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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第三章 復活
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第四十八話 異空間の崩壊

 ブロック塀の瓦礫が散乱した道を踏み分け、鬼灯は倒れた紫苑へ詰め寄った。鋭い眼光は息子を見るものではない。気を抜けば全てが無駄になる。この機会を逃せば、もう為す術はない。

 それは電柱の下に埋もれ、コンクリートに這いつくばった千臣にもわかっていた。だが鬼灯の冷酷な横顔を、声も出せずに様子を見ているしかなかった。槍を握ったままの右腕だけが馬鹿力で震えている。

「……おい千臣?」

 神妙な声をかけられ、千臣はふと我に返った。見上げると松陵が怪訝そうな表情で電柱に手を掛けていた。必死に持ち上げようとする彼の姿が、ぼやけた視界の中で揺らいでいる。傷のせいか、ますます息が詰まる心地がした。なぜだか、このまま放っておいてほしい気持ちが胸をよぎる。

 嬢子も慌てて走ってきていた。表情は見えないが、感情の高ぶった声が耳に刺さる。

「篤志君、すぐ助けるから!」

 変形した自転車に彼女が手をかざすと自転車が何百キロもの重さとなり、周りのコンクリートが徐々にひび割れを起こし、地面にめり込んでいく。同時に千臣の背に圧し掛かっていた電柱や崩れた店舗の残骸は、無重力空間に放られたようにふわりと浮き上がる。千臣にとっては説明もいらない、嬢子の得意とする魔術――二つの物質の重さの秤を自在に傾ける天秤魔術だ。

 解放されたものの、圧迫され続けた千臣の身体は、仰向けに倒れたまま動きそうになかった。

「圭太君、早く篤志君に治療を!」

 言われるまでもなく、松陵は千臣の胸に手を当て、神の治癒(キュオール)で応急処置を行った。だが千臣の身体は、戦えといわれてもろくに動けない状態まで損傷していた。とはいえ紫苑が落ち着いた今しか倒す機会がないことも知っている。

 松陵に介抱されながら、槍を握った千臣は魔王鬼灯の背に歩いて行った。輝が眺めている横で、彼は破いたコートの裾を萌黄の胸に巻いていた。

 咄嗟に槍を引いてしまったためか、彼女は浅い傷で済んだらしい。千臣としても、それはどちらかといえば有難いことだった。いくら相手が魔王家とはいえ、自分の意志なく命を奪うことは納得できない性質たちである。

 一方、仰向けに倒れた紫苑には致命的な傷はない。不意の爆発の衝撃で気を失っているだけらしく、油断はならない。

 突然鬼灯が振り向いた。と思うと、千臣が握っていた槍を鷲掴みにし、強引に奪い取った。

 咄嗟に松陵が守り、嬢子が天秤魔術で槍を重くする。鬼灯は槍を落とすが、睨みを利かせた。

「小娘、術を解け……紫苑のとどめは私がやる」

 その槍はどちらの世界にも存在する――紫苑だけでなく自分たち四人にも突き刺さる槍だ。油断はできない。決断できずに、嬢子は困惑した瞳で仲間を順に見わたした。輝は目を合わせようとせず、ツンと鼻を横へ向ける。任せる、ということだろう。松陵は口元を緩めて一回だけ深く頷いた。何かあっても、守ってやると言わんばかりだ。

 千臣には、申し訳なさそうに見上げていた。そんな彼女を、千臣は何も言わず見下ろしていた。

 気づけば鬼灯が再び槍を持ちあげ、紫苑に一歩一歩重く迫った。喉に切っ先を向け、大きく息を吸い込む。

「紫苑、すまんな」

あつ、ごめんね』

 千臣の脳裏に、鉄鎧の少女の姿が蘇る。床に横たわる彼女に、魔王配下の足音が迫る様子が、現実と重なり合う。

「……やめろよ……」

 千臣の声で、鬼灯の震えた腕は止まった。

「篤志君?」

「くっ!」

 突然、鬼灯が膝を付いた。彼が握っていたはずの槍が、彼の腹に刺さっていた。

 ぞくりとして、咄嗟に倒れていた紫苑を見た。瞬き一つの間に彼は起き上がり、赤き瞳で鬼灯を見下していた。

「ったく、油断したよ。不意打ちなんて相変わらず卑怯だね」

 鬼灯に刺さっていた槍が消えたと思うと、すでに紫苑の手に収まっている。

「もう邪魔なんてさせない。皆みんな、消えてしまえばいいんだよ」

 千臣たちに向け、紫苑が手を広げた。この場から消されてしまう。誰もが息をのみ、希望を失った。

 永遠のような数秒間、沈黙が廃墟と化した世界を包んだ。

 だが、ただ一人目を反らさなかった千臣を除いて。

「待て、何も消えてないぞ」

 見渡せば、嬢子も松陵も輝も、鬼灯も萌黄も無事だ。周囲の何かが消えた気配も、何かが落ちてくる気配もない。

 紫苑は手を広げたまま、呆然と立ち尽くしていた。

「俺の魔術が、効かない……?」

 どん、と何かが爆発したような轟音がどこからか響き渡る。地鳴りがが大きく揺れた。輝が狼狽する隣で、嬢子は再び天秤魔術を用い、千臣たちは宙に浮かび上がった。

「空が、割れてる」

 輝の言葉で千臣は月夜に照らされる夜空を見上げた。空から星の輝きのような光の裂け目が次々生まれ、広がっていく。

 このコピー空間が崩れるのか? 魔王子の魔術が不発に終わったことと関わっているのか?

 疑問が自然と沸き上がってきたが、千臣には冷静に考える余裕も体力もない。大地がひび割れを起こし、紫苑は為す術もなく空間の裂け目へ落ちていく。空間魔術の空想アピスが使える彼なら、戻ってくるのも容易いはずだが、彼の影はひび割れ深く消えていく。

「くそっ、紫苑!」

 鬼灯は萌黄を抱え、崩れた穴へ飛び込んで行った。


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