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幻ろしを想うか仮りものと想うのか

 よく見るやつさ。もう見すぎて胃もたれするようなやつ。中世の西洋風世界観のあれ。

真ん中にでかいノイシュバンシュタイン城風の城があって、その下には城下町が広がっていて、商人やキャラバン、後はなんだかよくわからない冒険者的な謎の奴等がうろうろしてるあれ。

 街にはグレセアって名前がついてはいるけど皆そんなのどうだっていいと思ってる。

街はぐるっと高い塀で囲われていて、一見そう簡単には侵入者は入ってこれなさそうに見える。街から一歩でると深い森が広がっていて当然、魔物的な化物が潜んでいる。ということはどこかに魔王的な奴もいるかもしれない。

 そんなどっかで聞いたことのあるような世界観だ。

 荷馬車の警備兵の一人は言った。

「ここは、いいところだ。自分が自分でいられる」

 もう一人は興味がなさそうに答える。

「そうだな」

「あんたは将来のこととか考えたりするか?」

「何が」

「ゲームで一生食っていけるかわかんねーだろ。就職とか考えてないのかって話」

「別に」

「別にって、すげぇなお前。どうすんだよ。食えなくなったら」

「そのときはそのときだろ」

「潔く飢え死にするってわけか。さすがだな。俺は駄目だ。どうしても安定した生活を求めちまう。尊敬するよ、お前のそういうところ」

「やりたくないことをやりながら生きたって、それは生きてるっていえるのか」

「さぁね。少なくとも、世の中の大半はやりたくないことやって生きてるのさ。――ところで、知ってるか。この馬車が何を運んでいるのか」

「さぁな」

「お前なぁ。自分の運んでいる物にくらい興味を持てよ。それがなんとよ、超絶激レアアイテムらしい。時価総額は、うん百万はくだらないとさ」

「……本当なのか?」

「どうかね。お前は話に加わらないから知らないだろうが、皆この荷物のことでもちきりさ。あーあ。俺達の時給は千円ぽっちだっつのによ。いっそ盗んじまおうかな」

 それを聞いてもう一人は笑った。

 刹那、馬車を壮絶な衝撃が、熱風が、襲った。

 爆発だった。

 その原因が爆弾なのか、何らかの魔術なのか、それはわからなかった。

 爆風で周囲に土煙があがり、辺りが確認できない。

 無数の足音が聞こえ争う声が聞こえた。

 土煙が晴れたときには、崩壊した馬車と、無数の警備兵の骸が転がり、荷《・》は奪いさられていた。

 辺りには静けさだけが残った。

 時計塔からその光景を眺めている黒いローブを身に纏った剣士がいた。表情はフードで隠れ確認できない。

 強奪犯の足取りを見て、近くの建物の屋根に飛び移ると、屋根伝いに追跡を始める。

 間もなくして、剣士に仕事の依頼がメールで通達されたことが思考画面《エアウインドウ》に表示される。

「重要貨物運搬任務失敗につき貨物の回収依頼について」

 それをろくに読まずに追跡に専念する。

 世界観《フィールド》はゴシック建築とロココも何もかもがごちゃまぜでにすることで日本人にとって幻想の世界を意識しているが、ところどころ、現代技術が混在している歪んだ世界だ。

