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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第一章 勇者襲来
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第六話 母さんの行方

 

「さあ居場所を言いなさい」

 萌黄は平伏す千臣の顔の目の前で歩を止め、冷酷に言い捨てた。

 とはいえ、内心は想定外だった。まさか萌黄たち一家を追放した実力の持ち主である戦士一族が、こんなにあっさりと魔術攻撃にかかるなんて。しかも自分に何が起きたのかわかっていない様子からして、萌黄の魔術についての知識もないらしい。

 もはや彼の身体はほとんど動かないだろう。ほんの数秒の間に数十発殴られたのだから。

「さすがは魔王女、並の人間が扱える魔術とは一風違っているな……」

「感想はいらないの。だから早く二人の居場所を答えなさい。答えなければ、もう一回食らわせるわよ」

 足元からため息が聞こえた。見下ろしてみれば、千臣は動かないはずであろう身体を軽く持ち上げてその場に胡坐をかいていた。なるほど、戦士一族の身体能力は伊達ではないらしい。

「――これはどういう魔術なんだ、嬢子?」

「時間魔術、不順なる時(ストイム)。魔王女様しか用いれない魔術なのよ」

 空から、少女の声が降りかかった気がした。いや、気ではなかった。

 見上げるとそこには例のストーカー彼女・嬢子が、文字通り掃除用の箒にまたがって宙に浮かんでいた。その姿は野獣ではなく魔女のそれだった。

「それはそうと大丈夫なの? 気になって来てみたらもう惨敗してるけど……?」

「わかってるんなら早く来てくれたっていいだろ」

「あら、私を頼りにしてくれているの。大丈夫、魔王女様の魔術は私には効かないからねぇ」

 嬢子の視線が萌黄の身体に刺さっていた。確かに彼女の言う通りなのだ。宙に浮いている彼女を殴ることなど、地上にいる萌黄には不可能なのだ。ここまで千臣を追い詰めておきながら状況をひっくり返されることになるとは不覚だった。

 状況を改めて逃げるしかない。

「させませんよ、お姉さま!」

 嬢子が叫んだ瞬間、萌黄の身体は地に叩きつけられた。身体は動かない。急激に重くなった身体は、どれだけ命令しても微塵とも動かない。

「何、この魔術……あんた、なんなの」

 身体がろくに動かせないこの状況では逃げたくても逃げることはできない。それがわかっていて、嬢子は哀れんだ目で萌黄を見ている。

「私は紫苑さまの恋人の、金馬嬢子です。母は魔女一族の末裔で、父は魔王家追放の首謀者ですけど。魔術は秘密ですよ、敵同士ですしね」

「あんた、あの大臣の娘なの……?」

「あ、今は大臣じゃなくて大統領なんですけどね。傲慢な王政はとっくに廃止になりましたの」

「何で今さら追ってくるのよ……!」

「父上の命令です。魔王の血を奪ってくるように、と。早速ですけどいい血が手に入りそうですわ。ありがとうございますお姉さま。ほら篤志君、あなたの憎き魔王家を殺してしまいなさいよ」

 言われて面倒臭そうに千臣は立ち上がり、もう一度ナイフを手に取った。

「自分でやれよ。俺は魔王をこの手で倒したいだけだ。他はどうでもいい」

「その割にやる気でしょ?」

 千臣も嬢子もあまりに気楽な会話をしているが、萌黄からすれば、千臣が迫り来る足音は死へのカウントダウンのように聞こえた。本当に迂闊だったと今になって思う。棗と鬼灯が黙らされた相手なのだ。自分なんかが勝てるはずもない。自意識過剰にも程があった。

 ごめん、紫苑。あんたの言うとおりにしておいたほうがよかったわね。

「萌黄!」

 諦めをつけて瞳を閉じていたところに、声がした。それは毎日のように聞く、弟の声だった。重い瞼を開くと、すでに紫苑が萌黄の腕に触れていて、即座に状況を読み取ったようだった。

「紫苑、なんであんた……」

「話は後でするから。さっさと退こう」

 そのまま彼は萌黄ごと、体育館裏から消え去った。現れてから消えるまで、たったの五秒。さすがの戦士一族と魔女一族も手出しはできなかったようだ。

「わ、紫苑さま!」

 もっとも、嬢子は違う理由で手は出さなかったようだが。



   *



 紫苑の得意とする魔術系統は空間魔術、空想(アピス)だった。脳内で想像した空間に転移する魔術で、それは実質上空間移動と呼べるものである。使った本人と、触れている者を選択して、想像できる限りの移動を可能とする。

 アピスによって紫苑と萌黄はなんとか自宅に帰ってこられた。助かったというのが萌黄の一番の感情だった。あの時紫苑が学校に来ていなかったら、きっとあの二人に殺されていたところだろう。安心と動揺が交錯する中、萌黄に更なる事態が報告された。

「萌黄、おかえり」

「母さん、無事だったの?」

 棗はリビングでコーヒーを飲んでいた。まるで日常のように淡々とした笑顔で出迎えてくれた。

「ほら、荷物下ろしなさいよ。まずはそれから」

「何で無事なのよ……あたし、不安で、心配してたのに」

 気を抜けば簡単に涙は零れていた。鞄を落とし膝を落とした萌黄を、棗は温かく抱きしめていた。

「ごめんね、母さんも馬鹿だったわ。父さんが就職できるわけなんてないのに、期待ばっかりしてた……そのせいで思い余って家出しちゃった。昨日の夜はね、友達の家にお世話になってたの。ごめんね萌黄、紫苑にも散々怒られちゃった。でも嬉しかったのよ、皆心配してくれて。特に父さんなんか、柄にもなく慌てて私の友達の家に飛び込んできて、友達に笑い者になっちゃったわ」

「感動の再会中悪いが何で私の悪口ばかり言っているのだ、母さん」

 すっかり疲れきった鬼灯の声が寝室から聞こえてくる。

 二人とも無事だった。しかも、千臣も嬢子も関係なく単なる家出だった。

 それなのに。いや、それだから。

 萌黄の涙は、鬼灯に一喝されるまで止まらなかったのだ。



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