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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第三章 復活
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第四十六話 魔王子の願い

 萌黄はためらわず不順なる時(ストイム)を使い飛び出した。紫苑はまだ魔術を発動していない。

――先手を取れば、紫苑を止められるかも!

 深く踏み込み、彼に迫り寄る。

「ごめん、帰ったら思う存分愚痴聞いてあげるから勘弁!」

 紫苑のわき腹を遠慮せず蹴り上げた。並みの女子中学生の蹴りではない。魔界にいたころ自衛のため、騎士団長に教わった鋭い蹴りだ。

 だが、紫苑の反応も早い。眉間に皺を寄せてゆったりとのけぞったが、追撃を許すことなく、姿をその場から消してしまった。

 後ろ!

 萌黄も不順なる時(ストイム)を解除しない。振り向きざまに回し蹴りを繰り出す。汚れたスニーカーが紫苑の右腕に激突。萌黄を消し去ろうとしていた彼は手を引っ込める。

――紫苑の魔術の発動前に邪魔してしまえば、あたしが優勢に立ち回れる……!

 萌黄は額から流れる汗を拭いながら確信した。油断はできない。でも、彼をもしかしたら止められるかもしれないという確信が胸からこみ上げる。

 右腕に強烈な一撃を食らった紫苑は何か呟くように口を動かすと、さらに姿を消す。

 萌黄も負けじとさらに振り向いた。しかし、その先には横断歩道の赤信号、あとは闇しかない。鼓動が高鳴る。紫苑の気配が消えた。

 逃げられた?

 ふと考えがよぎった瞬間、天から影が差し、気づいたときにはもう遅かった。押し倒された萌黄は、冷たい地面に思い切り身体を打ち付けていた。萌黄は起き上がろうと両手で身体を持ち上げようとしたが、空中から着地した紫苑に容赦なくその背を踏みつけられ、動けない。

 紫苑は痛みを紛らわすように右腕をぶんぶん上下に振っている。

「……弟に対しても容赦ないなんてさすが、魔王の娘。やっぱりこんな人間がいる世の中なんて、消えてしまえばいいんだ」

 抵抗する中見えた紫苑の目は、暗闇の中で光って見えたけれど、やはりどうも寂しげだった。だからこそ、絶対に今、この場所で彼を止めないといけないと思わずにはいられなかった。それでも踏みつけられた身体はうまく抜けられない。息切れしながら紫苑を見上げる。

「ねえ、思い出してよ、紫苑。あんたは、輝く魔水(シャージッド)のせいでおかしくなっただけなの……」

「おかしい? おかしいのはこんな世の中だろ? なあ萌黄、一つ相談があるんだ。一緒に、この世界を変えないか? 当たり前の生活もできない、戦いばかりの日々に終止符を打ちたいんだよ。萌黄が味方だったらやり遂げられると思うから」

「あたしと、一緒に?」

「うん。もう正直、父さんは怖くない。俺の魔術の性質上、やっかいなのは萌黄ただ一人だからね。萌黄が味方なら、もう何も怖くないから、さ……」

 紫苑の微笑に、萌黄は思わず息をのんだ。確かに彼の言う通り、彼の魔術は鬼灯を圧倒してしまっている。さらに言うならば、鬼の紅剣の存在しない勇者四人衆も彼にとっては並の人間と同じなのだ。唯一、彼の魔術を一時だけでも凌駕できたのは、萌黄だけだった。

 だからこそ、止めなきゃいけない。倒された両手のひらを地面に付け、立ち上がろうと試みた。不順なる時の加速力をもってすれば、踏みつけている彼の足を抜けることはたやすいはずだ。だが抜けだしたところで闇雲に殴っているだけでは、また彼にもてあそばれるだけで何も解決しないだろう。

 絶望に腕の力が抜けていく。

「ねえ萌黄、協力して平和に暮らせる世界を作ろう」

 紫苑がつぶやいた瞬間だった。

 瞬き一つの瞬間だけ、月光に照らされた空間が暗くなった。

 見上げた先――槍の切っ先が、紫苑の背後から首筋を捉えている。紫苑はまだ気づいていない。ただ萌黄に憐れむような目を向けている。

 肩の高さに槍を構えて迫っていた千臣は、紫苑の影から目を光らせていた。

「千臣……!」

 交差点の信号が青に変わったとき、槍は音もなく身体を鋭く突き抜けていった。



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