 街の地図を視界に表示させる。

 最短距離を割り出す。

 強奪犯達は馬を使って逃走していたが、人込みに阻まれて途中立ち往生していた。

 強奪犯の眼前に空から一人の黒いローブを纏った剣士が舞い降りる。

 着地と同時に一人目の強奪犯が斬り伏せられた。

 斬り裂かれた強奪犯の体が情報片《データダスト》になり青い光の塵となって消え去っていく。

 強奪犯達は仲間が唐突にも無惨にデータの塵となり霧散するのを見ると、慌てて剣を抜き斬りかかる。

 あるものは肘から上を斬り飛ばされ、またある者は体を両断され、斬られ、切られ、伐られて、断罪される。

 瞬く間に強奪犯は一人になった。

 強奪犯は顔を青ざめさせ、馬を捨て、人込みに紛れ、市場へと逃げる。

 剣士も後を追う。

 茜色の空が、美しく街を包みこむ。

 強奪犯は人を押しのけ、一心不乱に逃走を計る。

 しかし剣士もまた着実に追いかけてきている。

 やがて、業を煮やしたように強奪犯は呪文を唱える。

「我を守り、愚か者を払え、赤き舌よ」 

 強奪犯の右手に幾何学模様の光の痣が生じる。

 強奪犯は振り返りざまに追跡者に対し、蛇のようにうねる炎の火球を飛ばした。

 市場の果物が地面に散らばり、売られていた動物たちが逃げ出す。

 剣士の体を、紅蓮の炎が、まるで意思を持った生き物のように絡みつき、焼いた。

 それを見て強奪犯は言った。

「良い焼けっぷりだな。そのまま焼け落ちろ」

 ご愁傷様。そんな笑みを強奪犯は浮かべた。火焔魔術が追手に直撃し、少し余裕を取り戻したようだった。

 剣士の黒いローブは暮れかけの紫の空へ、燃えて赤い灰となり散った。魔力の残渣が鈍く煌めいていた。何らかの魔力の発動の証だった。

 そして中から、美しく洗練された、軽装でありながら、その存在感が異様な鎧を纏った騎士が現れる。

 ただの騎士ではなかった。

 金色の長髪の女騎士《ソルジャー》だった。

 女騎士《ソルジャー》は炎を払いながら言った。

「温《ぬる》い炎だな」

 強奪犯の表情から先程までの余裕が消える。己の放った火炎魔法がまるで線香花火程の効果も効かなかったのはおそらく剣士が装備していた黒いローブが装備の喪失を条件に攻撃を無効化する一着数万で取引される激レアアイテム天燕の羽衣だったことも驚きだが、強奪犯はその女騎士《ソルジャー》を知っていた。

 いや、この世界で知らない者はよほどの、もぐりだ。

 この女は、狙った獲物は確実に仕留める。凄腕の傭兵、報酬次第でどんな仕事も請け負う、白薔薇《ホワイト・ローゼス》のアイリス。

 強奪犯の名はヨマワリ。こちらも手段を選ばないレアアイテム収集家。闇の世界ではそこそこ名がしれている。職域は魔道士。慌てて思考画面《ウインドウ》を呼び出すと、格納《ストレージ》から強力な魔剣を読込《ロード》する。

 何もない空間から情報片《データダスト》が寄り集まり剣を作りだす。

 剣が構成されるまで呼出《コール》から完成《コンプリート》まで3.5秒。概ね悪くない速度だった。

 現界したのは魔剣・雷雅《ヴァジュラ》。

 使用者《マスター》に雷属性、及び麻痺属制の斬撃を与える。その代償に使用者《マスター》に風属性に対する弱点属性を与える。

 相手はまだ、通常装備以外手に取っていない。今なら先に殺れる。

 手に取った魔剣・雷雅《ヴァジュラ》は青い稲妻が迸《ほとばし》り、帯電した。

 強奪犯は無我夢中で、無軌道に剣を振るった。

 振るう度に、魔剣・雷雅《ヴァジュラ》は鈍い音を立てて、得物を求め、その刀身から稲妻が溢れ出す。

 しかし、いくらその刀身を振るっても、その使用者《マスター》の能力が伴わなければ、それは宝の持ち腐れ。

 強奪犯は息が枯れるだけで、まるで手ごたえを感じない。

 振るった斬撃は、すべて見切られ、避けられた。

 女騎士《ソルジャー》は、溜息をつくと涼しい顔で言った。その冷たい表情は落胆からくるものだ。

「もういいか?」

 女騎士《ソルジャー》が手を伸ばすと、虚空から情報片《データダスト》が集まり、剣を構築していく。呼出《コール》から完成《コンプリート》までわずか1秒足らず。仕上がったそれは見惚れるほどの業《わざもの》だった。

 漆黒の呪剣黒王《ベイリン》だった。代償として使用者《マスター》の各種ステータスを下げる一方で、見返として、使用者《マスター》の魔力と攻撃力を著しく増幅させる、いわば、呪われた諸刃の剣。

