☆拾陸
目線がコロコロ変わります
* 拾陸 *
─土方目線
歳「さてと…おい光。」
仕事が一段落したところで、俺は後ろを振り向く。
光は座ったまま寝ていた。
歳「ったく…布団も敷かねえで寝んじゃねえよ。」
俺は光が持ってきた布団を敷くと、そこに光を寝かし、その横に自分の布団を敷いて潜り込む。
歳「……そうとう疲れてんだな。」
光の顔に手を伸ばし、つねってみるが全く起きやしない。
歳「………あんま無理すんじゃねえよ。」
俺はポンポンと光の頭を撫でて、眠りについた…
─光目線
『ん~よく寝たな。』
横を見ると、気持ち良さそうに寝ている土方さん。
『あれ?オレ布団敷いたっけ?』
歳「…朝から煩せえ。俺が敷いたんだよ。」
『すみません、ありがとうございます。』
歳「疲れが溜まってたんだろうよ。」
土方さんはふわぁと欠伸をして起き上がる。
歳「朝餉食ってくのか?」
『そのつもりです。』
オレは布団をたたみ、よいしょと持ち上げる。
歳「まだ朝餉まで時間あるが何すんだ?」
『稽古に決まってるじゃん。』
歳「そうか。頑張れよ。」
オレは布団を自室に置きに行く。
丞は既に起きたのか、姿はなかった。
『久しぶり?』
自室から道場に足を運び、中を覗くと一がいた。
一「久しぶりではない、昨日あった。」
『そうだった。』
笑いながら道場に足を踏み入れる。
『3日ぶりの道場…』
一「稽古してなかったのか?」
『してたよ。走り込みとかで。』
一「…俺と手合わせしてくれないか?」
『最初に謝っとく。久しぶりで手加減できなかったらすみません。』
一「……竹刀でいいか?これなら殺傷能力が低い。」
『そうだな。審判は…あ、ちょうど来たな。』
オレが審判をしてくれそうな奴を捜してキョロキョロしていると、ちょうど道場に平助が入ってきた。
平「ん?光?」
オレを見てそう呟き、目をごしごしと擦りまたオレを見る。
平「光お帰りっ。」
どうやらオレが本物だとわかり、目をキラキラさせてこちらに寄ってきた。
そんな平助に犬の耳と尻尾が見えるのは気のせいだろうか?
『ん、久しぶり平助。』
平「ねえねえ、今まで何してたの?」
『あれ?土方さんに聞いてない?』
平「うん、暫く違う仕事で動いてるとしか。」
『甘味処で働いてるんだ。今度来てよ。』
平「行くっ。」
何処の甘味処?と首を傾げる仕草が可愛い。
『オレが小さくなった時にいた甘味処だよ。』
平「絶対暇見つけて行くから!」
『うん。』
一「…光、早くしないと朝餉になってしまうぞ?」
『そうだった。平助にお願いがあるんだ。試合の審判頼んでもいいか?』
平「それくらいいいよ。」
平助は快く引き受けてくれた。
平「両者構え…始めっ。」
平助の合図とともに、オレは床を蹴った。
バシィィッ
が、やはり普通に受け止められる。
『…………』
ふぅとオレは息をつき、一と一旦距離をとる。
一「次はこちらから行くぞ。」
そう言ってこちらに向かってくる。
竹刀を振り下ろされるギリギリまでひきつけ、ひょいと避ける。
『もう少し速かったら当たってたかもね♪』
一「……」
『一、本気出してね?』
一「言われなくともっ。」
バシッ
バシッ
打ち合いが続く。
『ハァハァ…』
一「光?」
『大丈夫。』
〔ヤバい…ちょっと動くだけでも駄目だった…〕
一「…体調がすぐれないのか?」
『ちょっとな。でも大丈夫だからさ、続けよう。』
オレは息を整えて、再び竹刀を構える。
一「…本調子でなければ、あまり無理するな。」
『大丈夫大丈夫。それに一には有利だろ?気にするな。』
一「本当に無理をしてないな?」
『ああ。』
一「ならいい。再開するぞ。」
一も再び竹刀を構える。
平「そんじゃあ、再度始めっ。」
様子を見守っていた平助が合図する。
〔……キツいな。〕
オレの体力は自分が思っていたよりも低下しているようだ。
『…一、とっとと終わりにするね?』
殺気を出し始めると同時に言う。
一「くっ…」
一(いつも以上の殺気…)
『いくよ。』
一も殺気を出し始めたのを感じ、オレは突っ込んでいく。
─斎藤目線
パシッ
パシッ
〔……〕
一「光?」
さっきよりも光の様子がおかしい。
声をかけてみるが、返事がないうえ、肩で息をしている状態だ。
いつもならこの程度のことを何なりとこなしてしまうのに、だ。
一「…やめるか?」
俺の言葉に振り返った光の目は───
全てをのみこむような、赤い瞳になっていた。
一「平助、光の様子がおかしい。試合は中止だ。」
