表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第四章 逆襲
57/60

第五十一話 進路指導と過去の夢

 傾いた西日の差し込む放課後の教室。男性と二人きりのシチュエーションといえば、一部の女子は妄想に胸踊らせてしまうかもしれない。しかし萌黄の目の前にいるのは、汗かきで小太りの中年教師、茶々先生である。

「えー、君は将来の夢があるかね?」

 机に差し向かいで腰かける萌黄は、問われて苦虫を噛み潰した気分になった。

 今日は、中学三年生が避けては通れない道、進路指導の日である。萌黄としては茶々先生と二人きりなど専らごめんだったが、先生は夢を説く気満々だ。

 原因はただ一つ、「志望校はまだ決めてない」と口走ってしまったからだ。

 あー、早く解放させてよー……。

 ゆらゆらと風にそよぐカーテンを眺めながら、萌黄は無心に答える。

「一にも二にも平穏な生活があれば十分かな。あと、なーんにも悩まずに生きられたら嬉しいかも」

「そんな抽象的でなくて、稲妻自身の夢! ほら例えばピアニストとか。先生もウィーンの都に憧れたもんだぞ」

「ふうん……」

 夢で終わった大人の夢を聞くのは、萌黄のような子どもにとってまったく面白くない。

「まあ夢なんて、あったとしても目指さないわよ」

「うーん。君が本当にそう思っているならいいんだがな、君を見ていると少し無理をしているように思えたもんでなあ」

「……どこが? あたし、リッちゃんともヒビコとも上手くやってるけど。他の皆とももめたことないし」

「えー、学校のことでなくてだな。お家とか、大丈夫か」

 図星を突かれ、顔にこそ出さなかったが息がつまる心地がした。突然の家庭訪問といい、茶々先生って音楽の先生だからか、妙に感性が鋭い。

「詮索しすぎ。だから皆に変態っていわれんの」

「あー、そんな風にみんな呼んでるのか?」

 結局、次回また一緒に方向性を決めような、と茶々先生が言ったが、耳から耳へと抜けていっていた。

 枯れ葉の散る校庭を歩きながら、心もなく空を見上げる。

 将来の夢なんて、考えたのいつ以来かしら。

 ピアノの音色が響いている。ぼんやり女子生徒の歌声が聞こえて来るから、合唱部の練習なのだろう。高音から低音へ移り変わる、力強い打鍵が紡ぐメロディが心を揺さぶる。

 魔王城にいたとき、母の影響で音楽を始めた萌黄も、伴奏に合わせて歌うことが大好きだった。毎日、夕方四時の鐘が鳴り終わるとともに、(せんせい)が現れて歌のレッスンを受けた。師は少し厳しいところがあったけれど、指導はいつも的確。上手に歌えると不器用な笑みを見せてくれた。夢のような時間だった。指導を受けるうち、いつのまにかピアノを弾く師のような存在に憧れていた。

 でも、もうあの人はいない。もう幸せな時間は戻ってはこないんだ。

 萌黄は首を振ると、早足で校門へ向かった。


   *


 今まで萌黄が通学帰りに寄り道をすることはほとんどなかった。魔界にいたときは自由に外出できる身ではなかったし、今は逆に自由に遊べるお金がなく、よほどのことがない限りは出かけることはなかった。

 だが今日は貯めていた小銭を貯金箱からひっくり返して財布に入れてある。アパートから徒歩で二分の喫茶店へ立ち寄るためだ。その喫茶店は所謂大正レトロな風合いの老舗で、近隣住民が時折喉を潤しに来る。

 萌黄がドアベルとともに店内に入ると、今日も小柄な老夫婦が朗らかな笑みを浮かべ、いらっしゃいと声をかけてきた。十人ほどの客を相手に手際もよく、いつもにこにこした二人は、まるで魔法使いに呼び出された働き者の妖精のようである。

 一番奥のテーブル席にいた少年は萌黄に気づくと、コーヒーカップを皿の上に戻して呼び掛けた。

「萌黄、こっち」

 紫苑である。魔力暴走事件から一週間経ち、回復した紫苑はすでに中学校へも復帰していた。それが突然今朝になって、下校後どうしても話したいことがある、と言い出し、萌黄と待ち合わせていたのだ。

 萌黄の注文を終えて店主が去ると、煙に巻くような声で紫苑が切り出した。

「今回は本当にごめん」

「急にどうかした?」

「言わせるなよ、今回の、俺の……魔力暴走のことだよ」

「覚えてるの?」

「ぼんやりと、だけどね。あのときの俺は、本当にどうかしてたよ」

 紫苑は俯きながら、テーブルに肘をつき、両手の指を絡ませている。その感情は悲しみというより、弱い自分への悔しさや怒りに見えた。

 確かにあの時の紫苑は、彼が心に封じていた負の感情だけで成り立っていたようだった。鬼灯と魔界から帰ったあの日、「強くなる」と決意していた彼は、今やすっかり打ちひしがれた様子だ。

 萌黄も、再び紫苑が赤き瞳に目覚めることに、未だ不安は消えていない。しかし彼をこれ以上追い詰めることはできない。運ばれてきたホットココアに手を伸ばし、話を切り替える。

「ま、今無事なんだし、そう暗くなんないでよ、ね?」

 紫苑は顔色こそ変わらなかったが、素直に頷いた。

「ねえそれより勇者四人衆はどう? 千臣は入院中だからともかく、松陵は今日も無断欠席してたみたい」

 あの日異次元空間で別れてから、勇者四人衆は萌黄たちの前に現れていない。まさか、異次元空間とともに消えてしまったのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