 女騎士《ソルジャー》が剣を一振りすると、空間が切断されたように歪んだ。

 男は畏《おそ》れ、おののくままに、尻もちをついたがために命拾いする。

 斬撃は、男を捉えることなく、はずれたものの、撃ちつけられた石のタイルに有り余った、衝撃が伝い、円を描くように、弾け飛び、地面がえぐれる。

 男は恐怖のあまり身動きが取れなくなっていた。

 怯える男を無慈悲な鋭い眼光で見下ろす。

 昼は終わりを告げ、代わりに現れた闇が辺りを覆っていく。

 地平線の彼方で濃紺の闇が夕暮れを飲みこんでいく。

 流れるように、くっきりと浮かび上がる、彼女《ソルジャー》の金髪は、美しさと同時に、狙われた者に鮮烈な絶望をもたらした。

 女騎士《ソルジャー》は言った。

「覚悟はいいか」

 その時だった。

 闇を裂くように現れた巨大な翼影が一つ。

 時計塔の煉瓦《れんが》屋根を破壊しながら降り立ったのは、赤い翼竜《ワイバーン》だった。

 吐息にまみれ、灼熱の息吹が漏れていた。

 女騎士《ソルジャー》はすかさず脅威を察知し、駆けだした。

 直後、爆炎が夕闇の帷《とばり》に吹き荒れた。

 間一髪で赤い翼竜《ワイバーン》の息吹《ブレス》を免れ、転がるように、受け身をとる。

 女騎士《ソルジャー》が屋根を見上げると、赤い翼竜《ワイバーン》は翼を広げ闇の中に向かって飛び立ち始めていた。

 強奪犯の姿も既にない。翼竜の背に乗って逃げ去っていた。

 その姿は次第に闇の中に溶け込んでいく。

 女騎士《ソルジャー》は俯くと、唱えた。

「大地を撫でる疾風の如く。我に風の加護を。来たれ。黒翼馬《アンヴィル》」

 床に半径一m程の光輝く召喚陣が生じる。

 漆黒の稲妻が召喚陣に奔る。

 白煙が辺りを包む。

 幾筋かの黒き稲妻を伴って一頭の黒い翼馬《ペガサス》、アンヴィルが現れる。

 女騎士《ソルジャー》の使役する召喚獣の内の一つが、これだ。

 女騎士《ソルジャー》は軽やかに、翼馬《ペガサス》に跨《またが》ると、手綱を引き天を目掛けて馬を走らせた。

 黒翼馬《アンヴィル》は高らかに嘶《いなな》くと、力強く地面を蹴り、走り出した。

 夜の闇を黒翼馬《アンヴィル》に跨《またが》った、女騎士《ソルジャー》が斬り裂くように、疾走する。

 鳥たちと一緒に、雲の晴れ間を抜けると、強奪犯の赤翼竜《ワイバーン》に追いつく。

 高度が上がり、魔力と排気で汚染された、紫の雲を抜けると大海原のような空の闇に、輝く星と、二つの月、ルーナと、ディアーナが顔を出す。

 そんな光景に見惚れる暇も与えず、雲を切り裂くように巨大な鉄塊の頭が現れる。

 あまりの大きさからその全景を覗うことはかなわない。

 クインエリザベス級の装甲蒸気飛空艦バーラムだった。

 最高速度24ノット。

 片側二基ずつ配備された単装速射魔導砲の存在感は見た者に畏怖を与える。

 排出口から、大量の蒸気を吐きだす。

 砲門が開閉し、魔導砲の照準が黒翼馬《アンヴィル》に定められる。

 轟音と共に魔導砲弾による砲撃が開始され、夜空に色とりどりの花が咲く。

 赤く猛るのは炎弾《フレイマ》。

 吹き荒れる緑の風は風弾《ウインダ》。

 空を裂く白き稲妻は雷弾《サンドラ》。

 強奪犯の乗る赤翼竜《ワイバーン》は飛空挺の搬入口に向かって飛んでいく。

 このままでは時間の問題で収容される。

 女騎士《アイリス》に考える時間は残されていなかった。

 女騎士《アイリス》は黒翼馬《アンヴィル》の背から飛び降りる。

 真っ逆さまに落下していくアイリスはそのまま、赤翼竜《ワイバーン》の背に乗る強奪犯を呪剣ベイリンで貫いた。奪い去られた小包を回収すると赤翼竜《ワイバーン》の背を蹴る。

 再び、夜空の闇へと飛んだ。

 赤翼竜《ワイバーン》は主を失ったまま、飛空挺に乗った。主だったモノの欠片が艦内で竜の背から滑り落ち、ガラス細工のように砕ける。情報片《データダスト》となり消えていく。

 アイリスはどこまでも落ちていく。

 雲を抜けると、夜の街に温かな明かりが灯っていた。

 このままでは地面と衝突する、そう思われた。

 瞬間、愛馬《アンヴィル》が間一髪のところでアイリスを背に乗せた。

 魔力を消耗した、愛馬《アンヴィル》は着陸と同時に情報片《データダスト》となり消えていく。魔力を使いすぎた。しばらくの間、魔力が補充されるまでは愛馬《アンヴィル》を呼び出すことはできないだろう。

 王国都市グレセアの大地から、アイリスは飛び去っていく飛空挺を見送った。

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