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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第三章 復活
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第四十三話 勇者達の幻影

 目にした瞬間は、その群れが何か理解できなかった。ただどこからともなく飛んでくる視線、漂ってくる殺気が、萌黄の足元を震わせた。動揺が胸の中でざわめく。

 『不順なる時ストイム』で迷わずその場から退避し、距離を離して振り向いた。

 大剣を構える戦士、軽やかなフットワークで駆ける盗賊。箒にまたがり宙を舞う魔女、預言書を手に祈りの言葉を呟く僧侶。

 現界にいるはずのない魔界の者たちが次々と向かってくるのが見えた。

「これって勇者四人衆……!?」

「ふざけるな!」

 追いついてきた千臣は、大剣で空を斬って勇者四人衆に向かって叫んでいた。それは今まで萌黄に対して一度も見せることのなかった、彼の心からの叫びだった。

 血管が浮き出るほど強く握りしめられた大剣は、まるで子どもの玩具のように軽々しく扱われ、迫りくる軍団に向けられた。

 商店街の明かりが照らす千臣の横顔は、冷静とは正反対のものだった。

 荒れた吐息。眉間に刻まれた皺。食いしばった歯。

「何でなんだよ……」

 彼の口から聞こえるか聞こえないかといった呟きが漏れた。

 その瞬間、千臣は大きく一歩を踏み出した。

 頭一つ群れから飛び出してきたのは、スカーフを口に巻いた盗賊だった。千臣は大剣をアスファルトにこすらせながら、盗賊を斬り上げる。倒れてくる盗賊をサイドステップからの蹴りでいなしつつ、反動で重みを増した剣を振り下ろし、長槍で迫る女戦士二人を凪ぎ払う。

 鉄にも迫る強度を誇る竜の鱗の鎧が剥がれ落ちていく。

 握ったばかりの武器なのに、なんて動きなの――。

 自分ま勇者四人衆に見つからないうちに逃げようと、萌黄はさらに『不順なるストイム』で距離を置き、学校玄関へ戻ってきた。だが、彼のことが気がかりで戦いから目を離すことはできなかった。

 千臣は刃こぼれが激しくなった大剣を手放し、身長を超える長槍を低めに構えている。多勢に無勢のこの状況、武器の長さでアドバンテージを得なければ話にならない。常に絶望を相手にしてきた戦士一族として、さらに自己流で磨き上げてきた戦術は敵の奇襲だろうが活きていた。

 しかし彼の身体は突然地面に倒れた。

 倒れた、というよりも、押しつぶされたといったほうが近いのかもしれない。身体中の筋肉が鋼鉄になって動かなくなったようだった。いくら持ち上げようとしても腕は震えるだけで力がろくに入らないらしい。

 魔女一族の天秤魔術だ。

 嬢子が得意としていた魔術――はたから見ている萌黄も、おそらく千臣もそう感じているだろう。敵集団の中の魔女が用いたに違いない。

 先も見えぬ暗闇の中、続々と迫りくる足音が、千臣ひとりに向かっている。彼は少し震えたように見えたが、その腕は槍を振るうようには全く動かない。

 どきりとした。熱くなった血液がどくどくと胸の中を駆け巡る。

――勝手にやられてしまえばいいんだわ。

 そう心の中で強く思っているのに、なぜだか胸の高鳴りは止まらない。

 足の速い女盗賊たちが、甲高い声を上げて千臣を取り囲んだ。

「遅いってば!」

 萌黄の背後から、耳をつんざく叫び声がした。

 振り向く間もなく、千臣がいた方から爆発音が続く。さらに彼の足元から白煙が巻き起こる。とどまることなく溢れ出る白煙はあっという間に千臣の姿を飲み込み、視界から彼を消し去った。

 自分まで巻き込まれるわけにはいかない。

 唇を噛み締めながら、萌黄はさらに距離を置くべく魔術を使おうとした。

 だが、白煙から飛び出してきた一つの影――いや、正確には二つの影を見て、萌黄の足は止められた。全身黒ずくめの人間が、千臣の腕を掴んで萌黄に向かって駆けてくる。仰天とする萌黄はすぐさま逃げ出すと、縮れた黒髪をかきあげながら走る黒ずくめの姿を見返した。

「もー、多勢に無勢だってのに、なんで逃げるって手段考えないのよ。死に急ぎすぎだよ、千臣君」

 腕を引く黒髪の少女、輝は振り向きもせず投げやりに言った。魔女の天秤魔術から逃れた千臣は、輝の手を振り払いながら、改めて槍を構えながら輝の後を追う。

「また魔王子にハメられたのか? お前一度捕まったはずだろ、いい加減学べよ……」

「死にそうになってた君が言わないでよ。っていうかね、正直、じっとしてられなかったんだよ。みんな消えちゃったし……一人になって不安になったら、魔王子のところへ走ってたのよね、何にも考えずに。馬鹿だよねえ、輝、騙しと裏切りと逃げ足がとりえの、盗賊一族なのにさ」

 ポツポツと街灯が並ぶだけの真っ暗な住宅街まで走り抜けると、輝と千臣、そして萌黄は足を止めた。呆然としながらも、萌黄は電柱の陰に姿を隠していたが、輝の洞察眼にあっと言う間に見つかってしまった。

 一通り千臣が状況を話すと、千臣と二人走っていたときと打って変わって、輝は今までの鬱憤を晴らすように萌黄に早口でまくし立てた。

「あー、最悪だよね。こういう敵ってさ、輝でも嫌だわ。なんで勇者四人衆を相打ちさせるかなー、魔王子君は? これも、スタートリガーとかの悪趣味な作戦なの?」

「紫苑がさせたかなんてわからないけど、もしそうだとしても……あんたたちは敵だからでしょ」

「でも君も捕まってるじゃん。輝とか千臣君はわからなくないけど、君や魔王も捕まってるってどういう訳?」

 輝の鋭い質問にも、萌黄は何も言えなかった。暴走しているから、もう敵も味方も見分けがつかなくなっているなんてことは、考えたくもない。

 輝は黙ったままの萌黄と千臣を交互に見ながら、ふーん、と唸るような声を出した。

「あと、さっき千臣君を襲ってた人たちって……三年前のクーデターのとき、殺された人たちだよね? なんで襲ってきてたの?」


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