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我が家は魔王一家  作者: 西臣 如
第三章 復活
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第三十五話 少年の異変

 レジ袋から葱が転げ落ちたのも構わず、萌黄と棗の刺々しい突っかかりは止まることを知らなかった。切り抜けるまで頭を下げ続けさせられた鬼灯は、腸が煮え返るのを堪えてとにかく本論に逃げ戻った。

「だ、だからわかるか二人とも。輝く魔水が紫苑の力を増幅させた可能性は高い」

「わかってたのならもっと早く言ってもらいたかったけど」

 正座させられている鬼灯を睨む二人の視線は――特に棗の視線は冷たい。北極海に着の身着のまま投げられたような痛みを伴う冷たさが鬼灯の背筋を遡っていく。

「どうせ貴方のせいでしょ。紫苑が魔水を飲むような子だとは思えないもの」

 図星を突かれたにもかかわらず、鬼灯は諦めが悪かった。だが、「断じて違う」と連呼するだけで、結果具体的なことは言えずに棗の見下すような視線に撃沈した。一部始終を見ていた萌黄は改めて思い知った。本質的には、稲妻家の大黒柱は棗この人である。

 素直に認めようとはしない鬼灯を前に、棗は疲れた溜息をついた。

「もういいわ、その話はまた今度じっくり話すことにして、それよりも今は紫苑のことよ。輝く魔水で紫苑の力が増幅されたのよね。でも萌黄の話によると、あの子、別人みたいだったっていうのよ? それってどういうことなの?」

 棗の重い言葉に、萌黄も小さく頷く。あの時の紫苑は崇高で孤高な、まるで神様のように見えた。あの紅い瞳を思い出すたび、胸の中がざわついて不安になる。嘘だと思いたいし、ましてやそんなこと自分の見間違いだと思いたいのに、彼の瞳に突き刺された記憶は鮮明なままだった。

 鬼灯はベランダの向こうの、もう暗闇が蔓延り始めた夕闇を見つめていた。

「私は経験したことがない、いや経験しようとしたがやめておいたのでな、これはあくまで推測だが――暴走しているのかもしれん」

「ぼうそう……?」

「想像はしたくないが、現実そういう可能性が高い」

 淡々とした口調を保つ鬼灯は、まるで赤の他人の話をしているかのように冷めた目をした。その態度に萌黄はわずかに顔色を変えたが、隣の棗は鬼灯と同じように遠い空を眺めて神妙な声を出した。

「貴方がまたそんな目をするなんて、本当なのね」

「こんなときに嘘をつく馬鹿がどこにいる?」

「具体的に教えて。あの子の身にいったい何が起きているの?」

 懇願するように呟いた棗の声に鬼灯は振り向き、しなびた二人の目を順に見つめた。

「紫苑はまだ十四で、身体は未熟だ。そんなところに強大な魔力の源を得たがゆえ、身体とその中に収まる魔力のバランスが崩れたのかもしれん。いわば、身体の許容量である魔力を通り越した状態だ。それによって魔術体系が崩壊して、相手にも比重を置ける魔術に再構成された可能性が否めん。身体の影響がある以上、精神状態も通常ではなかろう。まさかこんなことになろうとはな……」

「どうなるの、紫苑。このまま帰ってこないなんてないよね?」

 萌黄は現実なのか非現実なのかわからない思考の中で、ぼんやりとした声を出した。ここではっきりと言ってほしかった。答えがわかったら、鬼灯も黙ってはいないだろう。棗はうつむいたまま何も言えそうにない。

「どうにかならないの、父さん」

 父を責めるつもりはなかったのに、口が鬼灯を責めていた。責めたって何にも変わらないのに、責めないと自分を保てそうになかった。鬼灯は何も言わない。閉まった口は開きそうになかった。

 こんなこと望んだわけじゃないのに、どうしてこんなことが起きるの?

「必ず紫苑は探し出す。暴走したままあいつを野放しにするわけにはいかん」

 鬼灯は重くなった膝を伸ばし、乱れたコートを着直した。全くあてはないが、萌黄には父がいつになく頼もしく見えた。


   *


「で、二人とも出て行ったってのか」

 夜七時、エリザベスは呆れた様子でアパートに戻ってきていた。鬼灯と棗がともに部屋を出て行った今、萌黄は一人、リビングのソファーで丸まっているしかなかった。もしかしたら紫苑が戻ってくるかもしれないから。両親にそう言われて残されたが、実際は萌黄を連れて行くことに不安を感じたのだろう。それくらい紫苑は尋常ではない。

 どこへ出かけていたのだろうエリザベスは、相変わらずしっとりと毛並み美しく萌黄の膝の上に飛び乗った。

「紫苑坊やが心配で捜しに行きたいってのはわかるけどよ、そんな顔すんなよ。鬼灯も棗も萌黄まで巻き込みたくないんだろ」

「うん、わかってるよ」

「わかってるんなら笑えよ。わざわざエリザベス様が様子を見にきてやってんだぜ」

「あのさエリザベス」

「無視かよ」

「うん無視。エリザベスはどうやったら紫苑を元に戻せると思う?」

 萌黄の質問に、エリザベスはいったん言葉を失っていた。驚いているのは萌黄にもわかった。が、なぜ驚いたのかまったく予想もできなかった。

「どうしたのエリザベス」

「元にって……お前もったいないことを……」

 ぐちゃぐちゃと低い鳴き声交じりで愚痴をこぼす彼女の声は萌黄には通じていなかった。

「エリザベス?」

「いや、なんでもねえよ。そうだな、元に戻すってのならいい妙案があるぜ。でも知らねえぞ、お前が死ぬことになるかもしれねえ」




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