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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第三章 復活
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第四十四話 三年前の存在

 

 輝に仏頂面で疑問をぶつけられて、萌黄は意味を理解できないまま彼女の顔を見ていた。

 彼女は盗賊一族だーー戸惑わせようとしているのかもしれなかった。しかし、彼女が今萌黄をからかう様子は見られないし、そもそもそんなことをして意味があると思えない。

 だからこそ、萌黄は何も言うことができなかった。

 三年前の存在がこの空間にいる。空間どころか、時間すら歪んでいるとでもいうの?

 千臣は歯がゆい顔をして諫めた。

「……そんなことは、問題じゃないだろ。問題なのは、圧倒的な敵がこの空間にいることだ。逃げているだけじゃ埒があかない」

「だからってあの敵に挑むのは間違えてるよ……千臣君は、まだ完全に傷も癒えてないし、こんな馬鹿げたとこでやられちゃいけないはずだよ? 今は逃げるだけ逃げて、脱出する方法を考えたほうがいいと思わない? ね、魔王女さん」

 突然話を振られても、萌黄は頷きもできなかった。輝の言うことは一理あるが、千臣が懸念していることも理解できる。この限られた空間の中で、どれだけの敵がいるかわからない。戦うことはもちろんだが、逃げていてもきりがないのだ。

 やっぱり今は、私たちだけで解決できそうにない。父さんたちに報告したほうがいいわ。

 萌黄の意見に自然と合致した三人は月明かりに照らされながら、鬼灯たちが待つアパートへ戻るべく駆け出した。

 できるだけ勇者四人衆の気配を感じない道を通るようにするから――というのは先導する輝の談だ。一般的に盗賊一族は、逃げ足が早いと言われているが、その理由は瞬発力や反射神経といった遺伝的な要因はもちろんだが、敵の気配を察知する能力が、小動物のように優れているからという。

 輝と千臣の背を追いながら、萌黄は時折視線を感じて振り向いたが、暗闇ばかりで何も見えない。

「そうだ、千臣君」

 静寂の中、輝は前を向いたまま声をかけた。

「輝、さっき見たんだけど……っていうか聞きもしたんだけど、変なガキンチョ見なかった? なんかよくわかんないけど、泣いてばっかの」

「……お前見たのか?」

「輝が聞いてるのに……まあいいわ。でね、こっちにきたばっかのときに見つけたの。泣き声ウザイなーって近寄ったら目が合って、何か消えちゃったんだ」

「消えた?」

「もしかして、紫苑じゃなかったの?」

 紫苑の空間魔術、空想アピスなら、その場から消えたりすることはできる。

「……うーん、いや、でも、あれはホントにガキンチョだったよ? 十歳くらいじゃないのかな、全身真っ赤な服着てて、胸にでっかい薔薇のコサージュ着けてた。魔王子君の趣味じゃないでしょ、さすがに」

「大きな薔薇のコサージュ……やっぱりそれ、紫苑だわ」

「ま、魔王子君? ウソ!?」

 輝は驚きのあまり特段のジャンプを見せた。

 青信号の横断歩道を駆け抜けながら、萌黄の脳裏には、かつての魔王城が浮かび上がる。

 中庭にあるバラ園に広がる、大臣や召使いたちの粛々とした雰囲気。時計台が正午の鐘を奏でるとともに、黄金製の小さな冠を頭に乗せた少年が現れるのだーー血のように赤いマントを羽織り、胸に魔王家の象徴である薔薇のコサージュをつけた魔王子が。

「大きな薔薇のコサージュは魔王子の正装なの――それで消えたっていうなら、空想アピス使いの紫苑しかないわ……でも、紫苑が正装するのって……」

 三年前の誕生日くらいだ。

 萌黄たちは顔を見合わせた。今、二つの世界に存在し、襲ってくる勇者四人衆も三年前に殺された人間だという。つまり、この空間にいる他の人間は、三年前の存在ということになる。

 勇者四人衆が大量の犠牲者を出した末に、魔王家を追放するに至った、三年前。

「お前の弟は」

 黙っていた千臣がぽつりとこぼした。

「三年前の奴らを俺に見せつけて何をする気だ……」

 萌黄が見てすぐわかるほど、千臣は精神的に応えているようだった。勇者四人衆といっても、当時一番魔王鬼灯に正面切って堂々と立ち向かったのは戦士一族であり、勇者側の犠牲者のうち、九割以上は戦士一族であったのだから、輝との態度の違いは歴然だ。だがそれでも、萌黄が反論したくなくなるほど、彼は焦燥しきっていた。

 そんな彼の背中を追いながら、自動販売機が置かれた角を右に曲がると、片道二車線の旧国道沿いに出た。ずいぶん遠くまで走ったが、アパートまであと十五分といったところか。道路には人どころか車も一台も走っていないし、見慣れたファミレスやコンビニが立ち並んでいるが、そこには明かりがともっているだけで、やはり誰もいない。

 三人の足音と荒れた息だけが、この広い世界に響いている。

 と、中央分離帯を渡る途中、輝が突然小刻みに駆けていた足を止めた。

「え、ちょっとやばっ……」

 彼女が振り向いた瞬間、目に強い刺激を感じ、萌黄は反射的にまぶたを閉じた。だが、感じたのは暴風が前から吹き荒んだ。続けてごう、と地面から迫るような低い轟音が駆け抜ける。

「父さんの魔術だわ!」


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