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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第一章 勇者襲来
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第五話 机上のラブレター

 その晩に両親は帰ってこなかった。萌黄と紫苑はふやけたカップラーメンを食べ、二人が帰ってくることをずっと待っていた。だが午前三時を過ぎたころには、そのままキッチンで眠ってしまっていた。

 このまま目が覚めたら何もかもなかったことになっていればいいのに。そうしたらずっとこの家で暮らしていけるのにな。

 二人の思いはいつにもなく合致していた。



   *



  「実は私、スタートリガーさんのこと……」

  「いいんだ、言わなくていい。君は、何も悪くはないんだ。今まで万引きを繰り返してきたせいだと思うさ」

  「そんな、私は、私はあなたの信じる思いを裏切ったの! 裏切って、魔王の手下なんかに、引き込まれてしまったの……」

   ずっと想ってきた月子さんは魔王に通じるスパイだった。それを知ったスタートリガーはどうするのか?

   次回、「愛する想いは金星(ヴィーナス)より美しい」お楽しみに!



 萌黄が目覚めたときには、紫苑はテレビの前でスタートリガー鑑賞をしていた。萌黄が起きた気配に気づいた紫苑はテレビを消してキッチンに自ら出向いた。

「なあ萌黄、今日の魔王の手下は……」

「母さんと父さんは帰ってきたの?」

 尋ねるや否や紫苑の顔色は一気に暗くなった。それだけで状況はわかりきった。まだ帰ってきてはいないのだ。二人が家を出てからもう一晩が経ったというのに。

 ふとよぎるのは昨日出会ったばかりの千臣の声だった。魔王はどこにいる。あの声がずっと耳について離れない。

「紫苑、あたし今日学校行くわ」

「なんだよそれ。その戦士一族に会いに行くとか言うんだろ」

「もちろん。あの千臣とかいう奴ならきっと何か知ってるはずよ」

「……萌黄まで襲われたらどうするんだよ」

「あたしの魔術を使えば何があろうと絶対逃げられる。あんたもわかってるでしょ。そんなに心配ならあんたも学校に来なさい」

「嫌だね。俺は待ってるよ、父さんたちのこと……帰ってくるかもしれないし」

 結局萌黄は一人で学校に赴くことになった。

 実際は、心の底から不安だったけれど。

 それでも、校門をくぐり、いつものように登校するのだった。



   *



「知ってる、萌ちゃん? さっきの移動教室の時間のうちに、千臣君の机の上に誰かがラブレター置いたんだって」

 三年一組の教室に帰るなり怪訝な顔でリッちゃんが言うから、興味ないと言っていた萌黄もさすがに慌ててしまった。

「ら、ラブレター?」

「うんうん、真っ白な封筒の中に真っ白な便箋で、味も素っ気もなかったんだけど、それがまた千臣君の好みなんじゃないかって皆大騒ぎ。しかも誰が置いたのか誰も見てないって言うのが不思議なんだよね。当の千臣君に聞いても教えてくれなかったみたいだし。それがまた怪しいの。だから今は皆で探りあい状態らしいよ、声には出してないけど。一番怪しいのが千臣君の前の席に座ってる神崎さんなんだけど、彼女の性格じゃあこんな小細工しないで堂々としそうだし。それとも裏をかいてこういう手を使ってきたのかな……」

 クラス一の噂通で情報通のリッちゃんは聞きだした内容をノートにまとめていた。この才能もうまく使えば警察官なんかに役立ちそうなのに。紫苑といい、リッちゃんも才能の持ち腐れであり、本人は真面目に取り組んでいる。

 とはいえさすがにリッちゃんも知らないことがある。

 差出人が誰であるかということと、手紙を読み終えた千臣が破いてゴミ箱に捨てていたということを。

 ラブレターなんかではなかった。

 茶々先生によるくだけたホームルームが終わるなり、萌黄は一番に教室を出た。リッちゃんには理科の先生から呼び出しを食らっていると言ってある。無二の親友であるリッちゃんに嘘をつくのは心が痛んだが、今はそんなことを言っていられる余裕はないのだ。リッちゃんにはあとで謝ることにして、萌黄は第二理科室の裏側で足を止めた。

 そこは教師らの駐車場だった。通勤に使っている車がずらずらと列を正して並んでいる。ここに生徒が来る可能性は低い。ましてやこの場所を知っている生徒すら少ないと思われるほどだ。だから一つの人影が現れた瞬間、それが誰だか一目瞭然だった。

「ようやく魔王の居場所を吐く気になったのか?」

 逆行がさす中、千臣はゆっくりとその身を晒しだした。

「――あなた知ってるんでしょ?」

「何を」

「聞かなくても父さんと母さんの居場所ぐらい知ってるんでしょ?」

 その答えを聞き出すまで萌黄は一歩も引かないつもりでいた。千臣はしばらく目を点にしていたが、萌黄の真剣な瞳を見るなり鼻で笑った。

「知らないと言ったらどうする?」

 想定内だ。不敵な笑みを返し、萌黄はためらわず右の拳を硬く握った。

「その硬い口を開かせるまでよ」

「結局力でねじ伏せるって言うのか? 父親似だな……」

「お褒めの言葉と受け取っておくわ」

 千臣は鞄を理科室の陰に放った。そして制服のポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、その刃を陽に晒した。

「今はさすがに『鬼の紅剣(デーモンブラッド)』は持ってないんだ。学校だからな……これでやらせてもらう」

「そう、何をしようがお任せするわ。でもね、あなたに手間取ってなんかいられるほどあたしは暇じゃないの。だから一秒で黙らせてあげる……」

 流れる風が、止まった。

 萌黄の微笑が、一瞬だけ消えた。

 と思ったが最後、千臣はコンクリートの上にうずくまっていた。



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