、真っ赤な刀身の剣が現れる。
ステータスを確認する。
紅剣と表示されている。
俺は聞いた。
「これは」
「直しといてもらったよ。ついでにちょっと改造しといたけど。代金はシュライバーもちだから気にしないで。じゃあね」
そういってリリィは帰っていった。
俺は部屋の明かりに紅剣を照らす。うっすらと刀身が明かりで透ける。
綺麗な剣だ。
もっと強くなりたい。そう思った。