『……やめるの?逃げるの?』
その時、光が言葉をはっした。
いつも以上に低い声色で、目は俺を通して誰かをみているような、そんな感じがする。
一「…光?俺は斎藤だ。お前は誰をみてるんだ?」
竹刀を片手で持ち、光に近づく。
『……お…ん……した……に…』
何やらブツブツと呟いている。
更に近くに寄ろうとするが、
『くるな、くるなくるなくるなあぁ!』
光は竹刀の切っ先をこちらに向けた。
一「…平助、俺達だけでは光を止められぬ。皆を呼んできてくれ。」
その場から平助に言うと、平助は頷き、道場から出ていく。
一「………」
俺は光と向き合うように立った。
今の光は何故か、我を忘れている。
一「光。」
ゆっくりと呼び掛けるかのように、名を呼んでみる。
『…………』
俺を睨んだまま返事がない。
はぁとため息をつき、俺はあまり光を刺激しないように、少しずつ距離を縮めていく。
ドタドタドタ
バタバタバタ
その時、複数の足音がこちらに向かってきた。
総「光さんっ。」
総司が寝巻きのまま道場に入ってくる。
それに続き、局長と両副長と次々に入ってくる。
気がつくと、源さん以外の試衛館の皆が集まっていた。
歳「平助の奴が急いでこいって言っていたが、何があったんだ?」
一「光の様子がおかしいんです。」
俺は皆が入ってくるなり、道場の奥に後退りした光を見る。
歳「どうゆうことだ?」
一「最初はただ試合していたんです…」
俺は試合から今までの経緯を伝える。
総「光さん?僕のことわかりますよね?」
話を聞いた総司は光に話しかけながら一歩、また一歩と近づいていく。
『……だぁれ?』
総「……僕も忘れたんですか?」
総司は足を止めた。
歳「……ふざけてんだったら怒るぞ?」
『ふざける?何言ってるの?ふざけてるのはそっちでしょ。オレのお母さん殺したくせに……』
皆「「「は?」」」
俺達は多分皆してアホ面をしているだろう。
前に光に話を聞いた時に既に母親は殺されているはず。
……俺の推測が正しければ
一「副長、多分光は体調が悪い中、本気で試合しようとして、過去の記憶が鮮明に戻ってきてしまったのではないでしょうか?」
歳「……お前が長々と話すのは珍しいな。」
一「副長、そんなことを言っている場合では……」
歳「わかってる。多分光を止められるのは山崎ぐらいだろう。ここにくる前に一応、島田に山崎を呼びに行くよう、伝えた。そろそろ戻ってくるだろうよ。」
近「……今は光さんを刺激しないように、おとなしく山崎君を待とう。」
近藤さんの言葉に俺達は光を見つめたまま、頷く。
丞「トッシー戻ったで。」
暫くすると、山崎が道場にきた。
歳「トッシー言うな……そんなこと言っている場合じゃあねえんだ。とりあえず、光を気絶させてくれ。」
丞「光、どうかしたんか?」
歳「斎藤が言うには、過去の記憶を鮮明に思い出し、今の記憶がおぼろになっている状態だ。このまま放置しとくと何を仕出かすかわかったもんじゃねえ……山崎頼む。」
丞「光の為や。」
山崎は気配を消し、光の背後に素早く回ると、首に手刀を落とし気絶させた。
それから山崎は部屋で様子を見ると言って、すぐに出ていった。
歳「……とりあえず、平隊士等がくる。いつも通りに隊務をこなせ……心配ならお前もついていてやれ。」
副長は総司の肩に手をおき、そのまま道場を後にした。
近「私達も部屋に戻ろう。揃いも揃っていたら騒ぎになるからね。」
山「そうですね。平助達もその動揺を隠し通して隊務を行ってください。一瞬の油断が命取りになりますからね?」
局長達は一言残し、道場からいなくなった。
一「……いつも通りに稽古をやるぞ。光のことは山崎が見ているんだ。俺達は俺達の責任を果たさないと、な……」
口ではそう言っているが、内心は複雑だ。
あの時、俺が止めていればこうならなかったのでは?
体調が悪いのに気づかず、試合を申し込んでしまった……
ふと、山崎が抱いて出ていった光を思い出し、道場の外を見た。
ちょうどその時、平隊士達が道場に入ってきた。
一(……今は稽古に集中しよう。)
俺は小さく頭を振り、
一「稽古を始める。」
竹刀を握り直した……
─丞目線
隈は自室に戻ると、布団を敷き、そこに光を寝かせた。
今日は朝から仕事が入っとって、出掛けてたんや。
そこに島田君が物凄い勢いでやって来るなり、光の名だけを出してついてくるよう、言われたん。
いつか、倒れるんやないかと思っとたやけど、まさか記憶までごちゃ混ぜになるやなんて、誰が想像できん?
