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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第四章 逆襲
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第五十二話 喫茶店の片隅で

「金馬嬢子も休んでたよ……来る気がないのなら、それに越したことはないけど」

「そうね。彼らさえいなければ、あたしたち平和に過ごせるんだし」

 湯気たつココアをそろりと口へ運んだ。芳醇なカカオのコクと濃厚なミルクの甘味が広がり、最後にほろ苦さが残る。

 カラン、とドアベルが聞こえて顔を上げると、会計を終えた店主夫人が営業のサラリーマンを見送っており、店主は常連客と談話しながら珈琲豆を挽いているところだった。鼻を抜ける豆の香りと、煙草の臭いが店内を漂う。何十年変わらず、店内は日常を刻んでいた。そう思うと、わずか数年でいくつもの修羅場を潜り抜けた自分たちは、茨の上を何度も裸足で往復させられる奴隷のような錯覚を覚える。

 このまま風景に溶け込んでいられるなら、それほど嬉しいことはない。しかし胸を疾走する得体も知れぬ何かが、萌黄を平穏にさせはしなかった。行方も知らぬ勇者たちが、また闇の中で襲撃を企んでいると思うと、自然と喉が液体を受け付けなくなる。

 昼下がりの賑やかな喫茶店の中で、空間をはぎ取られたように沈黙の時間が過ぎ去っていく。

「俺はまだ何も終わってないと思う」

 突然紫苑は言った。彼のカップは空になっていた。

「あの四人は実力者だったけど、様子見程度で、きっとまた別の軍勢が押し寄せて来るよ、輝く魔水(シャージッド)がある限り……」

「……紫苑は母さんと同意見なのね?」

「降参は、しないよ。降参しても、誰も幸せになれないだろ」

 輝く魔水(シャージッド)を渡したところで、その魔力を巡って新たな争いが勃発し、魔界はまた残虐な世界へ戻ってしまうだろう。もしくは、紫苑と同じように誰かが輝く魔水(シャージッド)を口にし、世界破壊の力を得てしまうかもしれない。また、力を手にしたとしても戦士一族は――存在するとするならば――魔王鬼灯を仇として死ぬまで追いつめて来るだろう。

「だからあの災厄の源は、俺が消す」

「まさか、海や川に流すつもり?」

 意味も脳を通らないまま、萌黄は身も蓋もないことを口走った。海に流したところで、無限の魔力増幅力を持つ輝く魔水(シャージッド)はいずれ海をも魔力を含む水へと変えるだろう。

 姉の心の慌てぶりを知ってか知らずか、紫苑は顔色一つ変えず首を振った。

「違う。俺が消す(・・)んだよ」

「何考えてるの紫苑、消すって、あんたにはそんな力……」

 ない、と言い切る力は、途中で萎縮してしまった。

「ないさ。だから返してもらうんだよ、エリザベスに預けた力を」

「そんな……言ってること、無茶苦茶なことわかってる?」

「ああ。萌黄の反応もわかってた。それもわかったうえで、これが一番理想だと思ったんだ。エリザベスにほんの少しだけ力を返してもらって、輝く魔水(シャージッド)を異空間へ消し去る。できるかどうかはまだわからないけど、これが唯一誰も傷つかない方法だと思うから」

 紫苑は自身に言い聞かせるような口調で言った。その姿を誇らしいと感じると同時に、萌黄は自分自身の無力さに情けなくなった。

 紫苑が無茶苦茶なことを言ったんじゃない。何も答えを出せずにいる私が言わせたんだわ。

「紫苑、あんたは誇りの弟よ。でもそれは、最後の手段だわ。あたしが他に方法を探るから、何とかしてみせるから」

 萌黄はテーブルの隅に置かれた、丸められた伝票を拾い上げると、学生鞄から財布を抜き出した。小銭で膨れ上がったがま口財布から、100円玉を6個、10円玉を12個出す。紫苑は一度だけ、待って、と言ったが、萌黄が首を振るともう何も言わずに自分の鞄を肩に掛けて立ち上がった。

 玄関前のレジに並び、店主が細かい小銭を震える指先で数えるのを申し訳ない気分で眺めていると、カラン、と来客を告げるベルが鳴った。給仕を終えた店主夫人がドアへ顔をのぞかせる。

「いらっしゃい。1人かい?」

「追ってもう1人参るので、2名席を頂けますか」

 声変わりの済んだ低く優しげな青年の声が左の耳元で響いた。なぜか萌黄は頭が真っ白になっていた。

「そうねえ、今空いたからすぐ片付けるわね。レジの前で待っててくれる?」

「有難い。宜しく頼みます」

 丁寧な足取りで店内に入って来た青年が、萌黄たちのいるレジの後ろにある待合席へ歩いてくる。萌黄は小銭に手間取る店主を放って、吸い寄せられるように彼に視線を向けていた。

 磨き上げられた革のブーツ。ラフになりすぎないベージュのパンツ。痩形の身体のラインにぴったり合うネイビーのジャケット。一流ブランド「&Gelo(アンジェロ)」のエンブレムが入った腕時計がきらりと輝きを放つ。マネキンのように整ったスタイルからは、自然かつ清廉な雰囲気が醸し出されている。

 寝癖一つない揃った黒髪の下には、メタルフレームの眼鏡と、瑠璃色のオッドアイ。

 足元から頭まで撫でるように眺めていると、ふと目が合った。

 彼の姿が一瞬にして視界から消えた、と認識する間もなく――平和な店内を引き裂く銃声が3発、重なり合うように響いた。

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