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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第四章 逆襲
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第五十三話 闇夜の密会

 反射的に「不順なる時」を発動し、萌黄はほぼ時の静止した空間を見渡した。隣の紫苑は眼光を見開いて萌黄の腕を掴もうと手を伸ばしている。天井に刺さった銃弾は吊るされたシャンデリアのガラスを砕き、店内には客や店主夫人が持っていたコーヒーカップを滑らせてしまっている。

 銃声にのけ反る店主の影に置かれた振り子時計が、長い一秒を刻んでいる。時間魔術の影響下で意識を保ち動けるのは、術者である萌黄だけのはずだ。だがオッドアイの青年はすでに店内から姿を消していた。

 肌に刺さる冷たい空気を感じて、玄関に目を向けた。

 青年がいた。片膝をつき前傾姿勢を保ち、まるで強風にふきとばされたような体勢から立て直しているところだった。その手には黒塗りの回転式拳銃リボルバーが握られていた。

 だが、印象的なその瞳は紫苑と同じく、動転しているように見える。

 恐る恐る距離を詰める。ピクリと腕が動いたと思うと、ふと魔術が解けていた。吹き飛んだ彼は、向かいの廃店舗のシャッターに叩きつけられた。萌黄が触れてさえいないのに、だ。

「……失敬。まさか貴女は魔界の者ですか?」

 青年は擦れた眼鏡を正しながら、萌黄に疑惑に満ちた目を向けた。硝煙の立ち上る銃口はコンクリートに向けられたままだが、拳銃をホルダーにしまう気配はない。

 彼が何者か尋ねる前に、一度「不順なる時」で優位に立つしかない。

「た、助けてくれ……!」

 だが、背筋がぞくりと凍る枯れた声が萌黄の耳にわずかに届くと、その意思は消え去った。顔面蒼白としていた客の一人が、青年の眼を盗んで携帯で通報したのだ。残る客は息を飲んで青年を刺激しないよう視界から外そうとはしない。萌黄が魔術を使えば、彼らはその異様な力の目撃者となってしまうのだ。

 緊迫と静寂と危機を練り合わせた非日常が、瞬く間に喫茶店を、閑静な住宅街を飲み込んでいた。

「萌黄、早くこっちに逃げろ!」

 沈黙を破るように、群衆から鉄砲玉のように紫苑の声が飛び出してきた。

「でも……」

「申し訳ない、続きはまた今度」

 彼が口元を緩め、柔和な微笑を浮かべた瞬間。

 萌黄の視界に煙の立ち上る銃口が映り、銃声が再び空間を切り裂いた。

 ほとんどの人間が青年を監視していたにもかかわらず、場の目撃者全員の脳裏からその瞬間の記憶を剥ぎ取ったように、気づいたときには青年の姿は砂塵のようになくなっていた。


   *


 駆けつけた警察に事情を聞かれ、家についたのは夜が更けたころである。警察は一週間前に起きた公園での爆発事件――紫苑との激闘で鬼灯が破壊魔術を使用した際のことだ――と犯人を結びつける見解を匂わせていたが、その場での結論は出ないようだった。迎えにきた棗は、なぜ喫茶店にいたのか、銃撃事件の詳細について、深くは聞かなかった。萌黄たちはオッドアイの青年について話してみたが、「ごめんなさい」と言ったきり聞く耳を持たなかったのである。

 作りかけのカレーを煮込む音を聞きながら、萌黄はベランダに出た。

 晩秋の風はいつに増して冷たい。上着を取ってこようとドアに手を伸ばしたが、ちょうど紫苑が萌黄のパーカーを持って現れた。

 無言で萌黄に手渡すなり、彼はドアをぴしゃりと閉めた。萌黄は感謝の言葉を告げて羽織り、塗装剥がれと錆ばかり見られる手すりに靠れかかった。

「父さん……まだ帰ってなかったわね」

 紫苑が我に返って以来、鬼灯はふらりと一人で外出することが多くなった。明確な理由や行き先は本人の口からは聞いていないが、恐らく勇者四人衆を執拗に追っているのだと萌黄は感じていた。毎日帰宅すると、まさしく鬼の形相ですぐに部屋へこもってしまう。いつその感情が爆発するか、すれ違うたび動揺が隠せなかった。

 しかし棗が頼りにならない以上、鬼灯に今日の襲撃を伝えなければならない。

 紫苑は手すりに背をもたれさせて重々しいため息をついた。

「言った通りだろ? 輝く魔水(シャージッド)がある限り、追っ手は来る。だから、もう止めないでほしい」

「……違うのよ」

「何も違わないよ、俺の覚悟は嘘じゃない。追っ手が来た限りもう逃げない」

「ううん、違うのよ。あの人、あたしどこかで見たことある気がするのよ……」

 萌黄は聞こえるか聞こえないかという呟き声を、さらに潜めた。

――本当に申し訳ない。

 聞き覚えのある青年の声が、わずかに耳に届いたのだ。いや、聞き覚えがあるなどという生温い程度ではない。正も邪も判断つかない混乱した頭で、手すりに体重を乗せ、息を殺して様子を伺う。アパートの駐車場を挟んだ道路の上に、二つの影が立っていた。声質からして、片方が夕方発砲事件を起こした青年であることは確実であった。

――理解はしているつもりなのだが、つい反射的に。

 謝罪の言葉を繰り返す青年の口調は、何か言い返されたのか突然動揺の色を帯びる。だが相手の声は草木を枯らす秋風に紛れて何も聞こえてこない。

 萌黄は彼らから目を離さないようにして、隣の紫苑の肩を軽く叩いた。

「紫苑、下に連れていって。確かめたいことがあるの」


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