丞(今は見守ることしかできへん、自分が嫌になるわ……)
─総司目線
総「光さん?僕のことわかりますよね?」
僕は一君の話を信じたくなかった。
だから嘘だと言う証拠がほしくて、光さんに話しかけたのに……
『……だぁれ?』
その言葉が一君の話を肯定してしまった。
僕はそこから一歩も動けなくなった。
歳「────────────そんなに心配ならお前もついていてやれ」
その前にも何か言っていたような気がするけど、僕には最後の言葉だけ、しっかりと聞き取れた。
一「稽古を始める。」
一君の声が聞こえると共に、僕は道場から飛び出し、光さんのもとへと向かった──
─光目線
『─んっ』
オレは重い瞼を持ち上げた。
丞「光っ。」
総「光さんっ。」
オレの目に写ったのは、心配そうな顔をした丞と総司だった。
『……オレ試合してたんじゃなかったけ?』
むくりと起き上がりながら呟く。
試合してたのは覚えているが、途中から記憶がない。
そして何故か布団に寝かされているという事態。
『2人はオレが布団で寝てる理由知ってる?』
総「光さんっ。」
起き上がった瞬間、総司に抱きつかれる。
丞「ちょっ離れんかいっ。」
丞はオレから総司を引き剥がす。
総「光さんっ僕のことわかりますか?!」
『何言ってんだ?総司』
総「よかった……」
総司はその場に座り込み、肩の力を抜いた。
丞「調子はどうや?首、痛くないか?」
『……?大丈夫だけど。』
そんな総司を無視して話しかけてくる烝。
丞「ならええんや。けどなぁ無理したんやろ?我を失うほどになぁ。」
『我を失う?』
丞「そや。斎藤はんとの試合中に様子が変わったんやて。そんで暴走しそうやったから気絶させてここまで連れてきたんや。」
『暴走……ああそっか…』
オレは1人納得する。
丞「どうしたんや?」
丞は俯いたオレの顔を覗き込んでくる。
『何でもない。』
ニコッと笑顔を顔に張り付けて答える。
丞「……」
丞は何かを言いたそうに、口を開閉している。
『大丈夫だって。それより、お腹へった。』
総「あ、僕持ってきます!一緒に食べましょう!」
『広間に行くよ。一達が心配してるだろうし。』
丞「……隈はこれから仕事に戻るさかい。あんま無理せえへんといてな?」
『わかった。』
丞「……沖田はん、光任せたで?」
総「山崎君に言われなくてもわかってますよ。」
『何?いつの間に仲良くなったの?』
オレに聞こえないように、近距離で話している丞と総司に声をかける。
丞「仲良うないっ。」
総「仲良くないっ。」
2人はハモって返事をする。
『そのわりには、きれいにハモってるけどな。』
丞「……兎に角、隈は仕事に戻るわ。」
丞はそう言うと部屋を出ていく。
総「僕達も広間に行きましょうか。もうそろそろ全員揃う頃でしょうから。」
『そうだな。』
オレは総司に続いて広間に向かう。
広間につくと、食べ始めた頃だった。
平「光っ。大丈夫なのか?!」
オレ達にいち早く気づいた平助が声をかけてきた。
『大丈夫。心配かけて悪かった。』
平「大丈夫ならよかったよ。」
平助はふにゃっと笑う。
〔可愛っ。〕
平「光っ?!離してっ。」
『嫌っ。』
オレは平助に抱きついていた。
平「お願いだから離してっ。オレの命が危ないから、ね?」
『……むぅ……』
オレはむくれながら平助から離れる。
すると、背後で感じていた殺気が消えた。
総「光さん、早く食べましょう。」
総司に急かされ、空いている席に座る。
『いただきます。』
オレは静かに、食べ始める。
『永倉さん、これあげます。』
『総司、これあげる。』
〔お腹へったって言ったけど、本当はへってないんだよね……〕
『土方さんっ。沢庵あげます。』
総「光さんのご飯白米だけになりますよ?お腹へってたんじゃないの?」
『うーん……実際に見たら食欲失せちゃって。』
総「……まだ体調悪いんですか?」
『大丈夫だって。一時的なものだろうし。』
総司は食べる手を止めてじっとオレを見てくる。
総「そういえば光さん。目、いつ戻るんですか?」
『目?』
総「赤いですよ。」
『…………』
〔 戻るのが遅い?何で?身体にがたがきたから?〕
『教えてくれてありがとう。戻ったら仕事に行くよ。』
オレはごちそうさまと手を合わせて、お膳を片付け部屋に戻る。
部屋に戻ると少し横になる。
〔………………〕
『……よし、書くか。』
考えていたことを紙に綴ることにした。
勝手に文机の引き出しを開け、紙と墨を拝借する。
書き終わった紙はきれいに折り畳み、懐に入れる。
『さてと、仕事行くか。』
手鏡で目が戻ったのを確認して、門番に伝言を残し屯所を出た……